388列車 大雨
夕方、夏の日差しで熱せられた琵琶湖は湿気を大量に空へと送り込んでいた。その洗礼とでもいう雨はその時降ってきた。
フロントガラスに叩きつけられた雨は大粒。実家から戻ってきてそうそうにこれか・・・。
「永島。嫌な電話の一つや二つ掛かってくると思うか。」
運転席に座っている沙留はそう聞いてきた。
「来るだろうね。こんな大粒の雨じゃ嫌な電話がない方がおかしいよ。」
大粒だけならあんまり警戒することはないのかもしれない。ただ、休みなく動いているワイパーが役に立たないような雨では確実に嫌な電話はかかってくると踏んだ。だが、今の雨はそれだけではなさそうだ。みるみると視界は悪くなり、普段の巡回スピードで車を走らせることもはばかるような雨になっていった。
「・・・諦めますか。」
沙留はそう言って、車を近くの広いスペースに止めた。他の車は視界が利かない雨だというのに走っている。中にはヘッドライトさえつけない車があるからそれには驚きを隠せない。まぁ、見えるからいいや程度にしか考えてないんだろう。もちろん、それは個人の選択だから間違っている、間違っていないは問えない。だが、自分が見えているという認識だけは間違っているということは言っておこう。
「プルルルル。」
置いてあるスマホがなった。それに出た一声はもちろん、
「来たっ。」
その後も大粒の雨は降り続いた。電話を受けて点検を終えるころには引き継ぎの時間が迫っていた。だが、それよりも気がかりなことが沙留にはあるらしい。
「おいおい、マジかよ。」
「どうかしたの。沙留。」
「JR、さっきの雨で止まってやがる。」
「またJRか。」
運転情報でも見てるんだろう。それともそう言うツイートかな・・・。まぁ、それは何でもいいや。僕はスマホを開いてすぐさまY○hooの運行情報ページを出した。近畿に黄色のビックリおマークがついている。いや、近畿だけじゃないけど。とりあえずまずは近畿を押してみよう。
「沙留、今日は二ノ橋さんとの夜はなさそうだね。」
「何の話だよ。」
「まぁ、夜のことは冗談だけど、JRはもとより、阪急、近鉄、京阪。全部止まってる。これで家まで戻る術はタクシーしかないね。」
「全・・・滅・・・。ああん、なんで全滅なんだよ。台風じゃねぇんだぞ。」
「仕方ないよ。あれだけ降ったんだもん。バケツをひっくり返したような雨だったからね。」
「仕方ないホテルにでも止まるか。俺は明日も出ないといけないんだし・・・。」
しばらく待っていると、夜隊がやって来て簡単に引き継ぎを行い僕たちは詰所へと戻っていった。なお、詰め所に帰る途中も大雨だったので、夜隊も走り回ることになったであろう。
仕事を切り上げる時間になり、制服を脱ぐ。クールビズの軽装に着替えて、萌のお迎えで家に帰った。
「ただいま。」
「お母さん、お父さんお帰り。」
「ただいま。智萌。」
「お母さん、もう私たちご飯食べちゃったけど、よかった。」
「いいわよ。お母さんはお父さんと二人で一緒に食べるから。」
「今日は一人ってことはないのね。」
「・・・何、仕事終りはいつも私と食べたい。さすがに夜勤終わりは無理だけど、昼勤終わりだったら考えちゃおうかなぁ・・・。」
「・・・。」
「光、お父さん帰ってきたよ。」
「お帰り、お父さん。」
「ただいま。」
ふと顔を上げると・・・えっ・・・。
「お邪魔してます。」
気のせいじゃない。何時もより一人多い。
「雨でJR止まっちゃって帰れないから連れてきたんだって。許してやってよ。」
「いや、別に泊めちゃダメとは言ってないけど。」
いったん光たちとは反対方向を向いて、萌にもそれを促す。
「亜美ちゃんだったっけ。なんでいるの。」
「JRが止まったからね。さすがにあの雨の中返すのもなんだかなぁって思ったの。それにもう家族にももしかしたら友達の家に止まることになるかもとまで電話してるんだって・・・。そういう所は早いねぇ・・・。」
「でオッケイしたんだ。」
「着替えだったらちょうど智萌のがあるし、いいでしょ。別に怪しい子じゃないんだから。」
「・・・。」
確かに、この雨の中JRが止まってると分かったうえで返すのもひどいものか・・・。
「仕方ないか。萌、今回だけだよ。」
「えっ、私にそれ言う。」
さて、
「亜美ちゃん。まぁゆっくりしてって。今日は災難だったね。」
「ありがとうございます。」
(これが・・・。)




