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第5-4話:契約

「どうした、大和……って、大和!?」


 ルイの困惑をその場に置き去りに、香蓮を丸太のように肩の上へ担ぎ上げ、足を後ろへ回す。

 廃工場の群れの中へ、全力で駆け出す。


「ちょっとめぐちゃん!? ルイくんがまだ!」


 逃げに入る私を見て、ジャンは細く、そして素早い触手を数本解き放つ。

 私の肩に居た黒鳥は、特に命令したわけでもなくばっとその場を飛び立った。


「ねえ、逃げるときは一緒じゃないの!? なんでルイくんが――」


「黙ってて! 集中できない!」


 人気(ひとけ)はない。助けはない。一人で逃げるしかない。

 

 ジャンの触手の射程は? 自律する触手は見えないところでも追える?

 いろんな可能性が思考を巡った直後、工場の建物と建物の間、細い路地のような場所が目に入る。


 ――あそこだ。

 瞬発力を高め、その路地の奥へと一気に入っていく。

 けれど。


「ねえめぐちゃん、まえっ!」

「っ!?」


 香蓮の言葉で前を見て絶句する。

 問題はその曲がった先。

 工場の壁が大きく崩れ、小高い行き止まりになっていた。


「くっ!」


 それを前にして、行き止まり直前で急ブレーキする。


 香蓮を抱えながらじゃ飛び越えられない。

 香蓮を瓦礫の山の上に投げて、私も飛び上がる。

 けどそれだと時間がシビア、私も香蓮もまるごと捕まる。

 それだけは避けなきゃいけない。


 そう言っている間にも触手はどんどん距離を詰めてくる。

 ダメだ、何も思いつかない。

 いっそのこと戦うしかない? でも香蓮を守りながらなんて――。


「うおおおおおお!」


 考えが行き詰まったその瞬間、工場の屋根の上に見覚えのある高校の制服が視界に映る。 

 

 細身の剣を構えたルイが触手目掛けて落ち、その剣を突き刺す。

 激しくのたうち回り、その一本が光の粒となって消えてゆく。


 けれどその努力も虚しく別の触手に振り回され、放棄されていた冷蔵庫へ身体を打ち付けられた。


「ルイくん!」


「クソっ……」


 左腕肘を抑えるルイ。

 態勢を立て直した残り二本の触手が、こちらにその先端を向ける。

 

 万事休す……か。


 そう悟り、最後の抵抗で剣を構えたときだった。


「ピエェェェ!」


 上空からの甲高い鳴き声と同時に、黒い何かが触手目掛けて落下してきた。

 それは触手の群れを丸ごと貫き、弾けて肉片となった触手はあっという間に壁やコンクリートのシミとなる。


「……え?」


 思わず困惑の声が出る。

 触手やその肉片が、光の粒子となって消えていった。


「助かった……の?」


 呆気に取られる間もなく、その「黒い何か」は、大きく宙返りすると私の肩に再び掴まってきた。


 クチバシには紫色の血が付いていて、それもしばらくすると光の粒子となって消えた。


「君が……助けてくれたの?」


 そんな言葉に、黒鳥は我関せずと言わんばかりに聞く耳も持たない。

 けれど、今はそんなことに構っている暇はない。

 このチャンスを少しでも活かさないと。


 香蓮を瓦礫の山の上へと押し上げる。

 瓦礫の山が、香蓮の体重で音を立てながら少し崩れる。 

 

 今度は私も――そうやって瓦礫の一つに脚を掛けた直後、香蓮が口を開いた。


「ねえ、めぐちゃん。ダメだよ」


「……」


 香蓮がそう口にして目を向ける先には、冷蔵庫にもたれかかるルイの姿。

 苦しそうに悶える衣擦れの音。俯いているけれど意識はある。

 あの言葉が頭の中で反響すると同時に、さっきみた勇姿が記憶の中から呼び起こされる。


「ルイ……」

 

 でも……なんて声を掛けるべきなのか。

 何か声を掛けるべきなのかもしれないのに、喉に何か詰まったみたいに言葉が出てこない。


「……うん」


 出掛けた言葉をそのまま飲み込み、香蓮へ向けてそうとだけ返事をして。

 ルイを抱えながら瓦礫の山を乗り越えた。

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