第3-2話:接触
「そろそろ、何で私を呼んだのか教えて欲しいんだけど。こうやってショッピングするために呼んだんじゃないんでしょ」
何の脈略もなく、藪から棒に飛び出した一つの問い。
今日ここに呼ばれたのは私で、今目の前に呼び出した本人がいる。目的が分からない以上、それを本人に問いただす正当性はあるはず。
私の声色が急に変わったからか、ルイはその肩を勢いよく跳ねさせた。
「……ほんとは大和ともうちょっとこうやって遊んでたかったけど、そうだね。そろそろ本題に入らないと」
自分で呼んだのに、何か話したくないことでもあるのか。顔に影を落とし、物憂げな表情を浮かべるルイ。
トラックが周りきったのか、店内のBGMもパタリと一瞬の静けさを見せる。
そのせいか、ルイの憂いを帯びた息遣いの音だけが鼓膜を揺らした。
「この話をするには、まずは僕の身分から明かさないといけない。僕が異能者なのは、大和もその目で見ただろ?」
「……まあ、そうね」
ルイの異能。光の粒子から作り出したガラスの球に太陽の光を溜め、それを放つシンプルな異能。
ロベールを捕縛した後に私が「それはなに」と警戒を交えて聞いた時に、ルイがべらべらと自らの異能を明かしているのを目にして、その意図が分からずに逆に引いたのは記憶に新しい。
「大和が知ってるかは分からないけど異能者はよく徒党を組む。ルーツ、考え方、目的。何かしらの要素を同じにして徒党を組むわけだ」
「……一回五人組に襲われたことがあるけど、そいつらもそういう徒党の一つだったってことね」
「そうだね、徒党を組んでいるのは珍しいことじゃない。僕もその例に漏れず、そういう徒党を元にした組織に属してる。僕らの場合は価値観や考え方を元に集まった組織って言ったらいいのかな」
物憂げな表情。及び腰な姿勢。彼の所属する組織。ルイの方の事情は見えてきた。
「つまりルイは、その組織に言われてここに来てるってことでしょ」
ここまで証拠が出揃ってまさか間違ってるはずはない。その確信はあったのに、ルイはどういうわけか「それ自体は間違ってはないんだけど……」と唸り声を上げるばかりでそれを肯定しようとしない。
「えっとだな……組織に言われてやってるのはここに呼んだことだけじゃなくて……あの学校に入ったことも、組織に言われてのことなんだ」
「……は?」
「包み隠さず言うなら、君のことを安全圏から監視するため――」
続きを口にしようとするルイの肩を両手で掴み、向き合う形でその両目へ真っ直ぐと、睨みを効かせるように鋭い視線を注ぐ。
「あんたらまさか……! 香蓮に何かしてないでしょうね!」
私の過去を知られているとか、その過去をどこまで知っているかもしれないだとか。
そんなことはこの一瞬でどうでも良くなった。
異能者の集団の一人が香蓮の傍にずっと居たと聞いて、それを「はいそうですか」と聞き逃す方が私にとっては無理だ。
今すぐその首根っこを掴みたい、腸の煮えくり返るような衝動を抑えながら、自分でも分かるぐらいに低く焦りを孕ませた声を店の一角へ響かせる。
なのにルイは顔色一つ変えない。
どういうこと? まさか図星ってことなんじゃ――
「──それは無い。安心してくれ」
私が更に食って掛かろうとした直後。ルイは私の目へ真っ直ぐと視線を向けながら、きっぱりとそう述べた。
「……安心してくれって、どうやって安心しろってのよ」
その言葉に、ルイは顎に手を当てながら顔をしかめる。
沈黙の中で言いようのない焦りが込み上げ、足先が細かに揺れる音が鳴り響く。
「まず、一つだけ約束する。鈴原さんを利用したり傷つけたりはしていない。それだけは確かだ」
「その証拠は? 私が納得いくまでこの手は離さない」
自分でも意地の悪いことを聞いている自覚はあったけど、それはそれとして聞かざるをえない。
間欠泉のように沸き立つ焦りが、そんな判断をも鈍らせているのを感じる。
「これは、証拠にはならないことではあるけど……組織に言われてあの高校へ入学したあと、ある一人の女の子と隣席になったんだ。その女の子には昔からの親友が居て、今もすごく仲は良かったらしいんだけど、彼女はその親友の将来を憂いていた」
「……急になんの話」
「良いから聞いてくれ。彼女はその親友に対して『人生をいたずらに消耗しないか不安』『私以外に友達が居たほうが楽しいに決まってる』。そして『自分がその親友の足かせになってないか』なんて、その親友のことをすごく心配していた」
……どこかで聞いた話でもないのに、私はその話を知っているような。
けれど私が知っている話とは少しばかり違っていて。ルイの肩を掴んだまま、その話を耳を傾ける。
「少し親しくなったあと、昼食を食べたりしながらその子から何度か相談を受けたりした。僕も上手くアドバイス出来た気はしなかったけど、それで彼女の気は少しは楽になったみたいで」
今のところ、ただルイの純朴さを強調するだけの内容。
今更そんなことを言われたところで私は靡きはしない、ていうか求めてるのはそんなどうでもいい話じゃ――。
「そこからしばらくして、組織からまず接触するべき人間の名前が送られてきた。それを読んで、僕は思わず笑っちゃったよ」
まるで前が急に見えなくなったのか。
私がここまで鬼気として迫っているのに、過去を懐かしむように朗らかな笑みを浮かべるルイ。
「だって、その相談を受けた女の子と同じ名前が書いてあったんだからさ。『鈴原香蓮』って」
「……」
ルイの肩を握りつぶさんと掴んでいた手の力がふと抜ける。
香蓮が、私のことを、そんな風に見てた?
香蓮のことを守ってたのは私の方なのに、私が香蓮のことを守らないといけないのに?
ルイの言い草だとまるで守られようとしてるのは私の方だったってこと?
私の中で凝り固まっていた何かが、私の意思に反してそのまとまりを急に解いた気がした。
「……もちろん、これは僕らが鈴原さんへ何もしていない証拠にはならない。けど、僕は組織の目的のためだけに鈴原さんと友達になったわけじゃないのは分かってほしい。それは、こうして鈴原さんが大和を僕に預けることからも分かるはずだ」
「……そう、分かった」
彼の肩に掛けていた手が、重力に従うようにその場に滑り落ちる。
間違ったことはしてなかった。
してなかったはずなのに、私が放った用心という矢が思わぬ方向から返ってきて。
足元を掬われてばかりでいつもの調子が出なくて……なんか、ルイ相手だとやりづらいことこの上ないな。
彼の足元へ目を向けながら、そんなことを思った。
「あの……お客さま、何かございましたか?」
女の人の声につられて後ろへ目を向けると、そこにはこの雑貨店の制服を身に着けた店員が面倒そうな表情を浮かべながらこちらを覗き込んできていた。
「ああ、ちょっと喧嘩しちゃって! 大丈夫です、すぐ出るので!」
頭の後ろを掻きむしりながら、元気な声でそう返すルイ。
その言葉を聞いて、店員は「そうでしたか……」と口にしながら腑に落ちない様子でレジへと戻っていく。
「……場所を変えよう、大和」
ルイはスッと真剣な表情を取り戻すと、入り組んだ道を通って店の外へと向かっていく。
けれど、私はまだ一番知りたいことを知れていない。
「ルイ、待って。その前にせめて目的だけでも聞かせて」
場所を変えるにしても、目的について考えるぐらいの時間はある。
その背景ばかりで本題の説明が無いことで私の中から沸き起こっていた苛立ちもその問いを促した。
「そうだな……単刀直入に言おう」
ルイは足を止め、息を一つ吸い込むと、振り返りざまに真っ直ぐ目を向けてくる。
その瞳の中には、さっき私が迫った時にすらあった余裕のようなものが全く感じられない。
「大和たちはこのままだと、君たちのいう『六年前の事件』以上の惨禍に巻き込まれることになる。僕らは、それを止めに来たんだ」




