383列車 崇城家
服部緑地公園。大阪の中心から外れた豊中市にある大きな公園だ。何時もたくさんの人でにぎわっている。走って身体の健康志向を意識する人、バーベキューを楽しむ若者。芝に寝そべって読書に興じる人。他人によってさまざまな方法でこの公園を利用している。
私、瑞西利理亜もそのうちの一人だ。
ゴールデンウィークを過ぎ、だんだんと太陽の照りが強くなってくる。もう日向では汗ばむぐらいになってきている。
「はぁ・・・。」
走り終わってすぐ後だ。ちょっと足が重いように思うのは最近あんまり運動をしていなかったからだろう。
「ねぇ、お父さん。今度はあっちの遊具に行こうよ。」
「よーし。レッツゴーだ。」
そう言い、肩車で近くにある遊具に駆け寄っていく親子の姿を見る。
「・・・。」
あんなことは一度もなかったなぁ・・・。
「・・・。」
バシッ・・・。平手で頬を払う音が部屋中に響き渡った。
「伊珠那。貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか・・・。」
「亜美には亜美の道がある。親が勝手にレールを敷いているだけに過ぎないじゃないですか。それとも、貴方はそのために子供の幸せを蔑に出来るんですか。」
「貴様の意見など聞いてはおらん。いいか、伊珠那。私が会長職を退けば、貴様が会長の座に座ることになるのだ。そして、お前の開いたポストに座るのは例え女であろうと亜美であることは決まっていることなのだ。そのための英才教育だろうが。貴様はそれを何だと思っている。」
「例え女でもいいなら、咲夜でもいいではないですか。」
そういう伊珠那に白いひげを生やしたおじいさんは彼の胸ぐらをつかむ。
「女でも、教育を受けているものと受けていないものでは差が有りすぎることを理解せんか。咲夜は出来る女だが、自身の娘ほど出来るわけじゃない。」
「・・・。」
その言葉に唇を噛んだ。
「なんとしても亜美を説得しろ。運転士になりたいなど、男の見る夢をいつまでも女が見ているんじゃないとな。JRや私鉄に車両を納入することはしても、そっち側に就くのは亜美の仕事ではない。」
(・・・クッ・・・。)
ドアを開け、よろけながら、部屋から出てきた。
「あなた。」
咲夜がそれに駆け寄った。
「大丈夫だ。心配をかけたな・・・。」
「・・・大丈夫なもんですか。こんなになって。」
「咲夜、ちょっと。」
「その前に傷を直さないと。葛生。」
「はい、ただいま。」
そう言うことが有ったのはまだ私が崇城家につかえて間もないころだった。
「葛生メイド長。」
「ああ。瑞西さん。早く伊珠那様を手当てして。」
「何かあったのですか。」
「詳しいことはあとよ。とにかく早く。」
言われるがまま、救急箱を葛生メイド長の言った部屋へと持っていき、ドアをノックした。
「瑞西です。」
「早く入って。」
「失礼します。」
頭を下げて入ったが、
「そんなしなくていいから、早くこっちへ来なさい。」
「はい、申し訳ありません。」
一家離散の危機とかそんな一大事でないことは誰もが理解していた。なぜかあの時ただ成らない雰囲気に家の中全体が支配されていたのはよく覚えていることであった。それも、今になってはなぜあんな空気に支配されていたのかわからないが・・・。
「咲夜様、これは一体。」
「御父様に手をあげられたのよ・・・。」
咲夜様は短くそう言っただけだった。
「瑞西、貴方は手伝ってちょうだい。」
「しかし、咲夜様の御手を煩わせるわけには。」
「いいのよ。そんなこと今は言っていられないから。」
慣れた手つきで伊珠那様の傷を消毒し、絆創膏を貼っていった。それがすべて終わると、私は救急箱を手にその部屋を後にした。ただ、次に伊珠那様たちの部屋の方向へと廊下を歩いていた時、
「キャッ・・・。」
「大丈夫ですか、お嬢様。」
「瑞西・・・。」
「・・・。」
「亜美、待ちなさい。」
咲夜様がそう言って廊下の向こうから走ってくる。
「待たない。瑞西、今日付けでここを解雇するわ。」
「あのっ、それは・・・。」
「早く来て。」
真意を聞く暇もなく、お嬢様は私の手を引っ張って走って行こうとする。
「お嬢様、お待ちください。せめて訳を。」
「私はこの家に入れない。この家は病んでるのよ・・・。」
「っ・・・。」
「瑞西、貴方を私が雇うわ。ここから家出するの手伝って。」
「お嬢様っ。」
「早く、私はここにいたら、親の為の子供でしかないの。」
(はっ・・・。)
お嬢様のその声に咲夜様の足が止まった。そして、その場に力なく膝から崩れ落ちる。
「咲夜様。」
「構っちゃダメ、瑞西。」
何か咲夜様が言っているように見えた。ただ、何と言っているのかは私の耳には入ってこなかった。お嬢様もがむしゃらになって走っていたところを見ると多分あの時発した言葉は聞こえていないだろう。
それが有ってから、お嬢様と両親の間は冷え切っている。ただ、一方的にお嬢様が毛嫌いしているだけで、両親の方はどんな顔をすればいいのか分からず、整理がつかないだけ。そんな状態は今なお続いている。
(もし、あのままあの家にいたら。お嬢様もあんな風にいい笑顔を・・・。)
仮定を脱することはない。
その頃、崇城家宅・・・。
「あなたは自分の孫を何だと思っているんですか。」
「孫・・・、伊珠那。貴様まだそんな戯言を抜かすか。」
「・・・お父様・・・。貴方は亜美がどうなってもいいというんですか。」
「くだらん、家出したこのことをいつまでも構っている貴様がおかしいのだ。」
「・・・っ・・・。」
その声思わず体が反応した。
「家でした娘などもはや娘ではない。」
「やめろ、くっ。」
「亜美は確かに優秀だった。この崇城という名を大きくするうえでとても重要な人物だった。それが貴様の娘だったというだけだ。だが、家出した以上、その優秀さがあっても意味はない。さっさと養子でもっ・・・グオッ。」
どさっという鈍い音とともに、白いひげを生やした男はその場に膝から崩れ落ちた。
ポタッ。
「はぁ・・・・はぁ・・・はぁ・・・。あ・・・あぁ・・・。」
登場人物
崇城伊珠那
崇城咲夜




