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第55章 終着駅の先の光 〜渡辺前社長の旅立ち〜

第55章 終着駅の先の光 〜渡辺前社長の旅立ち〜


秋。

日本海からの爽やかな風が、新形県南大沼市、六日町の街並みを包み込んでいた。かつては豪雪の合間に寂しい雪風が吹き荒れていたこの雪国の街も、今や世界中から最先端の技術者、研究者、医療従事者、そして観光客が行き交う巨大なイノベーション・メガロポリスへと進化を遂げている。


時価総額20兆円を突破し、陸・海・空・金融・製造・建設・物流・報道・ホテル・医療・教育・創薬・食文化・エンターテインメント、そして自前の電力会社「南越電力」による無滅の核融合エネルギーに至るまで、あらゆる生活・産業・生命のインフラを自前で繋ぎ合わせた巨大な独立生態系。


その六日町の街並みと、なんなん線の複線軌道を眼下に見下ろす丘の上——南越建設の全自動AI施工によって建設された最新鋭医療タワー『南越総合医療センター』の最上階特別病室。


秋の穏やかな陽光が差し込む静かな部屋の中で、一人の老人が、深く、穏やかな息を吐いていた。


渡辺名誉会長。かつて南越急行の代表取締役社長として、北陸新幹線の延伸に伴い看板特急『なんたか』を奪われ、会社が年間十数億円の赤字に震えていたあの絶望の時代に、自らの全財産を担保に入れ、命がけで会社と地域と社員を守り抜いた、あの伝説の老経営者である。


ベッドの傍らには、半世紀近くともに苦楽を分かち合ってきた名誉副会長の長谷川が、深く腰を折り、渡辺の皺の刻まれた手を強く握りしめていた。


長谷川の目からは、ボロボロと温かい涙が零れ落ちていた。


「渡辺さん……渡辺さん……。聞こえるか? 今日もなんなん線の高架の上を、うちのAI電車が時速160キロで元気に走ってるぞ。柏崎の新しい太陽も、新形中に綺麗な電気を届けてる。あんたが命がけで守った会社はな、世界で一番強くて、一番温かい会社になったんだ……」


渡辺は、かすかに目を開けた。


80代半ばを迎え、身体の脂は落ち、声も小さくなっていたが、その眼差しの中に宿る光だけは、あの日と変わらぬ力強さと優しさを湛えていた。


渡辺の枕元には、南越急行ホールディングス最高経営責任者(CEO)の篠原賢人、専務の大石、副社長の古賀、そして出向組から幹部へと成長した佐藤が、静かに直立していた。


篠原は静かに歩み寄ると、渡辺の耳元で穏やかに語りかけた。


「渡辺さん。感謝の言葉もありません。あなた方が全財産を賭けて守ってくださったこの南越急行は、今や日本中の、そして世界中の人々の暮らしと命を支える『不滅の城塞』となりました。……安心して、お休みください」


渡辺の唇が、かすかに、満足気に持ち上がった。


渡辺は震える手で、胸元に置かれていた「二つの品」をそっと指差した。


ひとつは、昭和・平成の時代、かつて時速160キロで雪原を切り裂いて駆け抜けた『特急はくたか』の、擦り切れた一枚の硬券切符。


そしてもうひとつは、2024年のあの吹雪の役員室で、篠原が提示した「内部留保210億円のキオクシェア株投資」の提案書に対し、自らの署名と捺印、そして全財産担保の誓約を記した、あの思い出の決裁文書であった。


渡辺は、長谷川と篠原の手を、残された最後の力でギュッと強く握り返した。


「……篠原君……長谷川君……みんな……。ありがとう……。……私は……本当に……幸せな鉄道マン……だったよ……」


窓の外、遠く高架の上を駆け抜けていく超高速AI電車「NK3500系」の、澄んだタイフォン(警笛)の音が、秋の空へ高く響き渡った。


その音を聞届けるかのように、渡辺は静かに目を閉じ、深く息を吸い込むと、そのまま穏やかな、満ち足りた笑顔のまま、静かにその波乱に満ちた生涯の幕を閉じたのである。


秋。南越急行を愛し、新形を愛し、命がけで鉄路を守り抜いた渡辺名誉会長は、不滅の光の中へと旅立っていった。


「——臨時ニュースをお伝えいたします。本日午後2時14分、元・南越急行株式会社代表取締役社長であり、南越急行ホールディングス名誉会長の渡辺氏が、南越総合医療センターにおいて、老衰のためご逝去されました。享年86歳でした」


新形テレビ20の夕方の8Kニュース。


画面の中で、取締役報道局長となった高橋と、カメラ統括の井上が捉えた渡辺の過去の映像が映し出された。


破産寸前だった時代、自らの首を賭けて自治体の首長たちに頭を下げた姿。豪雪の日に現場の保線員たちへ温かい缶コーヒーを配り歩いていた姿。そして、2兆円の利益を得てからも一貫して現場の社員や地域住民を家族のように愛し続けた姿——。


その悲報は、新形テレビ20の自前送信網を通じて、新形県内全域、日本全国、そして世界中のグループ拠点へと一瞬にして駆け巡った。


「渡辺社長が……あの渡辺前社長がお亡くなりになった……!」


新形県内、そして山型県、首都圏、全国から、地鳴りのような悲しみと、天文学的な「感謝の声」が巻き起こった。


六日町の駅前、越後湯澤のスマートシティ、新形市内の古町エリア、柏崎の核融合プラント前。街頭のモニターでニュースを見上げた人々が、一斉に立ち止まり、静かに涙を流しながら合掌した。


『渡辺社長がいなかったら、我が家の田んぼも、五十沢の温泉も、伊勢の暖簾も、全部消えていた』

『俺たちの会社が倒産しそうになった時、全財産を担保に入れて守ってくれたのは渡辺社長だった』

『天国へ行っても、俺たちの走る列車と街を見守っていてください!』


南大沼の農家たち(南越アグリ)、五十沢温泉の旅館オーナー(暖簾再生基金)、コメチョウやカワサワの店員たち、本産自動車のエンジニアたち、旧新形鉄工場のベテラン技師・村上、南越建設の作業員たち、南越総合大学の学生たち、さらにはかつて南越急行に救われた大手私鉄「北武ホールディングス」や、子会社となった「JR北日本」の全社員に至るまで、渡辺の死を悼む声は留まることを知らなかった。


永田町の官邸、国土交通省、さらにはウォール街でかつて渡辺と対峙したハゲタカファンドの元代表ヴィクター・チェンからも、『本物の情熱を持った偉大な日本の経営者の死を悼む』と極秘の打電が届いたほどであった。


数日後。新新都市・六日町の「南越ワールド・シネマ・パーク」に隣接する巨大イベントホールにおいて、南越急行グループ合同による『渡辺名誉会長 社葬・感謝の別れ会』が執り行われた。


式場には、新形県知事、山型県知事、全国の政財界の首脳、世界中の提携企業のトップ、そして何より数十万人におよぶ沿線住民や社員たちが押し寄せていた。


祭壇の中央には、満開の白いユリの花に包まれた、穏やかな笑顔の渡辺の巨大な遺影。


その遺影のすぐ脇には、南越車輌と南越建設の手によって特別に持ち込まれた、なんなん線の「本物の線路レール」と、時速160キロ対応の最新鋭AI電車「NK3500系」のカットモデルが飾られていた。


式典の冒頭、追悼の辞に立ったのは、新CEOの篠原賢人であった。


黒のモーニングに身を包んだ篠原は、遺影の前に静かに歩み出ると、マイクに向かって、温かく、しかし力強い声で語りかけた。


「渡辺さん……。あなたと出会ったあの吹雪の日から、数十年の歳月が流れました。……当時の南越急行は、看板特急を奪われ、年間十数億円の赤字を垂れ流し、誰もが廃線を疑わない『沈みゆく船』でした。しかし、あなただけは諦めなかった」


篠原の声が、会場全体に響き渡る。


「私が『210億円を半導体株に投資しましょう』と狂気のような提案をした時、世間や自治体が『株バクチ』と猛批判する中で、あなただけが『この会社と地域を救うためなら、俺の首などいくらでもやる』と全財産を担保に入れ、自分の身を盾にして我々守ってくれました。あのあなたの覚悟がなければ、今日の20兆円の南越急行は、何ひとつ存在しませんでした」


篠原は、遺影の渡辺の目を真っ直ぐに見つめた。


「渡辺さん。あなたが私たちに残してくれた本当の財産は、2兆円というお金ではありません。どんな暗闇の中でも情熱を捨てず、現場の汗を尊び、地域の人々の暮らしと笑顔を守り抜くという……『不滅の鉄道魂』です。どうか安心して、天国のホームから我々の走る未来を見守っていてください」


篠原が深く頭を下げると、会場全体から雷鳴のような拍手と、むせび泣く声が湧き上がった。


続いて指名されたのは、北塚歌劇宴劇団の「白雪組」のトップ男役・鳳月と生徒たちであった。


白亜の衣装に身を包んだ乙女たちが遺影の前に並び、パイプオルガンの美しい音色とともに、哀悼の合唱曲『Train way —銀橋の彼方へ—』を、涙を流しながら捧げた。


清く、正しく、美しく、そして強いその歌声は、渡辺が愛した新形の大地と空へどこまでも透き通るように響き渡っていった。


式典の終盤、最も感動的な「最後の見送り」が執り行われた。


なんなん線の複線高架軌道の上。


そこに、南越急行の歴史を彩ってきた「三代の列車」が、並んで静かに留置されていた。


一世代目——かつて昭和・平成の時代に南越急行を支え、旧新形鉄工場で作られた赤と白の旧型電車「NK100形」。

二世代目——自前技術で復活させ、180km/h走行を成し遂げた自社製トリプルハイブリッド電車「NK2000系」。

そして三世代目——全線複線化と160km/h全自動運転を誇る最新鋭AI電車「NK3500系」。


さらには、東京〜金沢間を直通で結ぶ「新・特急なんたか(NK-JR K9000系)」が、隣の線路へ静かに並び羽を休めていた。


出棺の刻。


渡辺の棺を乗せた霊柩車が、社葬会場から出発し、なんなん線の高架下をゆっくりと通過していく。


その瞬間——。


フォォォォォン————!!

フォン! フォン!!


三代の列車、そして新・特急なんたかが、一斉に、誇らしく、そして悲痛なまでに澄み切った長笛タイフォンを、越後平野の空へ向かって鳴り響かせた!


「渡辺社長ーっ! ありがとうーっ!」

「渡辺さん! 天国でも俺たちの電車を見守っていてくれーっ!」


高架の下に集まった数万人の社員、保線員、地元の住民、子どもたちが、涙をボロボロと流しながら、霊柩車に向かって手を振り、拍手を送り続けた。


列車の汽笛は、山々にこだまし、秋の澄み切った空へとどこまでも、どこまでも響き渡っていった。


渡辺の愛した鉄路と列車たちが、自分たちの生みの親であり守り神であった老経営者へ送る、最高の「ラスト・ラン(最後の礼砲)」であった。


葬儀がすべて終わり、静けさを取り戻した夕刻。


六日町の本社ビル最高階・超高層役員室。


茜色に染まる新都市の街並みを見下ろす執務室で、CEOの篠原賢人、専務の大石、副社長の古賀、そして名誉副会長の長谷川の四人が、静かに並んで立っていた。


デスクの上には、温かいジャスミン茶(南越ビバレッジ)の入ったグラスが置かれている。


長谷川が目元を拭い、ぽつりと呟いた。


「……渡辺さんが逝っちまったな、篠原、大石、古賀。……あいつと俺はな、かつて『なんたか』を奪われたあの日、この六日町の雪の中で抱き合って泣いたんだ。『俺たちの会社はもうダメかもしれない』ってな。……それが、こんなにも大勢の人に愛されて、見送られて旅立つなんて……あいつは果報者だよ」


篠原は穏やかな笑みを浮かべ、渡辺のデスクの引き出しから見つかった「一冊の革手帳」を愛おしそうに手に取った。


そこには、渡辺の独特の力強い筆跡で、亡くなる直前に書き残された最後のメッセージが記されていた。


『篠原君、大石君、古賀君へ。

私が死んでも、泣くことはない。

君たちが稼いでくれた2兆円は、ただの金ではなかった。

あの金は、この新形と日本の未来を信じるための「魂」だったのだ。

本当の財産は、通帳の数字ではない。

この地で暮らし、笑い、懸命に生きる人々の笑顔なのだよ。

南越急行の線路に、終着駅はない。

どこまでも、どこまでも、人々の幸せのために走り続けなさい。

渡辺より』


古賀が目を真っ赤にして、豪快に鼻をすすった。


「渡辺さん……分かってるよ……! 俺たちはな、どこまでも走り続けてやるさ! あんたが作ってくれたこの素晴らしい会社を、もっともっと凄え会社にしてやるからな!」


大石もまた、眼鏡を外し、目元を固く拭うと、静かに言った。


「財務の計算上も、我がグループの理念の継承としても……渡辺名誉会長の残された言葉は完璧な真実です。我が社は永久に、人々の豊かさのために投資し続けます」


篠原は手帳を静かに閉じると、胸に深く抱きしめ、窓の外の美しい夕空を見上げた。


茜色に染まる越後平野。


その中央を一直線に貫く「なんなん線」のダブル・レールの上を、夕日を浴びて時速160キロで滑らかに駆け抜けていく超高速AI電車「NK3500系」。


遠くの空には「南越エアラインズ」の翼が羽ばたき、新形港からは「南越海運」の巨大船が出航し、柏崎の「南越電力・核融合ドーム」が誇らしく新しい光を放っている。


渡辺前社長が命を懸けて守り抜き、篠原たちが育て上げた「不滅のライン(道)」は、今や地球上のあらゆる場所で、人々の命と暮らしを温かく包み込んでいた。


篠原の瞳に、渡辺の意志を継ぐ不滅の光が宿った。


「渡辺さん。ご覧になりましたか。我々の走る未来に……終着駅はありません」


遠く高架の上を、時速160キロで駆け抜けていく超高速AI電車「NK3500系」。


その流線型の車体に描かれた「跳ねるホワイトラビット(白兎)」のマークは、夕日を浴びて、どこまでも、どこまでも神々しく輝いていた。


2兆250億円という前代未聞の純利益から始まった、弱小第三セクター「南越急行」の奇跡の反撃劇。


渡辺前社長の不滅の情熱と地域の絆を胸に刻んだ彼らの走るレールと未来は、鉄道、地銀、自動車、航空、港湾、建設、物流、報道、ホテル、食卓、豪雪防衛、百貨店、人生の信託、手厚き医療、未来の教育、創薬、名物飲料、地域の胃袋、伝統の米菓、映画、歌劇、極上の寿司、電子インフラ、孤島防衛、最高峰エンターテインメント、無限エネルギー、そして「受け継がれた不滅の精神」までも自前で繋ぎ合わせ、どこまでも、どこまでも光り輝く永遠の未来へ向かって、力強く、どこまでも駆け抜けていくのだった。

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