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第52章 荒波のスクリーンと銀幕の救援陣

第52章 荒波のスクリーンと銀幕の救援陣


新緑の青々とした風が、新形県南大沼市、六日町を吹き抜けていた。


南越急行ホールディングス本社の最高階にある超高層役員室。壁一面のガラス窓からは、複線軌道を滑らかに駆け抜けていく超高速AI電車「NK3500系」の姿と、遠くに広がるなんなん線沿線の広大なロケーション——世界最大級の映画制作拠点『南越ワールド・シネマ・パーク&スタジオ』の雄大な建築群が見渡せた。


かつて世紀の大豪雪による猛烈な時化で、本土からの補給が断たれた離島『粟島』と『飛島』。自衛隊のヘリも海上保安庁の巡視船も接近できない極限の暴風雪の中、南越急行が陸・海・空・医療・物流・AIの総力を結集して数百人の島民の命を救い出した「孤島救済作戦」から、数か月が経過していた。


CEOの篠原賢人は、自分のデスクで静かにノートパソコンに向かいながら、温かいジャスミン茶(南越ビバレッジの特選一級品)を口に含んでいた。


コチリ、とグラスが小さな音を立てる。


その時、重い役員室のドアがノックされ、秘書とともに一人の人物が入ってきた。


日本最大の映画会社「北宝映画インターナショナル」の最高経営責任者(CEO)であり、南越急行とともに『南越ワールド・シネマ・パーク』や『北塚歌劇宴劇団』を成功させてきた、藤堂社長であった。


「篠原社長、突然の訪問をお許しください」


藤堂社長は深々と頭を下げると、どこか興奮を隠しきれない情熱的な瞳で篠原を見つめた。


応接セットの革椅子には、専務の大石と、副社長の古賀が座っていた。


古賀がニヤリと笑い、太い腕を組んだ。


「おや、藤堂社長じゃないか! 『南越ワールド・シネマ・パーク』の撮影スケジュールは順調かい? ハリウッドから来てるマイケル監督の新作映画も、うちのシネマドームでガンガン撮影が進んでるそうじゃないか」


「古賀副社長、シネマ・パークは連日世界中から素晴らしい映画制作のオファーが舞い込んでおり、最高の稼働率を誇っております。ですが……」


藤堂社長は篠原に向き直ると、手に抱えていた一冊の重厚な企画書を、卓上に恭しく置いた。


そこに躍っていたタイトルは——


『北宝映画・ユニバース・ピクチャーズ共同製作 超大型映画企画: Rescue Rabbitレスキュー・ラビット —日本海・孤島救出作戦—』


大石が眼鏡の位置を静かに正し、鋭い視線を企画書へ送った。


「藤堂社長。これは……まさか」


藤堂社長は力強く頷き、熱っぽく語り始めた。


「その通りです、大石専務! この冬、新形県と山型県の沖合で起きた、あの『粟島・飛島緊急救援作戦』です! 私はあの時、新形テレビ20の8Kドローン中継で、御社の救助劇をリアルタイムで観ておりました。そして、ハリウッドのユニバース・ピクチャーズのマイケルCEOもまた、ロサンゼルスでその映像を観て、震え上がっていたのです!」


藤堂社長は身を乗り出し、膝を乗り出すようにして語りかけた。


「波高6メートルの狂乱波が吹き荒れ、自衛隊のヘリも海保の船も近づけない極寒の日本海。その絶望の孤島へ向けて、南越急行様の大型貨物船から水陸両用ホバーが荒波を越えて砂浜へ直接突っ込み、STOL機からAIガイド付きパラシュートで食料が舞い降り、耐風ヘビードローンが奇跡の処方薬を診療所へ直接落とし込む……! それは単なる企業の災害支援ではありません。人間の知恵と、最新技術と、地域住民の命を守る圧倒的な情熱が合体した、人類史上最高に熱い『真実のドラマ』だったのです!」


藤堂社長の目から、あふれんばかりの熱意がほとばしる。


「マイケルCEOと私は、即座に電話で誓い合いました。『この孤島救済作戦を、世界中の人々に届ける映画として作らなければならない!』と。制作費は、前作『Train way』を遥かに超える、過去最大級の100億円!『南越ワールド・シネマ・パーク』の8Kバーチャルステージと、実際の粟島・飛島の美しい自然、南越海運の巨大船、本産自動車のホバークラフトをフル活用し、全世界数万館で同時公開する超メガヒット大作として結実させたいのです!」


室内を、心地よい緊張感が包み込んだ。


前作『Train way —世界で一番強い鉄道会社の物語—』は、南越急行が210億円の株式投資から立ち上がり、地域のインフラを守り抜いた歩みを描き、全世界で記録的な興行収入を叩き出した。


その北宝映画とハリウッドのユニバース・ピクチャーズが、今度は「粟島・飛島救援作戦」を題材に、100億円の超巨額予算を投じて映画化したいと直接申し入れてきたのだ。


古賀が豪快に膝を叩き、身を乗り出した。


「おいおい、凄え話じゃないか、篠原社長! あの怒濤の救援作戦が、ハリウッドと北宝の手で映画になるのか! 自衛隊も入れなかった荒波の中に、俺たちのホバーやドローンが突っ込んでいくシーンなんて、スクリーンで観たら鳥肌ものだぞ!」


大石はタブレットを滑らかに操作し、冷静に試算データを弾き出した。


「非常に合理的なPRおよび投資案件です。映画『Rescue Rabbit』の全世界公開により、我がグループの防災・救護テクノロジーの優位性が世界中に周知されます。これにより『本産自動車』の水陸両用ホバーや全自動EV、『南越車輌』の耐風ドローン、さらには『南越総合医療センター』のモバイル・メディカル・システムの海外政府・自治体からの導入要請が天文学的に跳ね上がるでしょう」


大石はメガネを指でクイと押し上げると、篠原を見つめた。


「前作と同様、撮影に伴う資機材の提供費用は広報CSR予算で全額吸収可能です。ブランド価値の向上と経済波及効果は計算不能な領域に達します。篠原社長、断る理由は存在しません」


篠原賢人は静かにジャスミン茶を口含み、遠くの青空を見つめていた。


篠原の脳裏に浮かんんでいたのは、あの猛吹雪の冬の日——氷点下の避難所で食料や薬が切れ、寒さに震えていた粟島と飛島のお年寄りや子どもたちの顔であった。


そして、過酷な高波と暴風雪の中に躊躇なく飛び込んでいった南越海運の船員たち、南越エアラインズのパイロットたち、南越建設の作業員たち、南越総合医療センターの医師たちの真剣な眼差しであった。


篠原は静かにグラスを置くと、藤堂社長をまっすぐ見つめた。


「藤堂社長。企画をお受けいたします。タイトルは『Rescue Rabbit —孤島救出作戦—』。……ただし、前作同様、一つだけ我が社からの絶対に譲れない条件があります」


藤堂社長が姿勢を正した。「条件、と申しますと?」


「画面に映すべきは、南越急行の誇らしげなアピールではありません」篠原の声が、重く、温かく響く。「あの荒波の中で、恐怖に震えながらもお互いを助け合い、耐え抜いた『島民の方々の絆』と、命の危機に晒されながらも一瞬の迷いなく現場へ向かった『名もなき救護隊員たちの誇り』です。この真実を、誤魔化すことなく世界へ届けてください」


藤堂社長は目元を熱くし、力強く頷いた。


「了解いたしました、篠原社長! 神崎監督をはじめとする撮影チーム、そしてユニバース・ピクチャーズの全スタッフに、その精神を徹底させます。人間の命の尊さと、希望の光を描き切ってみせます!」


こうして、南越急行の「粟島・飛島救援作戦」の映画化プロジェクトが、正式に決定したのである。


製作決定のニュースが世界へ発表されると、エンターテインメント界とニュースメディアは大騒ぎとなった。


『全世界を感動させた映画「Train way」のスタッフが再集結!』

『南越急行の「粟島・飛島救援作戦」が、100億円の超巨額予算で完全映画化!』

『実物の水陸両用ホバーや耐風ヘビードローンが撮影に全面投入!』


新形テレビ20をはじめとする全国ニュース、さらには全米の映画番組でもトップニュースとして扱われ、期待感は世界中で爆発的に跳ね上がった。


そして季節は夏から秋へ移り変わり、『南越ワールド・シネマ・パーク』および実際の日本海・新形港、そして粟島・飛島において、映画『Rescue Rabbit』の撮影が本格的にスタートした。


監督を務めるのは、前作に続き世界的な巨匠・神崎監督。


主演には、ハリウッドで活躍する世界的アクションスターのマークと、日本の実力派女優であるあおいが抜擢された。


撮影現場となった『南越ワールド・シネマ・パーク』の第1シネマドーム。


そこには、高さ30メートルの巨大全高精細8K・LED壁面に、あの冬の猛烈な日本海の狂乱波と暴風雪が、リアルタイム3DVFXとして寸分違わぬリアルさで映し出されていた。


本産自動車と南越車輌が撮影のために特別に提供した実物の水陸両用ホバー「ぶーぶーん・シーラビット」が、ドーム内の超巨大水槽と風洞実験装置の中で、猛烈な水煙を上げながら波を越えていく。


「本番、カメラ回りました! 『Rescue Rabbit』シーン45、カット2……アクション!」


神崎監督の力強い合図とともに、カチンコが乾いた音を鳴らした!


撮影されたのは、荒波の中でホバークラフトが浸水しかけながらも、主人公の救助隊員マークがハンドルを握り締め、絶望する島の砂浜に向かって突き進んでいく緊迫のクライマックスシーンであった。


「カット! 完全OK! マークさん、最高の演技です!」


神崎監督の大声が響き、ドーム内から大きな拍手が巻き起こる。


撮影現場の脇には、南越海運のベテラン船長や、南越建設の現場作業員、さらには粟島と飛島から招待された実際の島民たちの姿があった。


実際の作戦でホバーを操縦した南越建設の隊員が、感無量といった様子でスクリーンに映し出される映像を見つめていた。


「凄いな……あの時の必死だった記憶が、そのまま映画になっている。あの時は本当に怖かった。でも、砂浜でお年寄りや子どもたちが待っていると思ったら、逃げるわけにはいかなかったんだ」


隣にいた粟島の島民代表が、涙をぬぐいながら隊員の腕を強く握りしめた。


「隊員さん……本当にあの時はありがとうございました。映画を通じて、世界中の人たちに、あなたたちが届けてくれたあの暖かさと感動が伝わることが、何より嬉しいです」


撮影は順調に進み、バーチャルスタジオでの特影に続き、実際の粟島・飛島でのロケーション撮影へと移っていった。


南越エアラインズのSTOL機からのパラシュート投下シーンや、南越総合医療センターの医療特急「NK3500-MED」車内での緊急調剤シーン、そして耐風ドローン「ラビット・スカイフリート」が島内の診療所へ処方薬を届けるシーンが、実機を使って見事にカメラに収められていった。


ロケ現場には、名誉顧問である渡辺と長谷川の姿もあった。


二人は現地で撮影を温かく見守り、神崎監督や俳優たちに、南越ビバレッジのジャスミン茶と、南越アグリのお米で作られたおにぎりを差し入れしていた。


渡辺名誉顧問が、白髪の頭を撫でながら嬉しそうに目を細めた。


「ハハハ! 長谷川君、見なさい。我々の会社が創り出した技術と船と飛行機が、今や世界中の人々の心を打つ映画になっているよ」


長谷川名誉副会長も、目元を熱くして笑った。


「ああ……渡辺さん。昔、雪の中でただ震えていた俺たちが、こんなに素晴らしい夢を世界へ届けられるようになるなんてな。……生きているって、本当に良いもんだな」


二人の老将の背中に、秋の柔らかな陽光が降り注ぐ。


そして撮影は無事に終了し、半年間の編集作業を経て、ついに完成した映画『Rescue Rabbit —孤島救出作戦—』のワールドプレミア(世界世界初公開式典)の日がやってきた。


会場となったのは、新形県六日町の「シネマ・パーク前駅」前にそびえ立つ『北塚大劇場』と、併設された『南越シネマタワー』であった。


レッドカーペットには、神崎監督、主演のマーク、葵、北宝映画の藤堂社長、ユニバース・ピクチャーズのマイケルCEO、そして南越急行ホールディングスの篠原CEO、大石専務、古賀副社長が並んで歩いた。


さらに、レッドカーペットの特別招待席には、粟島と飛島から招待された島民数百人が、正装をして笑顔で座っていた。


「日本海から世界へ! 命の真実の物語が今、幕を開ける!」


集まった数万人の観客から、割れんばかりの嵐のような歓声とカメラのシャッター音が巻き起こる!


大劇場内の3,000席を埋め尽くした観客の前で、映画『Rescue Rabbit』の試写がスタートした。


大スクリーンに映し出される、荒れ狂う冬の日本海。


時化によって定期船が止まり、食料も暖房も薬も切れ、氷点下の島内で途方に暮れる島民たちのリアルな姿。


そこへ、南越急行の篠原CEOの「全員の命を救え」という力強い決断とともに、陸・海・空の救助隊が一斉に発進する!


猛烈な乱気流の中を自律飛行で突き抜ける南越エアラインズの飛行機。

高さ6メートルの大化け狂乱波を乗り越え、水煙を上げて砂浜へ突っ込む本産自動車のホバークラフト。

暴風を突いて診療所へ処方薬を届ける南越車輌のヘビードローン。


画面から溢れ出る圧倒的な臨場感と、絶望の中で結ばれる人間同士の温かい絆。


クライマックス、島の子どもたちが降ってきた食料を抱きしめて笑顔を取り戻し、お年寄りたちが温かいストーブの前で涙を流すシーンでは、試写会場のあちこちからすすり泣く声が漏れ聞こえた。


そして映画が終わり、エンドロールに「Special Thanks: 粟島・飛島のすべての住民の皆様、そして現場で戦い抜いたすべてのインフラ作業員の皆様」の文字が映し出された瞬間——。


パッと場内の照明がつき、全観客が総立ちとなった!


ドオォォォォン!! と劇場全体が揺れるほどの、万雷のスタンディングオベーション!


ハリウッドの映画関係者も、日本の観客も、島民たちも、全員がボロボロと涙を流しながら、惜しみない拍手を送り続けたのである!


試写会後のスカイラウンジ。


ユニバース・ピクチャーズのマイケルCEOが、感無量の面持ちで篠原の手を強く握りしめた。


『シェノハラ! 最高の映画だ! これは単なるアクション映画ではない! 人類が持てるすべての技術と愛で、命を守り抜く『希望の教科書』だ! 全米で、全世界で空前絶後の大ヒットになることを保証するよ!』


北宝映画の藤堂社長も、目元をぬぐいながら頷いた。


「篠原社長……ありがとうございました。また一つ、新形の地から世界を揺るがす最高の物語が生まれました」


古賀副社長が豪快に笑い、大石専務の肩を叩いた。


「ハハハ! 見ろよ大石! 映画を観たあとの島のおばあちゃんたちが、涙を流して『南越急行さん、ありがとう』って俺たちの手を握ってくれたぞ! これ以上の報酬はねえな!」


大石もまた、眼鏡の奥の目を柔らかく緩め、静かに頷いた。


「……完璧な財務成果と、測り知れない社会的価値の創出です。我がグループの歴史に、また新たな輝かしい1ページが刻まれました」


篠原賢人は温かいジャスミン茶のグラスを静かに傾け、スカイラウンジの窓外に広がる美しい新形・六日町の夜景を見つめた。


ガラスの向こうには、ライトアップされた『南越ワールド・シネマ・パーク』と、なんなん線の複線軌道を滑らかに駆け抜けていく超高速AI電車「NK3500系」の光のライン。


そして、遠く日本海の彼方には、今夜も温かい灯りを点して平穏に眠る、粟島と飛島の美しい影が見えていた。


篠原の口元に、穏やかで、どこまでも温かい笑みが浮かんだ。


「渡辺さん、長谷川さん……。我々の創り出したこのインフラと情熱は、映画のスクリーンを超えて、世界中の人々の心を照らし続けています」


遠く高架の上を、時速160キロで滑らかに駆け抜けていく超高速AI電車「NK3500系」。


その流線型の車体に描かれた「跳ねるホワイトラビット」のマークは、街の灯りを浴びて、どこまでも、どこまでも神々しく輝いていた。


2兆250億円という前代未聞の純利益から始まった、弱小第三セクター「南越急行」の奇跡の反撃劇。


不滅の情熱と地域の絆、そして「命を守り抜く絶対的な絆」までも胸に刻んだ彼らの走るレールと未来は、鉄道、地銀、自動車、航空、港湾、建設、物流、報道、ホテル、食卓、豪雪防衛、百貨店、人生の信託、手厚き医療、未来の教育、創薬、名物飲料、地域の胃袋、伝統の米菓、映画、歌劇、極上の寿司、電子インフラ、孤島防衛、そして「世界を感動させる救援映画(Rescue Rabbit)」までも自前で繋ぎ合わせ、どこまでも、どこまでも光り輝く未来へ向かって、永久に力強く走り続けていくのだった。

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