第3-4話:接触
今、なんて言った?
「やり、直す……? 人生を? 文字通り?」
「…………ああ」
いくらか間を置いて、ルイは首を縦に振るのを躊躇しながらたしかにそう答えた。
――何度、そんなことを考えただろう。その答えを聞いた途端、耳が順々に遠くなっていくのを感じる。
胸元へ流れる温かい血を感じながら麻袋越しに聞いた、父の最期の言葉。
出してと言っても閉じ込められ続けた鉄と錆の臭いが充満する檻。
温かみを失い、どんどんと冷たくなっていく香蓮の手足。
あれを、全部やり直せる。浮世離れした話が始まっただけに、どこか自分には関係のない話だと思ってた。
でも実際にはそんなことはなくて、それどころか文字通り望んでもないようなことが現実として起こってて。
でも、やり直すって言っても香蓮はどうなるの? 私がやり直したら香蓮は一人ぼっち?
記憶は今のままやり直せるの? そもそもいつから?
取らぬ狸の皮算用以外の何物でもない憶測が、次々と脳内に飛び交う。
「……大丈夫か大和」
「っえ? うん、聞こえる。大丈夫」
少し気の張ったようなルイの声で、一気に鼓膜に音が戻ってくる。
あまりの衝撃に呼吸すら忘れていたのか、私は小走りでもした後かのように肩で息をしていた。
「……話を戻そうか。このやり直しの儀式は、巷では『ゲーム』と呼ばれている。その『ゲーム』に勝つことを目的にしているロムルスが、理由は分からないけど君を欲している」
「ルイはそれを止めたいの?」
「ああ、もちろん。僕らの組織は現代を自分の新しい居場所として見定めた人たちが集って出来た組織で、それは僕も同じだ。理由は各々違うけど、みんなこの時代を大事に思ってるからね」
「待って、なんでわざわざやり直しを止めるの? その人が本気でやり直したいなら放っておけば――」
私が最後まで言いかけたところで、ルイはこちらへ急に振り向いて目を合わせてくる。
何かを、見定めるような目線。態度が急に変わった理由がさっきの私の不用意な言葉にあることは、もはや考える必要すらない。
でも、人や街を傷つけない限りは放っておけばいいんじゃないか。
そんなことを疑問に思いながら、ルイの言葉へと再び耳を傾ける。
「……このゲームは、歴史に前例がない。確認されている限りでは、異能の出現も含めて今回が初めての出来事なんだ」
……話の運びからして、やり直しを止める理由を説明しようとしてくれているのは分かる。
けれども運びは良くても内容に脈略が無く、その語り出しに思考がこんがらがる。
確認されてるって限りって、なんでわざわざそんな補足を?
考えが絡まる中、その意味深な文節を辛うじて汲み取ることができた。
確かに、こんな社会規模の超常が起こるなら歴史や記録に残らないのは不思議な話だ。
「でもさ、今回が初めてって可能性は無いの?」
「もちろん、その可能性もある。だから確認されている限りではって言ったんだ」
「例えば今この瞬間にやり直しが発生したとする。その異能者は過去へ戻って自分の人生をやり直す……けど、僕らがいる今この時間はどうなる?」
「えっ、普通にこのまま時間が流れて……」
「でもそれだと、過去に異能やゲームの記録が残っていないことが不自然だ。過去にこんなことが一度も無かったとも考えられるけど、それも証拠はない。つまりは……」
――やり直し。過去に記録のない。過去へ戻る。
三つの点が導き出した答えを自分でも認識したのに、それを受け入れられずに目を背けた。
でもルイは、そんな私に構うことなく真っ直ぐとそれを突きつけてくる。
「やり直しが発生した瞬間にこの世界は消えて、その異能者がいた時代でまた新しい歴史が始まる。ゲームも異能もさっぱりと消えて、だ。そんな可能性が少なからず存在する」
世界が……消える。
思わずほろっと泣いてしまうような映画を観たことも。昨日、香蓮と一緒にお弁当を食べたことも。一緒に紡ぐはずだった香蓮との未来も、その全部がなくなる。
それに目を向けざるをえなくなった途端に、心の奥底から黒い油みたいなものがふつふつと溢れ出してくる。
……ダメだ、私って馬鹿だ。
自分でも分かんなかったとしても、香蓮との今までの日々を無碍にするような選択を本気で考えてた。
それが香蓮の未来を奪うような事ならなおさらで。
少し考えれば分かったようなことを自分の欲望で覆い隠して見えないようにしていた。
自分のあまりの無思慮さに、どうしようもない吐き気のようなものを感じる。
「だから組織としては、ロムルスの目的を達成させないために君のことを守るって約束したい。それが今日ここに来た理由だ」
「……正義の組織が悪の大魔王の野望を妨げるために提案してるってことでいい?」
「厳密にはそれも違う。それはあくまで組織の提案だ」




