第9話:地下牢から脱走した元勇者が『禁忌の魔薬』で襲ってきたが、俺の『ただの目薬』の敵じゃなかった件
聖教国の泉を浄化し、王都へ戻る道中。
俺とアルテミス様、そして同行を願い出た聖女エルナを乗せた馬車の前に、一人の男が立ちはだかった。
「……ゼ、グ、ズ……アァ……!!」
それは、かつての勇者カイルの成れの果てだった。
装備はボロボロ、肌は土気色に変色し、その瞳にはどす黒い負の魔力が渦巻いている。
地下牢を脱走する際、闇の組織から手に入れたという『禁忌の魔薬』――自身の寿命を削って一時的に魔神の力を得る劇薬を過剰摂取したらしい。
「カイル……君、そんな姿になってまで……」
「うるせえええ! お前さえいなければ、俺は今頃英雄だったんだ! この力……見てろ、今すぐお前を八つ裂きにして、その女たちを奪ってやる!」
カイルが咆哮すると、周囲の木々が枯れ果て、大気が震えるほどの魔圧が放たれた。
アルテミス様が剣を抜き、エルナが結界を張ろうとしたその時。
「待ってください。……それ、かなり目が充血してますよ。たぶん、魔力の逆流で視神経がやられてるんだ」
「……あ? 何を言って――」
「ちょっと失礼。これ、新作の『清涼感MAX目薬(強力洗浄タイプ)』です。……えい」
俺は懐から取り出した小瓶を指で弾いた。
本来は、長時間調合をしていて疲れた自分のために作った、メントール(もどき)を倍増させただけの目薬だ。
放たれた一滴が、突進してくるカイルの目に直撃する。
「ぎ、ぎゃあああああああ!? 目が、目がぁぁぁ! 痛い、いや……冷たすぎる!? 脳が凍るぞぉぉ!!」
魔神の力で強化されたはずのカイルが、顔を押さえて地面を転げ回る。
俺の目薬に含まれていた「神域の洗浄成分」が、彼に宿っていたドス黒い魔薬の汚染を一瞬で「ゴミ」として排出し、ついでに彼の魔力回路を強制的にクリーニングしてしまったのだ。
「……な、何が起きたの……? カイルの禍々しい魔力が、目薬一つで霧散したわ……」
アルテミス様が呆然と呟く。
地面に這いつくばったカイルは、魔薬の副作用すら消し飛ばされ、ただの「ちょっと視力が良くなった無能な男」に戻っていた。
「……あ、あれ? 俺の力……魔神の加護が、消えた……?」
「良かった、充血も取れましたね。……カイル、君が求めていたのは偽物の力だよ。俺の目薬一滴に耐えられない程度のものじゃ、世界は救えない」
俺は冷めた目で見下ろし、再び馬車に乗り込んだ。
背後では、駆けつけた衛兵たちが「今度こそ逃がすな!」と叫びながら、戦意を喪失したカイルを再び拘束していく。
「ゼクス……貴公、次は『目を開けるだけで魔王を即死させる眼鏡』でも作るつもりか?」
「いえ、ただの疲れ目対策ですよ。……さて、王都に戻ったら新しいお茶の葉でも探しましょうか」
元勇者の最後の足掻きすら、俺にとっては日常の「お手入れ」の一部でしかなかった。
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