第22-1話:選択
学校が半日で終わった金曜の昼下がり。
いつも洗剤とかを買うスーパーじゃなく、家の近所にあるドラッグストアへやって来た。
今日は香蓮と一緒に楽しくお片付けってつもりだったのに、私の部屋の惨状が香蓮のスイッチを入れてしまったらしく。
私の方は一緒にあーでもないこーでもないと言いながら楽しくお掃除するつもりだったのに、香蓮の方が部屋の惨状を見るなりスイッチが入ってしまったらしく。
「汚い、散らかってる、あとほんのちょっと臭い!」なんて言いながら、メモの切れ端を私に押し付けて買い出しへと駆り出された。
せめて一緒に行こうって言っても聞かず、役割分担のガチお片付けになってしまった。
何気に香蓮を家に置いてくことになっちゃったけど……まあ大丈夫でしょ、香蓮だし。
貴重品とかすごい見えやすいとこに置いてあった気がするけどそっとしておいてくれるはず。
「えーと……金だわし取ったから、あと重曹とスポンジと……」
漂白剤は滅多に使わなくなったからいいや、あと他に要るものはなんだっけ。
香蓮が好きなジンジャーエールに、バニラ味のソフトクッキーもカゴへ入れてく。
親しい友人であっても、おもてなしの精神は忘れない。
そうやって店内を歩き回る最中、エチケットコーナーが目に入った瞬間ルイのことが思い浮かぶけど……。
いやいや、さすがにまだ要らないでしょ。付き合ってもないんだし。
ってか私何考えてんだろ、なんて一瞬でも真面目に考えた自分を苦笑した。
「重曹買った、スポンジ買った……トイレ洗剤も家にあるね」
メモと照合しながら、打ち漏らしがないかを一つ一つ確認していく。
あと家に無いものほかにあったっけ、と考えを巡らしている最中に、とある一つのコーナーが目に入った。
「あっ……そうじゃん、最近生理用品買ってないじゃん」
うわあっぶな、ていうか最近買ってなさすぎてさすがに事故るところだった——。
そうやって自分のポカを軽く茶化したところで。自分の胸元がやけに震えていることに気が付いた。
震えてるって言っても、物理的に震えてるんじゃなく。
どちらかと言えば胸騒ぎのそれでいて、何かとてつもない違和感が目を覚ましそうな。
「……………………あれ」
いやいや、そんなまさか。
ちょっと不安になりながらも、スマホを開いてカレンダーを確認しようとする自分の手がおぼつかない。
最後に来てから三か月も経ってるだとか。
ここ何か月か体調が良かったのがそれのせいだとか。
それが来てないのが、誰かに言われた「君自身もその代償に気が付いているはずさ」って言葉と結びついているだとか。
まさか、そんなわけが無いはずで。
「……ッ!」
一瞬のたちくらみのあと、顔面から血が引いていくのが分かる。
居ても立ってもいられなくなった私は、生理用品横のコーナーへと走った。
******
「はあ…………」
陰性だった。
香蓮に隠すためポケットに忍ばせておいた検査キットで分かった事実。
家のトイレ前の洗面台で手を洗いながら、ただただ溜息をつきながら胸を撫で下ろす。
考えてみれば体調は悪化するどころか、生理が無かったのもあって身体の調子はむしろ良かった。
それにもっともな話、陽性になるようなことをした覚えも一切ない。
けれど、じゃあなんで。余計に理由がわからない。
疑問の答えを出そうとするのもほどほどに自分の表情を整形し、とりあえずの笑顔を作ったまま部屋へと戻ると。
さっきまでテキパキと作業をしてた香蓮が、深刻そうな目つきをしながら私の方を見ていた。
「……長かったね、お手洗い」
「え? う、うん。花束作るだけのつもりだったのに、勢い余ってブーケまで作っちゃってさ」
なんて言いながら誤魔化してみるも、香蓮の表情は晴れない。
……でも、箱もキットも全部トイレのゴミ箱で処分したはずだからバレるはずがない。
その無用な自信は、香蓮が私に見せつけてきたレシート一枚の前に打ち砕かれた。
「帰ってから、なんか様子がおかしかったと思ってたんだよね」
「……うん」
……今私は、嘘をついた。
なのに香蓮が前みたいに「そういうのはもうしないって約束でしょ」って叱ってくれない。
そんだけ香蓮が見つけたものが深刻だってことを際立たせてきていて。
「それで、どうだったの? 心当たりはあるの?」
「陰性だった、けど…………」
彼女も切羽詰まっているのかもしれない。
けれど詰問口調の香蓮の言葉が、私の胸をより強く締め付ける。
「私はさ、めぐちゃんとルイくんのこと応援してるし、どんな恋愛しても自由だと思う」
……えっ?
なんで今ルイの話が出てくるの?
私が答えられなかった「心当たり」を勝手に脚色し始める香蓮、さすがに困惑が前に出る。
「けど私たちってまだ高校生なんだしさ、そういうことするとしてもエチケットは守った方が——」
「ちょっと待って香蓮。私はルイとはなんにも」
「えっ? じゃあなんで…………」
その続きが口に出来ない。
まさか一番の心当たりが「私の中に眠る悪魔によるものだ」なんて荒唐無稽なこと。
それを声に出そうとしても、口が開閉するだけで息が声にならない。
「まさか…………嘘でしょ」
けれど、何を勘違いしたのか。
見たこともないほど青ざめた香蓮が、ドタドタと右脚を引きずりながら私のもとへ駆け寄り、肩を強く揺さぶってくる。
「誰に! 何をされたの!?」
「ま、待って、香蓮。多分香蓮が考えてるようなことじゃないの」
「えっ……怖い人達に何かされたってわけじゃなくて……? じゃあなんで検査なんて」
「…………実は」
ここ三か月ぐらい月のものが来てないこと、私の中に巣食う何かのこと。
そして今までそいつにされたことを、ソファへ座りながら事細かに話した。
その、全てを。
「なんで言ってくれなかったの」
目を潤ませながら、眉に力を込める香蓮。一時間も離していないのに、その顔には疲れが滲んでいる。
これでも「リヴァの作った香蓮の幻影に長い間惑わされてた」って話をしたときと比べれば、その顔色も幾らかマシにはなりはしたけど……。
「ごめん。巻き込む気がして。あんなもの世界で知ってるのは私だけで良いって思って」
「…………お祓いとか、そういう問題じゃ……ないよね」
私と香蓮の間で、ただただ無言の時間が流れる。
契約の代償に何かを奪われていることは前々から分かっていたのに。
そんなものいざとなったら跳ね除けてやるって啖呵を切ったのに。
いざそれを認知した瞬間に、こうなってしまう自分が情けない。
あの時、リヴァの作った香蓮の手を取ってしまった自分が憎たらしい。
自分の中で負の堂々巡りが渦を巻いていく。
「めぐちゃん。どっちか選んで欲しいんだけど」
さっきまでソファの上で身を縮めていた香蓮が立ち上がる。
彼女が形作った拳は、掌が真っ白になるまで握り込まれていた。
「今から一緒に病院に行くか。私が掃除して、めぐちゃんは一人で病院に行くか。選んでほしい」
「えっ……だって、これはリヴァの——」
そう言いかけて、香蓮の方を見上げると。
香蓮の方も、彼女の中からこみ上げてくる何かを必死に堪えながら、私の方へ笑みとは言えない不器用な表情を向けてきていた。
「……一人で、行ってくる」
彼女の気持ちが私の心に重く伸し掛かる。
けれど、彼女の気遣いを無駄にするわけには。
私のために、明日のために頑張ってくれてる香蓮に少しでも良い報せを持って帰って————。
そうやって訪れた産婦人科で。
私はただ大学病院への案内状を渡された上で、「現状、生殖能力を失っていること以外は何も分からない」という旨を遠回しに告げられた。




