第108章 石油安定供給のために
第108章 石油安定供給のために
中東地域の情勢は、相変わらず極めて不安定な状態が続いていた。
ペルシャ湾を囲む沿岸諸国では、相次ぐ地域紛争や勢力間の対立によって、時折自爆型の攻撃ドローンや巡航ミサイル、弾道ミサイルが空を交差し、緊迫した警報音が鳴り響いていた。とりわけ世界のエネルギー供給の生命線であるホルムズ海峡周辺では、石油タンカーへの攻撃や臨検のリスクが跳ね上がり、海峡の封鎖懸念が現実味を帯びていた。
その結果、世界的な石油供給への不安から原油価格が連日急騰。ガソリンや電気代の高騰は、日本をはじめとする世界中の人々の生活と産業活動を直撃し、世界経済を暗い影で覆っていた。
中東の主要国であるアラブ首長国連邦(UAE)にとっても、これは国家の存亡に関わる重大な課題であった。同国の主たる石油出荷ルートはペルシャ湾内に集中しており、ホルムズ海峡が封鎖されれば石油の輸出が完全にストップしてしまうからである。
この未曾有のエネルギー危機に対し、ドバイ交通公団代表でありUAE王室とも深いパイプを持つハッサン代表は、かつて砂漠の地底深くに見事な地下鉄や完全防爆構造の地下海水淡水化プラントを建設してみせた「あの男たち」に救援を求める以外に道はないと確信していた。
ハッサン代表からの緊急要請を受け、南越急行ホールディングスの最高経営責任者(CEO)である篠原賢人、現場統括の古賀副社長、そして最高財務責任者(CFO)の大石専務の三人は、自前の超エコ・AI大型旅客機『B7127』で直ちにドバイへと飛んだ。
王宮の一室で、ハッサン代表は切実な表情で地図を広げた。
「篠原CEO、我が国および世界の平和と経済を守るため、南越急行グループの圧倒的な土木・防爆技術を貸していただきたい。ホルムズ海峡を完全に迂回し、インド洋に面した『フジャイラ』の港へ直接原油を輸送・蓄積・積出できる、巨大な地底防衛インフラを創り上げてほしいのです」
提示されたプロジェクトは極めて過酷なものだった。
ペルシャ湾沿岸の主要油田から、ホルムズ海峡の外側に位置するフジャイラ港まで、荒涼とした山脈や砂漠の地底深くを貫く超大型の「完全防爆型地底石油パイプライン」を敷設。さらにフジャイラ港の地下数百メートルに、ドーム球場数十個分に匹敵する「地底巨大石油備蓄タンク群」と、ドローンやミサイル攻撃を完全に無効化する「地底・海底隠蔽型・全自動石油積出ターミナル」を建設するという前代未聞の巨大工事であった。
ドバイでの緊急協議を終え、滞在先のホテルで資料を検証していた大石専務は、タブレットの画面に表示された計算結果を提示しながら、いつもの冷徹な視線を篠原に向けた。
「篠原社長、プロジェクトの総事業費は一兆八千億ディルハム(約七十兆円)に上ります。いくらUAE政府や中東のオイルマネーからの全額資金保証があるとはいえ、過酷な山岳地質と高熱の砂漠地底、さらには紛争地域特有の発砲やドローン飛来というカントリーリスクが存在します。もし工事途中で軍事衝突が激化し、現地プラントが破壊されれば、莫大な回収不能リスクが発生しますよ」
大石の正論に対し、古賀副社長は自前のヘルメットを抱えながら力強く言った。
「だがな大石、ホルムズ海峡が詰まって原油価格が今の二倍、三倍に跳ね上がってみろ。日本で暮らすお年寄りや農家、トラック運転手、なんなん線の電車や本産自動車の工場まで全部立ち行かなくなるんだぞ。ペルシャ湾の目詰まりを治すのは、まさに世界の命のインフラを守る仕事じゃないか!」
篠原は静かに立ち上がり、窓の外に広がる中東の夜景を見つめた。空の彼方では、防空システムが放つ青白い光線が過酷な現実に緊張感を添えていた。
篠原は振り返ると、力強い口調で言った。
「大石、古賀さんの言う通りだ。我々が守るべきは、六日町や新形の暮らしだけじゃない。世界中のエネルギー供給という一番根底にあるインフラが脅かされている以上、南越急行グループが動く価値は十二分にある。リスクは我々の『完全自動化・防爆技術』でゼロに押し潰せばいい」
篠原の決断を受け、中東の石油価格を安定させるための国家級超巨大事業「プロジェクト・ペルシャ湾バイパス」が正式に発足した。
工事の第一陣として現地に乗り込んだのは、南越急行傘下の最強の建設集団「南越建設」である。南越建設社長の井上は、ドバイやサハラ砂漠での実績をさらに進化させた最新鋭の掘削兵器を投入した。
その名も『地底防爆AIシールドマシン・ラビット・ディグ』である。
ドローン攻撃やミサイルが飛来する上空の危険を回避するため、施工はすべて地底深くで行われた。南越車輌が開発した防爆ナノセラミック装甲と、サロナエアコンの多層冷却技術を搭載した『ラビット・ディグ』群は、頑丈なハジャル山脈の岩盤や過酷な流砂地帯を、24時間完全無人で穿ち進んでいった。
掘削と同時に、南越重工業が製造した高強度超高耐圧セラミックパイプが自動で敷設され、爆撃を受けても一滴の油漏れすら起こさない二重防爆構造の「地底原油バイパス」が構築されていく。
さらにフジャイラ港の地下150メートルには、ドーム球場20個分に匹敵する多重シェルター構造の「地下原油タンク」を建設。そこから海中へ向けて、海底の砂利や岩盤の下を通る隠蔽型海底パイプラインを延伸させ、水深50メートルの海底から浮上する「全自動・隠蔽型オフショアブイ」を設置した。これにより、石油タンカーは沿岸の危険な地上施設に接近することなく、沖合の安全な海上で直接原油を迅速に積み込めるシステムが完成したのである。
施工中、過酷な紛争勢力から数千機の小型攻撃ドローンや巡航ミサイルが作業拠点へ向けて飛来するアクシデントも発生した。しかし、南越急行グループの防衛策は完璧であった。
本産自動車と南越重工業が共同開発した量子AI防空レーダーと、指向性高エネルギーレーザー車輌『ラビット・ディフェンダー』が拠点の周囲を警戒。飛来したドローンやミサイルは上空数キロの地点で瞬時にすべて無力化・撃墜され、地底の工事現場には一筋の傷すらつかなかった。
南越建設の全自動AI建機群の超絶的な施工力により、フジャイラ・バイパスプロジェクトは当初の予定を大幅に前倒しした「わずか十ヶ月」で完全完工を迎えたのである。
しかし、フジャイラの工事が完成に近づいた頃、さらなる重大な要請が篠原のもとへ届いた。
UAEの南に隣接し、アラビア海に面した歴史ある国家「オマーン王国」の石油・ガス省長官と石油公社トップが、極秘裏にフジャイラの現場へと篠原を訪ねてきたのである。
長官は篠原の手を両手で握り締め、必死の面持ちで訴えた。
「篠原CEO、フジャイラの地底インフラの圧倒的な完成度を拝見しました。我がオマーンもまた、ペルシャ湾内の油田からの積出リスクに直面しております。どうか、我が国の東部、アラビア海に直接面した『アル・アシュカラ(Al Ashkharah)』の地に、オマーン内陸油田からの超長距離地底パイプラインと、新たな大規模石油積出港を建設していただけないでしょうか!」
アル・アシュカラは、ホルムズ海峡から完全に離れたアラビア海沿岸に位置し、インド洋へ直接出られる最高の地政学的立地にあった。
ここへ大規模なパイプラインと港湾インフラを完工させれば、中東全体からの石油輸出ルートは完全に二重化され、ペルシャ湾内のどのような軍事衝突や海峡封鎖の脅威からも、完全に遮断された絶対安全な供給ルートが確立されることになる。
「アル・アシュカラへの延伸か……」
篠原は地図を見つめた。オマーン内陸部からアル・アシュカラへ至るルートは、広大なウバール砂漠(空白の四角区)の端をかすめ、過酷な大砂丘と荒涼とした岩石砂漠を数百キロメートルにわたって縦断する、極限の難工事区間であった。
CFOの大石専務がすかさずタブレットを操作し、計算結果を通告した。
「篠原社長、オマーン・アル・アシュカラ・プロジェクトの事業費は追加で二兆五千億円です。距離にして四百キロメートルを超える超長距離地底パイプラインの建設となります。ですが……」
大石は眼鏡の位置を直し、珍しくポーカーフェイスのまま微かな笑みを浮かべた。
「オマーン政府が提示してきた担保条件は良好です。完成後のパイプライン通過料収入に加え、オマーン沖に眠る未開発の海洋天然ガス田の開発権益の優遇供与が盛り込まれています。フジャイラに続きアル・アシュカラの積出港を完成させれば、中東からアジア・欧州へ向かう石油輸送の『完全な安全迂回路』が完成し、世界原油価格のボラティリティは劇的に鎮静化します。財務的な投資回収とグループへのリターンは100%確実です」
「大石、お前から『GO』が出るとは頼もしい限りだな!」古賀副社長が豪快に笑った。
篠原はオマーンの長官に向かって力強く頷いた。
「引き受けましょう。オマーンの、そして世界のエネルギーの安心を我々の技術で創り出してみせます」
こうして、オマーンのアル・アシュカラにおける「東部石油積出港・超長距離地底パイプライン建設プロジェクト」が電撃的にスタートした。
南越建設のAI無人シールド部隊は、フジャイラから直ちにオマーンの現場へと転進。砂漠の灼熱と厳しい岩盤地帯を、南越重工業の超耐熱・超硬度AI掘削機で高速突破していった。
アル・アシュカラの海岸部には、南越建設の全自動施工により、大波浪に耐える「新形港モデル」を応用した深水深の「スマート港湾ターミナル」を建設。さらに南越海運の超大型Ro-Ro船やタンカーが安全に着岸できるよう、最先端の自動係留システムと地底防爆タンクが完備された。
秋。
UAEのフジャイラ、およびオマーンのアル・アシュカラの両プロジェクトが、何ひとつ事故を起こすことなく完璧に全工程を完工させた。
オマーンのアル・アシュカラ新港において、両国の皇太子や閣僚、中東各国の要人、そして国連関係者が一堂に会し、盛大な合同通油・開港式典が執り行われた。
式典の模様は、新形テレビ20のベテラン記者・高橋とカメラマンの井上により、衛星中継を通じて全世界へリアルタイム生配信された。ガムテープでズームノッチを直していた古いカメラの時代から現場の真実を捉え続けてきた井上は、最先端の8Kドローンカメラを疾走させ、アル・アシュカラの青いアラビア海に映える白亜の地底石油ターミナルと、沖合に浮かぶ巨大タンカーの雄姿を美しく映し出した。
「ご覧ください! 今、ホルムズ海峡の紛争や海峡封鎖の脅威を完全に無効化する、二大・地底原油バイパスルートが同時に稼働いたしました! 中東の石油が、地底深くの完全防爆パイプラインを通って、このアラビア海とインド洋へ直接、安全に流れ込んでおります!」
高橋記者の熱い実況が、新形テレビ20のグローバル報道網を通じて世界中のお茶の間や市場へ届く。
バルブが開放されると、オマーン内陸部およびUAEの油田から押し出された莫大な原油が、地底100メートルの完全防爆パイプラインを静かに駆け抜け、フジャイラとアル・アシュカラの巨大地下タンクへ吸い込まれ、待機していた超大型タンカーへと次々と全自動で注ぎ込まれていった。
この二大プロジェクト完工のニュースが世界中を駆け巡った瞬間、世界のエネルギー市場に劇的な変化が巻き起こった。
ニューヨークやロンドンの原油先物市場において、投機筋やハゲタカファンドが煽っていた「中東の石油途絶リスク」が一瞬間で霧散。一時1バレル=200ドル近くまで暴騰していた原油価格は、垂直落下を起こして適正水準へと急暴落した。
「ホルムズ海峡が閉鎖されても、フジャイラとアル・アシュカラから無制限に石油が出荷される! もはや石油の供給途絶は起こり得ない!」
市場のパニックは完全に鎮静化し、世界中のガソリン価格や電気代、輸送コストが急低下。日本のガソリンスタンドや工場、一般家庭の電気代も劇的に値下がりし、世界経済は未曾有の安定と好景気を取り戻したのである。
式典の壇上で、オマーンの長官とUAEのハッサン代表は、篠原の手を固く握りしめながら涙ぐんだ。
「篠原CEO、南越急行の皆さん……! あなた方は我が国の経済を守ってくれただけでなく、中東の戦火の中でも絶対に途絶えない『平和と安定のエネルギーライン』を世界に贈り届けてくださった!」
式典が終わり、中東の夕日がアラビア海の水平線に赤々と沈んでいく。
港の埠頭に立ち、爽やかな海風を浴びながら缶コーヒーを口にする篠原、古賀、大石の三人。
大石専務はタブレット端末の最新財務データを表示させながら、満足げに眼鏡の位置を直していた。
「報告します、篠原社長。フジャイラおよびアル・アシュカラの両事業において、約束通りの建設費一兆八千億ディルハムおよび二兆五千億円のキャッシュインが完結いたしました。さらに、オマーン海洋ガス田の優遇権益獲得により、南越通商のエネルギー部門の収益は今後30年にわたり年間5000億円の上乗せが確定いたしました」
「ハハハ! 完璧だな大石!」古賀副社長が豪快に笑う。「世界中の石油価格が下がって街のみんなも大助かり、うちの会社もしっかり儲かる。まさに一石二鳥、最高の仕事だったな!」
篠原は静かに缶コーヒーを飲み干し、赤く染まる海と、そこを滑るように進む自前の大型貨物船を見つめた。
「大石、古賀さん。かつて我々は、新潟の片隅で年間十数億円の赤字に苦しんでいた小さな第三セクターだった。だが、どんなに会社が大きくなっても、我々のやるべき本質は変わらない」
篠原は二人を見つめ、力強い笑みを浮かべた。
「現場の情熱を守り、世界中の人々の当たり前の日常と笑顔を支える。我々が敷いてきた情熱のレールは、陸も、海も、地底も、国境も超えて、永遠に続く未来へと繋がっているんだからな」
遠くの空に、アル・アシュカラ新港を出港する巨大船の重厚な長笛が響き渡る。
赤字ローカル線から始まった南越急行のレールは、中東の過酷な地底を穿ち、世界の平和と人々の暮らしを守り抜きながら、どこまでも、どこまでも光り輝く未来へ向かって力強く駆け抜けていくのであった。




