第125章 銀幕のフロンティアと天空の造船所
第125章 銀幕のフロンティアと天空の造船所
冬。新形県大沼エリアに位置する六日町メガロポリスの本社高層タワー。最上階の最高経営責任者(CEO)室のモーニングテーブルには、湯気を立てる大沼産コシヒカリと、南越ビバレッジが誇る「特選一級品・ジャスミン茶」が並んでいた。
篠原賢人は、ガラス窓越しに静かに舞い落ちる大沼の雪景色を眺めながら、温かいジャスミン茶を一口含んだ。デスクの上に置かれているのは、分厚い紺色の革表紙で装丁された一冊の企画書であった。
表紙に刻まれたゴールドのエンブレムは、ハリウッドの絶対的映画帝国「ユニバース・ピクチャーズ」の紋章。そして提出者の欄には、かつて映画『Train way』の全米大ヒットや「南越ワールド・シネマ・パーク&スタジオ」の建設で固い絆を結んだ、ユニバース・ピクチャーズのマイケルCEOの名が署名されていた。
ドアが静かに開き、ポーカーフェイスの最高財務責任者(CFO)大石専務が入ってきた。
「篠原CEO。マイケルCEOからの緊急持ち込み企画書、ご覧になりましたか」
「ああ、いま読み終えたところだ」篠原は微笑み、企画書のページを指で撫でた。「ハリウッドの巨匠たちが、ついにAIやグリーンバックのCG映画に退屈し始めたらしいな」
「実にハリウッドらしい、度外れた発想です」大石が手元のタブレットから要約データを提示した。「企画タイトルは『アルカディア・イン・ザ・スターズ』。総制作費二千億ドル(約三兆円)。フル8Kによる超大作SF映画ですが、本企画の最大の眼目は『CGやバーチャルステージを一切使わず、全編本物の宇宙空間で撮影する』という点にあります」
そこへ、ドアを豪快に叩いて南越重工業社長の古賀副社長が走り込んできた。手には、設計図の混ざった仕様書が握られている。
「篠原! 見たかマイケルからの手紙を! あいつら、本気で宇宙ステーション『グランド・ラビット』にハリウッドの撮影隊とスターを送り込んで、本物の宇宙で映画を撮る気だぞ!」
古賀が興奮気味にデスクを叩いた。
「それだけじゃねえ! シナリオに出てくる巨大探査宇宙船『アルカディア号』を、CGじゃなくて、うちの南越重工業の技術で『グランド・ラビット』の真横に実物大で組み立ててくれって言ってきたんだ! 男なら、いやモノづくり屋なら血が滾りすぎて熱が出そうだぜ!」
篠原賢人は静かに立ち上がり、窓の外の雪空を見上げた。遥か成層圏の向こう、地球周回軌道上には、南越重工業が建設した二千五百トン級の超大型高居住型宇宙ステーション『グランド・ラビット』が、静かに青い地球を見下ろしているはずであった。
「大石、古賀。映画とは、人々に夢と感動を与え、時代の限界を打ち破るための『文化のインフラ』だ」
篠原の瞳に、かつて数々の不可能を覆してきた熱い光が宿る。
「AIのCGで作られた偽物の宇宙ではなく、本物の無重力、本物の星の光、そして本物の巨大宇宙船。我々の南越重工業と南越急行グループの全宇宙インフラを結集し、ユニバース・ピクチャーズの挑戦に全面協力するぞ!」
決意からわずか三日後。新新形国際空港の宇宙港エリアに、ユニバース・ピクチャーズのマイケルCEO、メガホンを取るハリウッドの世界的名監督ジョン・カーペンター、そして主演を務める世界的アクションスターのトム・ハリソンらの姿があった。
「篠原! 古賀! 引き受けてくれて感謝するよ!」
マイケルCEOが篠原と固い握手を交わした。
「近年のハリウッドはAI生成CGに頼り切り、観客もスクリーンの中の『作り物の光』に冷め始めていた。我々が必要としていたのは、本物の宇宙の静寂と、本物の鉄の質感だ!」
ジョン監督が熱っぽくシナリオを広げた。
「ストーリーは、未知の深宇宙へ旅立つ巨大探査船『アルカディア号』と、宇宙ステーションのクルーたちが繰り広げる愛と希望の人間ドラマだ。ステーション内部の撮影は、居住性世界一を誇る『グランド・ラビット』の施設をそのまま使わせてもらう。問題は……作中に登場する全長四百メートルの探査船『アルカディア号』だ」
古賀副社長が豪快に胸をたたいた。
「監督、安心しな! 俺たちの南越重工業と『宇宙ギガファクトリー』を甘く見てもらっちゃ困る。CGで嘘をつくくらいなら、宇宙空間に本物の四百メートル級宇宙船を丸ごと一隻組み立てて見せるぜ!」
その時、大石専務がポーカーフェイスのまま、タブレットのホログラム画面で『アルカディア号』のドッキング・建設スキームを提示した。
「マイケルCEO。本作は単なる映画撮影にとどまりません。南越重工業が建造する『アルカディア号』は、撮影用セットであると同時に、最新のプラズマイオンエンジンと多層遮熱シールド、サロナエアコンの生命維持装置を備えた『実航行可能な本物の深宇宙探査船』として設計・建造します」
「な……何だと!?」マイケルCEOとジョン監督が目を見開いた。
大石の口元に、冷徹で美しい笑みが浮かぶ。
「撮影終了後、この『アルカディア号』は我がグループが引き取り、国際宇宙評議会(ICC)への火星・小惑星帯探査船として実用運用します。これにより、映画の制作美術費三兆円のうち、二兆二千億円をわがグループの『次世代宇宙開発投資』として一括アロケーション(費用振替)処理します。ユニバース側の実質美術負担はわずか八百億円に圧縮され、我がグループも実物大探査船を安価に手に入れられる。完全なウィン・ウィンの金融・産業スキームです」
「Oh……! アメージング!」マイケルCEOが頭を抱えて歓喜した。「映画のセットが、そのまま本物の火星探査船になるというのか! これぞ南越急行だ!」
プロジェクト・『アルカディア・イン・ザ・スターズ』が、電撃的に発動した。
プロジェクト開始とともに、地球と宇宙を結ぶ巨大な物流の動脈が稼働を開始した。
新新形国際空港の宇宙港から、南越重工業の超大型宇宙貨物機『ラビット・カーゴ(B7147C)』および『ラビット・キャリア』の大型フリートが、連日連夜、爆音を響かせて成層圏へ飛び立った。
積み込まれているのは、南越車輌が作ったナノセラミックチタン外殻モジュール、新行電気工業の量子AI制御チップ、本産自動車の超小型プラズマ推進ユニット、そしてサロナエアコンの居住区モジュールである。
宇宙ステーション『グランド・ラビット』の真横、高度四百キロメートルの無重力空間。
そこに設置されたのは、南越重工業の無人AI建設ロボット『ラビット・ビルダー』数百機が集結する『軌道ドッキング・造船ゾーン』であった。
「全自動自律建設ロボット群、アルカディア号・第一フレームのアセンブリ(組み上げ)を開始!」
南越建設の井上社長と南越重工のベテラン技師たちが、地上と『グランド・ラビット』の管制室から指示を飛ばす。
無重力空間において、数千トンクラスの構造物を組み立てる最大の問題は「慣性制御」と「宇宙ゴミ(デブリ)の衝突」であった。
だが、ここで威力を発揮したのが、第101章で古賀たちが完成させていたデブリ捕獲機『ラビット・クリーナー』と、本産自動車の量子AI位置制御技術であった。
『ラビット・クリーナー』が周囲のデブリを完璧に清掃・シャットアウトする中、『ラビット・ビルダー』はチタンモジュールをレーザー溶接で寸分狂わず結合。無重力の漆黒の宇宙空間に、幾何学的に美しく輝く四百メートルの巨船の骨組みが、日ごとにその姿を現していったのである。
作業開始からわずか四十五日。
青い地球と無数の星々をバックに、銀色に輝く巨大探査船『アルカディア号』が、宇宙ステーション『グランド・ラビット』の隣にドッキングした状態でその雄姿を現した!
「信じられない……! 本当に四百メートルの本物の宇宙船が、宇宙空間に出来上がってしまった!」
新新形国際空港から『ラビット・シャトル』でステーションへ到着したジョン監督とトム・ハリソンらキャスト陣は、展望ドームの強化ガラス越しに見上げる巨船の迫力に、息を呑んで震え上がった。
本物の金属の冷たさ、巨大なエンジンの威容、そして地球の光を反射する重厚な機体。
「これだ……! AIのCGでは絶対に表現できない、本物の『質感と存在感』がここにある!」トム・ハリソンが武者震いしながら叫んだ。
冬。宇宙ステーション『グランド・ラビット』および探査船『アルカディア号』の内部で、人類史上初となる「完全宇宙ロケ」がスタートした。
ステーション内の「回転式人工重力リング」では、地上と同等の快適な生活空間でハリウッドのスターや撮影クルーが滞在。サロナエアコンの生命維持システムが送る「森の空気」と、南越アグリの新鮮な無農薬野菜、そして『佐渡武蔵・宇宙店』が提供する極上の寿司が、過酷な宇宙撮影に挑むキャストたちの健康と精神を完璧に支えた。
「カメラ、セット! アクショーーーン!」
ジョン監督のダミ声が、無重力ハッチ内に響き渡る。
本物の無重力空間を流れるように泳ぎ、危機に立ち向かうトム・ハリソンとハリウッド女優たちの迫真の演技。窓の外には、CGでは再現不可能な、息を呑むほど青く輝くリアルな地球の縁と、漆黒の宇宙が広がっている。
この歴史的撮影の現場には、当然のようにあの男たちの姿があった。
新形テレビ20のベテラン報道記者・高橋と、カメラマンの井上である。
新形テレビ20は、ユニバース・ピクチャーズから「メイキングおよびドキュメンタリーの全世界独占撮影権」を獲得していたのである。
井上は宇宙スーツに身を包み、足元をマジックフックで固定しながら、ハリウッドの撮影風景と『アルカディア号』の美しさを、最新鋭の8K真空対応カメラで捉えていた。カメラのノッチ部分には、あの破産寸前のローカル局時代から変わらない「古びたガムテープ」の切れ端が、誇り高く貼られている。
「井上、撮れてるか! ハリウッドの超一流たちが、南越の作った本物の宇宙船の中で、本物の汗を流して演技しているこの瞬間を!」
「バッチリです、高橋さん! トム・ハリソンの瞳に映る青い地球の光まで、くっきりと捉えてますよ!」
高橋記者がマイクを握り締め、ステーション内の「新形テレビ20・宇宙サテライトスタジオ」から全世界へ向けて生中継を行った。
「こちら新形テレビ20、宇宙ステーション『グランド・ラビット』です! いま、ハリウッドの夢と、南越急行グループの誇る最先端の宇宙技術が融合し、人類史上初の『本物の宇宙映画』が産声を上げようとしています!」
この生中継映像は全世界へ配信され、映画への期待感は公開前から地球規模で沸騰。ユニバース・ピクチャーズの株価および南越急行のグローバルブランド評価は、過去最高値を更新したのである。
撮影開始から三ヶ月。全全宇宙ロケを完工した映画『アルカディア・イン・ザ・スターズ』は、南越グローバル・シネマ・スタジオでの超高速VFXポストプロダクションを経て、ついに完成を迎えた。
ワールド・プレミア上映会の舞台に選ばれたのは、なんなん線「シネマ・パーク前駅」直結の『北塚大劇場』、そして全米・世界数万館の劇場であった。
スクリーンに映し出されたのは、圧巻の映像美であった。
本物の無重力、本物の光の屈折、そして南越重工が建造した『アルカディア号』の圧倒的なリアルな重厚感。観客は誰一人として息を吐くことすら忘れ、映像の迫力とストーリーの感動に引き込まれた。
ラストシーン、主人公が乗る『アルカディア号』が、静かに地球の軌道を離れ、遥かなる星の海へ向かってメインエンジンを点火する——。
映画が終わった瞬間、北塚大劇場、そして全米の映画館で、割れんばかりの万雷のスタンディングオベーションが巻き起こったのである!
「映画史が変わった! これぞ本物のシネマだ!」
世界中の映画批評家や観客から大絶賛が寄せられ、映画史上最大の歴史的大ヒットを記録した。
上映会後のレセプションパーティーの席上、マイケルCEOとジョン監督が、篠原賢人、古賀副社長、大石専務のもとへ駆け寄り、感涙を浮かべて抱きついた。
「篠原! 古賀! 大石! 君たちは最高のパートナーだ! 本物の宇宙と本物の船が無ければ、この感動は絶対に生まれなかった!」
大石専務がポーカーフェイスのまま、グラスを静かに掲げた。
「マイケルCEO、興行収入からの我が社の配当権、および撮影ドキュメンタリーの配給益により、今回の『アルカディア号』の建造コスト二兆二千億円は、完璧に回収・回収完了いたしました」
「ガハハハ!」古賀副社長が豪快に笑った。「見たか大石! 世界中に夢を見せて、本物の宇宙船まで作ってしまったぞ!」
篠原賢人は微笑み、グラスのジャスミン茶を口に含んだ。
「そして、物語はこれで終わりではないよ」
篠原がタブレットを操作すると、会場のホログラムモニターに、宇宙ステーション『グランド・ラビット』の現在のライブ映像が映し出された。
そこには、映画の撮影を終えた巨大探査船『アルカディア号』が、最新の自動航行AIと南越重工のエンジニアたちを乗せ、ゆっくりとステーションとのドッキングを解除する姿があった。
『アルカディア号、全システム正常。火星・小惑星帯一次探査航路へ向けて、プラズマイオンエンジン点火!』
ドゴオオオオオン……!
銀色の巨船の船尾から、美しいプラズマの青い光が噴き出し、『アルカディア号』はスクリーンの中だけでなく、現実の宇宙空間において、遥かなる火星へ向かって力強く前進を開始したのである!
「素晴らしい……! 映画の夢が、そのまま本物の宇宙探査の歴史になったんだ!」
マイケルCEOと全出席者が、画面の向こうの光の航跡に向かって、再び大きな拍手を送った。
すべてのイベントが終わり、静けさを取り戻した六日町メガロポリスの本社CEO室。
深夜の静寂の中、篠原賢人、古賀副社長、大石専務の三人が、窓の外の星空を見上げていた。
大沼の澄み渡る冬の夜空に、満天の星々がキラキラと輝いている。そのどこかで、自分たちの創り出した『アルカディア号』が、火星へ向けて静かに宇宙を駆けているはずであった。
古賀副社長が感慨深そうに、窓ガラスに息を吹きかけた。
「なあ篠原。赤字のローカル線のホームに立っていた俺たちが、ついに本物の宇宙船を作って、ハリウッド映画の主演にして、火星まで飛ばしちまったんだな……」
大石専務もポーカーフェイスを柔らかく崩し、静かに頷いた。
「……今回の『アルカディア・プロジェクト』。映画の配当金、宇宙事業の資産計上、およびグループ(南越重工、南越建設、新形テレビ20)への波及効果を含め、最終的な当期純利益は一兆八千億円を記録しました。我がグループの時価総額は、百二十兆円に達しています」
篠原賢人は温かいジャスミン茶(南越ビバレッジ特選一級品)を一口含み、遠い星の海を見つめた。
高架の『なんなん線』本線を、時速160kmのAI特急『新・なんたか』が、星空に向かって長笛を響かせながら駆け抜けていく。
「古賀、大石。我々が創り出してきたのは、ただの線路や建物やお金ではない」
篠原の静かな言葉に、二人が深く耳を傾ける。
「人が夢を見、その夢を現実の形にして、次の時代へ進むための『希望のインフラ』だ。映画のスクリーンの中で輝いた夢は、いま本物の宇宙船となって火星へ向かっている。我々の走らせるレールに、限界など存在しない」
渡辺前社長が遺した不滅の言葉——「会社は人より長く生き続けるべきもの。稼いだ金は未来を信じる魂だ」。
白銀の大沼の夜空に、AI特急の長笛が清々しく響き渡る。
人々に夢と感動を届けながら、南越急行ホールディングスの走らせる無限のレールは、地球を包み、宇宙を越えて、どこまでも、どこまでも光り輝く未来へ向かって伸び続けていくのだった。




