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第3-3話:接触

 ショッピングモールの裏側にある出入り口から外へと出てしばらくが経った。

 微妙に暖かかったモールの屋内から一転、春の乾いた風が肌を撫でるたびに頬の毛が逆立つ。

 モールの最寄り駅がこちらにあるせいか、人影もぽつぽつと目に入る。


 小さな都市公園のような雰囲気もあるようなこの裏口で、私は手持ち無沙汰に指を組み換えながらルイのことを待っていた。


「ガタンッガタン」


 ベンチ横の青い自販機から、飲み物の落ちる音が二度、鼓膜を揺らす。

 ルイは軽く屈みながら自販機の取り出し口から二本の缶を取り出すと、そのうち一本をこちらへ投げてくる。


 手を出して受け取ると、どこの店でも見るありふれた銘柄で「無糖・ブラック」と書かれていた。


「ブラックで良かったか?」


「……なんで私がブラック飲むって知ってんのよ」


 私が社会人ならともかく、普通女子高生相手にブラックのコーヒーなんて出さない。

 なんでルイが私の好みを分かったかは、彼自身が一瞬その表情に浮かべた焦りを見るだけで分かりたくても分かってしまった。

 

 ……さっきも思ったけど、やっぱルイってこういうの向いてないんじゃないか。

 ほぼ初対面の相手に「実は監視者で」なんて告白するのはどう考えても何か順序を間違えている。

 スパイ映画だったら間違いなくトラブルメーカーだろうなと思いつつ、ルイの方へ耳を傾ける。


 今はそんなことに構っている暇じゃない。



「さっきの話、聞かせて」


 『六年前の事件』以上の惨禍。

 本当はここまで来る間に聞きたかったこと。

 でもルイが「場所を変えよう」なんて言うから待った。だからこそ、いい加減聞かせて貰えないと私の方も困る。


「……結論から言おう。君は、ある男に狙われている」


 ルイは肘を脚へつけながら前かがみになると、真剣な横顔を覗かせながらそんなことを口にした。

 狙われている。それを聞いて、耳の奥で昨日耳にしたロベールの声が蘇る。


「……それってもしかして、昨日襲ってきたあの男と関係あるの?」


 蘇ったのは、ロベールへ目的を聞いた際に本人が口にしていた『契約先があなたを交渉材料として望んでおられまして』という言葉。

 頭の中で点と点が嫌な形で線でつながる。


「鋭いな。そうさ、ロベール・ダルトワの契約先は、ほぼ確実に君を狙っている男だ。軍が尋問した結果、身の安全の保証と代償に簡単に口を割ってくれたみたいでね」


「なるほどね」


 私も生け捕りって言われたのはほぼ初めてだったから、これで合点がいった。

 ……ていうか、今さらっと軍が尋問した結果って言った?

 あいつをひっ捕らえた私自身でも知らないことを知ってることから考えるに、もしかしたらその「組織」と軍は協力関係にあるのかもしれない。


 そんな不明瞭な情報を埋め合わせるように思考を巡らせつつ、再びルイの方へ耳を傾けた。

 

「そして、君のことを狙っている男の名を『ロムルス』という」


 ロムルス――知らない名前のはずなのに、どこかで聞いた覚えが。

 何かの本で読んだ覚えがある気もするけど……何の本だったか、それどころかどんな本だったかすら思い出せない。

 だとしても、その物々しい横文字の名に思わず身構えることぐらいは出来た。

 

 食べてから随分経ってアイスの甘ったるさが口の中で気持ちの悪さに変わったのを、コーヒーの苦みで洗い流した。


「ロムルスは今から二千年以上前、あのローマを興した張本人――」


「ちょ、ちょっと待って。急に何の話?」


 缶コーヒー片手に、思わずその場から立ち上がる。

 私は確かに今の危機の話をしていたはずなのに、いきなり歴史の授業が始まったらそりゃ文句の一つも言いたくな――。


「……あれ?」


 歴史の、授業。

 そういえば、去年から歴史総合の授業担当をしていたオタク教師の斎藤の口から「ロムルス」という単語を聞いた気が……。

 てかそうだ。「何かの本」ってのも、授業中暇でめくった歴史の資料集の片隅に書いてあったんだ。


「……もしかしてだけど、その本人が私を狙ってるってこと?」


「そのとおりだ。二千年前にヨーロッパ文明の礎を興したロムルス王が、君のことを狙っている」


 ……予想した通りだったとはいえ、話がいきなり広がりすぎて情報の処理が追いつかない。

 そんな映画みたいな奇想天外なことが私の身の回りで――そう思ったけど、既にこの身に異能なんていう奇異なものが宿っていることを考えるといまさら「そんな馬鹿な」と一蹴することもできないのがもどかしい。


「それだけじゃない。ロベール・ダルトワは百年戦争初期の貴族、最近だと千葉でニュースになってた天草四郎なんかも例外じゃない。例外は君たち現代の異能者だけで、みんな異能を片手に現代へと飛ばされてきている」


「……なんでそんなことが」


 口ではそうやって言ってみるけれど、実のところまだ「なんで」の段階には居ないのは自分でも分かる。

 聞かされただけの現実を咀嚼しきれていなくて、それを少しでも噛み切るために理由が欲しいだけ。

 

 そうやって縋り付くのを振りほどくように、ルイはその質問へ首を横に振った。


「でも、理由は分からなくても目的は分かる。人間なら誰でも共感出来てしまうような目的、それは……」


 ルイがその続きを口にしようとした途端、彼は何かに気が付いたような素振りをしながら口を固く閉じる。

 まるで、自分がそれを口にしたあとに何が起こるかを察したような、そんな素振り。


「……言いかけたなら教えて。まさか、私がなんでこうやって会いに来てるか忘れたの?」


 ――私がわざわざ会いに来てるんだから、包み隠さずに教えろ。

 私からしても、なかなか性根の曲がった文法。けれど、それが香蓮の安全に繋がるのならなんとしても聞かないと。


 目を細め、少しばかり俯くルイ。彼は僅かに息遣いを荒くしたのち、その続きを口にする。


「……人生を、やり直すためだ」

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