第12話 指名の刻印
三十二階層の監視室は、深夜にもかかわらず明るかった。
壁一面の魔力観測盤が、不規則な波形を描いている。
一点。
まるで針で突いたように、濃く、鋭く。
「固定されています」
白石総一郎が静かに言う。
「拡散しない。広がらない。……収束型です」
収束型異常。
周囲に影響を拡げるのではなく、特定対象へ干渉する現象。
それは自然現象としては極めて稀だ。
和泉康介が画面を見つめる。
「対象の特定は」
白石は一瞬、ためらう。
「……現場回収員、来生雅也」
室内の空気が凍る。
山波大樹が机を叩きそうになり、寸前で止めた。
「偶然だろ」
声が荒い。
白石は首を振る。
「魔力波長が一致しています。三十二階層での戦闘時、来生が放った反応と同一」
一致。
言い逃れの余地は、ほとんどない。
和泉が低く言う。
「来生を呼べ」
数分後。
雅也は静かに入室した。
視線を受け止める。
逃げない。
「説明しろ」
和泉の声は厳しいが、怒りではない。
雅也は画面を見る。
赤い一点。
自分だ。
間違いない。
「向こうは、俺を認識した」
「なぜだ」
沈黙。
答えはある。
だが言えば終わる。
帰還勇者。
異世界の戦争。
管理者。
この世界を巻き込む理由になる。
「わからない」
静かな否定。
白石の眉が動く。
「偶然で済ませるには、出来すぎています」
「そうですね」
雅也は認める。
「偶然ではない」
全員が息を飲む。
「ですが、理由は確証がない」
嘘と真実の境界。
和泉が問う。
「危険度は」
雅也は画面から目を離さない。
「高い」
「侵攻か」
「違う」
即答。
「これは呼び出しです」
言葉にした瞬間、室内の空気が変わる。
「俺を、三十二階層に引きずり出すための」
山波が睨む。
「一人で行く気か」
「行かなければ被害が出る」
「ふざけるな」
山波の拳が震える。
「お前は回収員だ。英雄じゃない」
雅也はわずかに目を伏せる。
英雄。
その言葉は、遠い。
和泉が制止する。
「感情論は後だ」
静かながら重い声。
「来生。単独行動は許可しない」
「……はい」
「だが、お前を前線から外すこともしない」
全員が和泉を見る。
「敵が指名している以上、隠す方が危険だ」
理にかなっている。
だが、それは賭けだ。
白石が補足する。
「共同作戦を組みます。蒼輪と緋天を軸に」
「了解です」
朝。
ギルド前広場。
蒼輪と緋天が整列している。
九条烈斗が腕を組む。
「標的は来生だと?」
「はい」
説明を受けた後の沈黙。
朝霧直哉が口を開く。
「守ればいい」
単純だ。
だが重い。
「守りきれない相手だったら」
篠宮雫音が小さく言う。
雅也は一歩前へ出る。
「そのときは、俺が前に出る」
烈斗が睨む。
「一人で格好つけるな」
「格好じゃない」
視線がぶつかる。
互いに引かない。
そこへ、松浦かなの声が響く。
「ちょっと待ってください!」
配信機材を抱えたまま駆け寄ってくる。
「これ、公開します」
全員が驚く。
「国家案件ですよ?」
「だからです」
かなの目は真剣だ。
「隠せば、噂だけが広がる。怖い話にされる」
彼女は端末を掲げる。
「正確な情報を出します。誰が標的かは伏せる。でも、三十二階層の現状は伝える」
和泉が少し考える。
「編集はギルド監修で行え」
「了解です!」
かなは深く頭を下げる。
その姿を見て、美野里が小さく微笑む。
「強いですね」
桜子が隣で頷く。
「信念の強さです」
午後。
三十二階層。
裂け目の前。
空気が重い。
魔力が、集中している。
雅也の胸が微かに熱を帯びる。
共鳴。
裂け目が揺れる。
そこから、ゆっくりと現れたのは――
人型。
黒衣。
顔は見えない。
だが巨大影とは違う。
圧縮された存在。
静かに、雅也だけを見ている。
九条が槍を構える。
「命令は」
和泉の声が通信で響く。
「防御優先。来生の判断に従え」
その瞬間。
黒衣の存在が、言葉を発した。
直接、頭の中に。
帰還者。
管理対象外。
排除命令。
蒼輪も緋天も聞こえていない。
雅也だけ。
管理対象外。
やはり。
異世界側からの追跡者。
美野里が不安そうに見る。
「何か言いましたか」
雅也は答えない。
黒衣が一歩踏み出す。
地面が歪む。
速い。
九条が突く。
弾かれる。
朝霧が斬り込む。
浅い。
黒衣の視線は、雅也から外れない。
選別。
確認。
試験。
雅也は前へ出る。
「来るな」
背後へ制止。
黒衣の剣が振り下ろされる。
雅也は素手で受ける。
火花。
衝撃波。
地面が割れる。
蒼輪と緋天が息を呑む。
人間の動きではない。
黒衣が囁く。
帰還せよ。
命令違反。
粛清。
雅也の瞳が揺れる。
帰る?
戻る?
あの戦場へ?
否。
ここが、今の世界だ。
「断る」
低く、はっきり。
その瞬間。
雅也の内側から、抑えていた力がわずかに漏れる。
光。
ほんの一瞬。
黒衣が後退する。
観測。
確認。
そして。
撤退。
裂け目へ溶けるように消えた。
静寂。
誰も動けない。
九条が呟く。
「……何だ今のは」
雅也は息を整える。
抑えろ。
出すな。
正体を。
和泉の通信が入る。
「来生」
「はい」
「お前は何者だ」
核心。
雅也は空を見上げる。
夕焼けが赤い。
「……ただの回収員です」
嘘。
だが今は、それしか言えない。
裂け目は閉じていない。
だが拡大もしていない。
向こうは確認した。
そして退いた。
次は。
より確実に来る。
雅也は拳を握る。
勇者は、公表しない。
それでも。
逃げない。




