384列車 毒
ヴヴヴヴヴ。携帯電話が震えた。
(誰・・・。電車に乗っている時に電話をかけて来るって相当デリカシーがない人・・・。)
とは思いつつ、小さいCNFスマホを手に取った。
(瑞西・・・。)
だが、ここで出るわけにはいかない。電車の中での電話は他人に迷惑だ。どう言う事情があるか知らないけど・・・。
受話器にスラッシュが入る赤いアイコンをスライドさせ、電話を切った。
電話を切って数分経つとまたスマホが震える。
(今度は何・・・。メール。)
スマホを手に取り、今送られてきたメッセージを見た。
(ッ・・・。)
ここまで乗ってきた321系から降り、光ちゃんと待ち合わせをしているホームの端へと向かった。
「光ちゃん。」
「こんにちは。亜美。」
「あっ、こんにちは崇城さん。」
「今日も長宗我部君と一緒なのね。まっ。私は別にいいけど。」
「・・・とは言ってるけど、本当はいないほうがいいんじゃないんですか。お二人さん。」
長宗我部君はそう言った。その顔何か企んでる・・・。
「別にいいって。何もないんだから。」
「普通、男と女であってて何もない方が珍しいと思うんだけどなぁ・・・。」
「ああ。光ちゃんのことボーイフレンドだって思ってるってこと。私は今のところそう思ったことはないわよ。」
亜美はそう言って否定した。
「否定されてるけど。」
「別に否定されても何もないし・・・。」
「・・・あっそう。」
長宗我部君はどうも面白くなさそうだ。そんなに私達が恋仲の方がいいのかしら。
外線を225系が通過していく。転落防止幌が顔につけられているが、それだけでは0番台と100番台の区別はつかない。2号車の屋根上を見てみると大阪側の1基を上げて走っているのとは別に折りたたまれたままのパンタグラフがある。どうやら100番台のようだ。その後ろにくっついているのも225系。10号車のパンタグラフは上げている1基と折りたたまれたままの1基。後ろも100番台のようだ。
「どっちも100番台かぁ・・・。」
「あんまり珍しくない組み合わせだね。」
「そうね。今なら223系と225系の組み合わせの方がいいかもね。」
亜美はそう言った。確かに、JR西日本から223系の全両更新は既に終わったことだが、223系2000番台は東海道本線の快速運用からも離脱することが決定事項となった。8両編成のW編成は関西本線の大和路快速運用へ、V編成は山陰本線と奈良線の運用へ、J編成は奈良線のみやこ路快速運用に入ることになっている。
「229系っていうのが出てきたからね。」
ヴヴヴヴヴ。また携帯が震えた。
「誰かの携帯なってるぞ。」
長宗我部君がそう言った。
「ウチ、スマホは亜美からもらったのしか持ってないし、亜美から以外着信なんてないし。」
「じゃあ、崇城さんの。」
「・・・。」
バイブの音がやたらと大きく響いた。
「フン、どうせお爺様がなくなったから葬式に出ろって話でしょ。別にそんなのに出ることはないわ・・・。むしろ、死んでくれてせいせいしたわ。」
亜美はそう切り捨てた。その言葉が信じられなかった。なんで人が死ぬってそんな簡単に・・・。まして肉親だよ。
「ちょっと待てよ。崇城さん、それはねぇだろ。」
長宗我部はそう言い、亜美の左肩に手をかけた。
「あんたには関係ないでしょ。長宗我部君。」
亜美はそう言いながら、長宗我部の手を方から払い退ける。
「確かに、関係ないよ。でも、人が死んだんだろ。悲しくないのか。」
「別に。悲しいなんて思ったことすらないわ。」
「・・・。」
「いいこと。光ちゃんには何度も言ってきたことだけどねぇ。私の家と貴方たちの家は事情が違うの。そっちには夢を見る自由ぐらいあったでしょうけど、私には夢を見ることすら許されないほどに束縛された家庭環境だったのよ。この根源ともいえる人が死んだのよ。悲しむ理由なんてないじゃない。」
確かに、亜美の家とウチの家の事情は違う。でも、
「それは間違ってると思うよ。」
「そうかしら。じゃあ、光ちゃんは自分の孫が家出したら、すぐに養子を取って後継者にしろって実子に言う男のことを本当に愛せるのかしら。」
「えっ・・・。」
どういう意味かはよく分かんない。
「少なくとも光ちゃんは愛せるようね。私には到底できることじゃないわ。自分の孫の幸せぐらい考えるのは家族の務めじゃないの。敷いたレールをただ歩かせるのがイコール子供の幸せじゃないと私は思ってる。まして、世間からの目ばかり気にして、孫を蔑に出来る奴に愛情の欠片もわくことはない。」
「愛情がないわけないでしょ。どんなに家が違っても、それだけは。」
「バカ言え。」
亜美の声があたりに響く。ホームには高槻から快速になる列車の接近アナウンスが流れている。
「家族でも、愛せない奴はいるの。そんなのの葬式なんて出るだけ無駄よ。」
「亜美、亜美には感情ってものがないの・・・。」
亜美はうちの胸ぐらをつかむ。
「だったらなんで私はここまで怒り心頭になれるか説明しなさい。感情はちゃんとあるわよ。ただ、私の人生一度も愛情を注いでくれたことの無い人に果たして情がわく。私にとって、お爺様はこのホームにいる見ず知らずの人間と同列なのよ。それが親族なだけ。」
「二人ともやめろよ。」
「・・・。」
「・・・ウチは何も間違ったことは言ってないと思うけど・・・。」
「ええ。常識人としてはね。」
亜美はそう言うと胸ぐらから手を離した。
「私、葬式には行きたくないわ。光ちゃん、光ちゃんの家に押しかけてもいい。」
「えっ。」
「ちょっと、あんまり口出ししたくないんだけどさ。さっきも言ったけど、それはないって。家族の葬式ぐらい参加してもいいだろ。それに、崇城さんを拭こうする根源は家族から。」
「根源がなくなっただけで消えたわけじゃないわよ。」
「えっ・・・。」
「供給する毒がなくなっただけ。毒された人は残ってるから、しばらく浄化には時間がかかるわ。まぁ、それは私がこの手で夢を掴むよりも遅いでしょうけど・・・。」
「・・・。」
この日、亜美のことが初めて怖く見えた・・・。
(ウチは何も・・・。)




