第十二章:乱れた静寂
午前九時二十五分。
港区・倉庫街の一角。
古びたトタン屋根と錆びた鉄扉が並ぶ、静かな工業地帯。
その一角——小さな倉庫の中に、
警察車両と鑑識班が集まっていた。
「こちらです、神谷さん。」
若い刑事が苦い顔で案内する。
倉庫内は薄暗く、床には大量の血。
中央には、背中を上にしたまま横たわる遺体。
首元には深い切創、口には布が詰められていた。
両手は後ろで縛られ、身体はぐったりとしていた。
そして、死体のすぐそばに——羽根が一枚、濡れた血にまみれて落ちていた。
「……今回も“あの羽根”です。」
「ただ、手口が今までより荒い。
ここまで感情的な痕跡は初めてです。」
弘志は遺体に近づき、目を細めた。
(いつもは無駄がない。それなのに……今回は動きが粗雑すぎる。)
彼は床に膝をつき、羽根を拾わずにそのまま眺めた。
「この倉庫の位置、どこからも目立たない。
ここを選んだ理由が何かあるはずだ。」
「監視カメラはありません。周囲も人通りがない。」
「また“完璧な空白”か。」
弘志は立ち上がり、天井の配管を見上げる。
「被害者は?」
「名前は黒木翔太、34歳。運送会社の社員。
前歴も交友関係も特に問題なし。
ただ、2日前から無断欠勤だったようです。」
弘志の表情が一瞬だけ曇った。
——なぜか、この現場が“妙に心に引っかかる”。
匂い、空気、照明。
全てが、なぜか既視感のように思えた。
「……何かが違う。けど、まだ分からない。」
午後一時四十分。
警視庁第一課・弘志のデスク。
彼は現場の写真と、過去の事件記録を並べて比較していた。
そして、ある一点で目が止まる。
——第四の事件、公園の遺体位置。
——倉庫街の遺体位置。
——ビル裏の遺体位置。
弘志は眉をひそめた。
「……形が……似ている?」
それは正確には“文字”でも“記号”でもない。
ただ、遺体の位置と羽根の配置に、微かな共通点があるように見えた。
「偶然か? それとも——意図的な“配置”か……?」
彼は思わず手帳にメモを取り始めた。
■ 検証項目:遺体と羽根の配置
→ 複数現場で類似の“向き”
→ 幾何学的パターンか?
その時、背筋に小さなざわつきが走った。
ほんの一瞬、誰かに後ろから見られているような——
(……気のせいだ。)
彼はペンを置き、静かに目を閉じた。




