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小春が羊で梨央が狼 その②


 翌朝。相変わらず暑さが続いている。雲が切れるたび、やる気満々の太陽が遠赤外線多めじゃないかと思うような陽射しを浴びせている。

 麗子はいつも予鈴が鳴る二十分前くらいに登校する。そのころにはまだ数人しか教室に来ていないのが常だ。

 今日もそうだった。麗子はみんなに挨拶しながら席に向かい、自分の前の席に主が座っているのを見て、驚いた。

 梨央は机に突っ伏して眠っていた。すこー、すこーと安らかな寝息を立てている。麗子は隣の里美に聞いた。

「何、こいつ? 何でこんな早いの?」

「一番に来てたらしいよ。そんときから寝てたって」

「早起きして学校で寝てんの? 相変わらず意味不明なやつね……」

 麗子は席に着いた。起こして理由を聞こうかと思ったが、爆睡しているようなので起こすのもかわいそうだと思い、寝かしておくことにした、のだが、梨央が女の子らしからぬ大きないびきをかき始めたので、やっぱり起こすことにした。

 指で背中をつつく。梨央はうるさそうに、う~んと言って身をよじった。

 なおも背中をつつくと、梨央はハッとして目を開け、ガバッと起き上がった。ぐるんと後ろを振り向く。

「梨央、おはよう。って、あんた何よその目の下の隈は?」

 梨央の目の下はアイブロウで描いたみたいに真っ黒だった。疲れているようだが、目だけは血走って異様な光を放っている。

「レーコ! ちょっと来て!」

 起きるなり梨央は麗子の手を引いて教室の外に連れ出した。クラスメイトが「何じゃありゃ?」的な視線を向ける。

「ちょ、ちょっと梨央! そんな引っ張らないで、転んじゃう!」

 梨央はぐいぐいと手を引いて、科学実験室の前の廊下にまで連れ出した。ここは朝は人気(ひとけ)がない。

「レーコ! これ見て!」

 梨央はスカートのポケットからコンパクトタイプのデジカメを取り出すと、電源を入れてモニターを見せた。

 麗子がモニターを覗き込む。黒い画面に、なにやらもやもやした白っぽいものが写っていた。

「できたの! 念写! ほら、何か写ってるでしょ!」

 えー? と麗子は言った。

 ……確かに『何か』は写ってるけど……。

「何? このもやもやしたの? あんたどうやって撮ったの?」

「使い捨てカメラのときとおんなじ。ガムテープでレンズ塞いで、写れ~!念じながら撮ったの。そしたら写ったのよ! ほら! レーコ! リアクション薄いわね!」

「……ゴメン。テープ透かして光が入ったんじゃないかなー、とか思ったりして」

 麗子は眉を寄せ、困ったような顔をした。梨央は構わずハイテンションで続けた。

「あたしもそう思ったんだけどさ、違うの! ほら、こっちは何にも念じないで撮ったほう。真っ黒でしょ?」

 デジカメのボタンを操作して、別の画像を映す。確かに黒くて何も写っていない。

「う、う~ん……確かに……」

「あんた信じてないわね!? じゃあいいわよ、麗子シャッター押してみて!」

 レンズはガムテープで塞いだままだ。もうすぐ授業が始まるから後にしようと言いたかったが、梨央がギラギラした目で早くシャッターを押すよう促すので、何も言えなかった。

 麗子がボタンを押すとシャッター音が鳴り、モニターに画像が映し出された。映し出されたと言っても、もちろん真っ黒だが。

「ね、今度はあたしがやるよ」

 梨央はデジカメを取ると、両手で持っておでこの生え際のあたりにかざした。

「ふんっ!! はああああ~っ!!」

 梨央は、ボディがつぶれてしまいそうなほど力を込めてデジカメを握り、異様な声をあげた。祈祷師のように頭を振って念を込める。麗子はドン引きした。誰かに見られてやしないかと、焦って辺りをキョロキョロする。

「ちょ、ちょっと梨央! そ、そんな○○○○みたいな声出さないで!」

 思わず差別用語を使って麗子は止めさせようとしたが、梨央は聞く耳を持たない。

「どぅえいっ! ぬぅおおおお~っ!!」

 獣のような雄叫びを上げながら、梨央はパチリとシャッターを押した。とたんに力を使い果たしたようにうなだれる。膝に手をついてぜいぜいと肩で息をする。

「……あんた一晩中こんなことやってたの……目の下に隈まで作って……正真正銘のアホね……」

 額に汗をかき、上気した顔で梨央はデジカメを差し出した。

「だ、誰がアホよ! これ見てからもの言え! 何か写ってるでしょ!」

 デジカメを受け取り、麗子はダイヤルを操作して『再生』に合わせた。白くもやっとしたものがモニターに映し出される。

「うわっ! マジで何か写った! キモっ!」

「キモっとか言うな! あたしの初めての超能力なのよ!」

 梨央は怒ったが、麗子は口を波線にしてモニターを見つめている。

「うえっ……信じたくないけどマジで撮れてる……何者なのあんた……?」

「あ、あんたねえ! あたしに超能力が発現した記念すべき瞬間なのよ! さっきから『キモっ』とか『うえっ』とか! もっと感動的な感想ないの!?」

 心霊写真を見せられたような反応しか返ってこない麗子に、いいかげん梨央がキレた。

「そんなこと言ったって、正直気味悪いわよ……あんたここら辺の自縛霊とか呼び寄せられるの?」

「霊じゃねえよ! 超能力だって言ってるでしょうが!」

 麗子はその他の画像も見てみた。白くもや~っとしたものが写っている写真が二十枚以上あった。もやもやの形は一定せず、雲のように気まぐれに姿を変えている。

「ぼんやりしたのばかりねえ。エッフェル塔とか写せないの?」

「ハードル高っ! いきなり写せるかそんなもん!」

 やっとボーゲンが滑れるようになったスキーの初心者にモーグルをやれというような無茶を麗子は言った。

「ふ、ふん! でも、確かにレーコの言うとおりよ。こんなもやもやじゃ面白くないわ。思い通りに写すにはどうしたらいいか教えてよ。それに、どうしてフィルムじゃ写らなかったのかも知りたいわ」

「私が知るか! ユリ・ゲラーに聞け! 生きてるか知らんけど!」

「ご健在よ、失礼ね。それにしても、百合とユリ・ゲラーをかけたつもりなんでしょうけど、いまいちね」

「偶然だ! 人を勝手に残念なセンスの持ち主にするな!」

 突っ込みすぎて麗子の息が切れてきた頃に予鈴が鳴った。別に天井に鐘があるわけではないが、二人とも何となく上を見上げる。

「レーコ、あんたじゃ分かんないって言うんなら、誰か分かりそうなやつ紹介してよ」

 視線を麗子に戻して梨央が言う。

「いるかそんなやつ。もう教室に戻るわよ」

「あんた顔広いでしょ? 誰かいないの? 頭が良くて、超常現象に詳しいやつ」

「あんたみたいな非コミュに比べりゃ知り合い多いけどね、でもそんなの都合よくいるわけ……」

 麗子は言葉を途中で切って、言い淀んだ。顔に浮かんだ躊躇いの表情を、梨央は見逃さなかった。

「――いるのね!? レーコ! いるならもったいぶらないで紹介しなさいよ!」

「う……い、いることはいるけど……あの子だったら頭はいいし、SFとかファンタジー小説も好きだし……でも……」

「でも、何よ?」

 麗子はお気に入りの自転車を嫌いな友達から「貸して」と言われたような顔をした。

「あんたには紹介したくないなあ……」

「何でよ! 女の子だから!? 手出さないわよ! あたしだって誰でもいいわけじゃないのよ!」

「そりゃあんたにも好みはあるでしょうけど……でもあの子ははねえ……」

 麗子は本気で困り果てた顔をしている。梨央は泣きつくようにねだった。

「レーコ……お願い。せっかくここまで出来たんだよ。あたしには、テレポーテーションとかサイコキネシスとか、もっとすごい超能力が眠ってるかもしれないの。こんなもや~っとした写真だけで終わらせたくない。お願い、レーコだけが頼りなの」

 情に訴えて取り入る作戦かと思ったが、梨央の目は演技ではなく、真剣だった。両手を胸の前で組み、じっと麗子を見つめる。

 断ると悪人になりそうだったので、麗子はしぶしぶ承諾した。

 ……本当に、何で私がこいつに肩入れしなくちゃならないんだろう。

「……分かったわよ、気は進まないけど、紹介してあげる」

「やったあ! レーコ優しい! 大好き!」

 満面の笑みの梨央。それに対して麗子は、通販で全然似合わないコートを買ってしまったような顔になった。

「……言っとくけど、手出したら許さないからね。それと、紹介するのは放課後よ。あんた授業さぼったら会わせないからね!」

 麗子がそう釘を刺したところで本鐘が鳴り、二人は慌てて教室へ走っていった。

 梨央は約束どおりその日の全ての授業に出席したが、教科書を広げることすらせず、机に突っ伏し、一日中熟睡して過ごした。


        ☆


 放課後、麗子と梨央は一年の校舎に向かった。たっぷりと睡眠をとった梨央は、目の下の隈が消えている。

「一年生なの、その子? 三年とかの方が頭はいいんじゃない?」

「一年だけど、万年ぶっちぎりトップの成績なの。五教科でヨンキュッパとか取る子なのよ。それにあんたの相談だと、授業で習うことだけじゃおっつかないでしょ? あの子なら本もよく読んでるから……」

 話しているうちに一年の教室についた。生徒会の用事などで他の学年の教室への出入りは慣れているのだろう。麗子は歩く速度を緩めず教室へ入っていく。梨央も後に続いた。

 上級生が入ってきたので、教室に残っていた一年の生徒達はちょっとだけ緊張した。麗子は背が高く威圧感があるし、梨央はどこから見てもヤンキーっぽい。

 麗子は後ろの方の席に座っていた女生徒の前で止まった。その子と話をしていた友達らしき女生徒が、いきなり現れた上級生にビビッて、身をすくめる。

「あ、レーちゃん。早かったね」

 机に座っていた女の子が親しげに麗子に話しかけた。梨央は二人を交互に見た。

「レーちゃん? レーコの友達なの?」

「幼なじみよ。昼休みに、放課後顔貸してって言っておいたの。名前は白梼山(かしやま)小春(こはる)。〝かしやま〟は珍しい字を書くの。後で教えてあげるわ」

 こっちは同じクラスの赤羽根梨央、と麗子は梨央を紹介した。

「……初めまして」

 人見知りするのだろうか、小春は小さな声で挨拶して、ちょこんとお辞儀した。梨央も軽く頭を下げる。

 小春の第一印象は、「とにかくダサい」だった。

 肩甲骨まである長い黒髪は、シャギーとは呼べない不自然な段差がついている。自分でざくざく切ったんじゃないかと思うようないい加減さだ。

 黒くてぶっといプラスチックフレームのメガネはやたらとでかくて、レンズが醤油皿くらいの大きさがあった。

 長くてぼさぼさの前髪が、メガネの上に覆いかぶさって目を隠している。前が見えるのだろうかと梨央は思った。

 この年頃の平均的女子に比べ、百分の一もおしゃれに気を使っていないのが一見して分かる。

 小顔だし目鼻などのパーツはそれなりに整っているようだが、アラレちゃんメガネをかけたお菊人形という評価しか下せなかった。


 ……何でレーコ、あたしがこの子に手を出すと思うのよ……? 幼なじみだからって心配しすぎじゃないの?


 梨央は麗子が何故あんなに小春を紹介するのを渋ったのか分からず、首をひねった。

「小春、ちょっと時間ちょうだい。この子があなたに相談があるって。見た目ほど怖くないと思ったら大間違いで、見た目どおりだから気をつけてね」

「そんな紹介の仕方があるか! 話しづらくなるだろ!」

 切れのいい梨央の突っ込みに小春はビクッとした。やはり気の弱い子らしい。

「教室では話せないわね。どこか……」

「SF研に行くわよ」

「SF研? 廃部になったとこ?」

 梨央の先導で三人は元SF研の部室に向かった。小春は麗子の後ろに隠れるようについてきた。

 SF研は今年の三月、三年生部員の卒業とともに、最低五名の部員数が満たせず廃部となった。

 名前はSF研だったが、中身はオタク研というべきもので、要はオタク好きしそうなアニメや漫画をSFと称して楽しもうという部だった。

 旗森高校は文科系の部活が多く、部室も数多く用意されているので、取り合いになることもなく今は空き部屋になっている。

 梨央は鞄からキーを出すと、SF研のドアの鍵を開けた。

「あんた何でここの鍵持ってるのよ?」

「職員室にキーボックスがあるでしょ。SF研の鍵二つあったから、一つもらったの」

「もらうな! あんたの部屋じゃない!」

「使ってないんだからいいじゃない。ここ、あたしのお昼寝部屋なの」

 梨央がドアを開ける。中に入るとテーブルとパイプ椅子が数脚あるだけで、がらんとしていた。梨央がときどき換気しているからだろうか、こもった臭いなどはない。

「あ、隅っこに寝袋が置いてある……あんた本当にお昼寝に使ってるのね……」

「レーコも眠たかったら鍵貸してあげるよ。寝袋使って」

「あんたの部屋じゃないし学校で寝たりしないしあんたの寝袋で寝るのも嫌だし、突っ込みどころ満載ね!」

「さて、小春、そこ座ってちょうだい」

 麗子の突っ込みを梨央は爽やかにスルーした。

 はい、と小さく返事をして、小春はおずおずとパイプ椅子の一つを引き、テーブルについた。梨央が向かいに座る。麗子はちょっと迷ってから小春の隣に座った。

「口で説明するより見た方が早いわよね。小春、このデジカメ、シャッター押してごらん」

 例のデジカメを渡す。

「……レンズ、テープで塞いじゃってますね……? いいんですか、このままで?」

 小春はデジカメを不思議そうに眺めた。

「そう、そのままでいいの。モニター真っ黒でしょ。どこに向けてもいいから、シャッターを……」

 話の途中であることに気付き、梨央は黙った。組んでいた足を戻し、テーブルに手をつく。

「え? 何……? この子……」

 まじまじと小春の顔を見つめる。睨むような眼光に、小春は怯えて身をすくめた。

「ちょ、ちょっといい!?」

 梨央は立ち上がり、テーブルの上に身を乗り出した。小春の顔に手を伸ばす。

「きゃっ!」

 怖がるのにも構わず、梨央は伸ばした両手で小春のメガネを取った。急いでそれをテーブルの上に置くと、今度は彼女の前髪をかき上げる。長髪に半分隠れていた小春の顔があらわになる。

「な、何ですかあ……???」

 怯えて涙眼になる小春。梨央の目が、驚きに見開かれる。

「な、何よこの子! むちゃくちゃ可愛いじゃないの!」

 梨央が大声で叫ぶ。麗子は片手で顔を覆った。

「くそ……もう気付きやがった……さすがガチレズ……」

「ちょっとレーコ! 何なのよこの子! 何でこんなに可愛いの!? っていうか何でこんなに可愛いのにこんな格好してるわけ!?」

「……そんなの本人の自由でしょ。どんな格好しようが」

 投げやりな調子で麗子は言った。

「も、もったいない……この可愛らしさが台無しに……レーコ! あんた幼なじみなんでしょ! いったい今まで何してたのよ! 何でこんなお菊人形みたいな格好させてるの!? 変な宗教でも入ってんの!?」

 麗子は溜息をついた。小春はなぜ梨央が怒っているのか分からずおろおろしている。

「そんなの入ってないわよ。この子が可愛いのは分かってるわ。でも、今はこの方がいいのよ、ゆくゆくは私がおしゃれの仕方教えてあげるから……」

「こ、このダイヤの原石を磨かずに放置するなんて、そんな罰当たりなこと許されるはずないわ! どういうことなの!?」

 梨央はすごい剣幕で我が事のように怒った。さすがの麗子もはなじろんでしまう。

「……あんたの言いたいことも分かるけどさあ……この子、大人しすぎるのよ」

「大人しいからなんだってのよ! 関係ないでしょ!?」

「関係あるんだってば。気が弱くて優しすぎるのよ、この子。あのね、この子を本気で可愛くしようと思ったら、そこらのアイドルなんか比べ物にならないくらい可愛くなるわよ。それこそ、学校中の男子がこぞって寄ってくるわ。この子全然そんなのに免疫ないし、告白なんかされたら断わりきれないと思うのよ、傷つけるのが怖くて。本人もこの格好が楽みたいだし、しばらくはこのままで……」

 諭すように麗子は言った。筋は通っているが、梨央は合点がいかない。

「子供じゃあるまいし! そんなに過保護にしてどうすんのよ! 無菌室にいて免疫がつくわけないでしょ! だいたい、女の子から可愛くなる権利を奪っていいと思ってるの!? 可愛くなりたいと思わない女の子が、この世にいる!?」

 麗子はぐっと言葉に詰まった。女の子は可愛く――それを言われると、返す言葉がない。梨央は真剣な目で麗子を睨みつけている。

「……あ、あの……梨央……先輩……」

 それまで小さくなって二人の言い合いを見ていることしかできなかった小春が、初めて口を挟んだ。

「……あ、あの、あの、何で梨央先輩が怒ってるのか、よく分かんないんですけど、あ、あたしのことなら、そんな気にすることないですから……み、みんなは、髪型とか、服とか、そういうの詳しかったり興味があるみたいだけど、あたしは、本読んだりする方が好きだから……」

 びくびくしながらも、小春は二人の喧嘩を止めさせようと一生懸命だった。その姿があまりに健気で、梨央は気勢を削がれてしまった。溜息をつき、頭を掻く。

「……小春がそう言うんなら、今日はもう言わないわ……でもレーコ、この件は後で話しつけるからね、覚えといてよ」

 麗子が頷いて同意を示した。ずっと立って話していた梨央が、どっかとパイプ椅子に腰掛ける。

「話を元に戻すわね――ってどこまで話したっけ? あ、そうそう、小春、デジカメのシャッター押してごらん」

 喧嘩が収まったので、小春はホッとしたようだ。テーブルの上のデジカメを取り、やっぱりモニターが真っ黒なのを確認する。

「梨央先輩、シャッター押しますよ……いいんですよね?」

「いいよ」

 カシャッ。当たり前に真っ黒なモニター。小春の頭の上に?マークが浮かぶ。

「じゃあ、次あたしが念写するよ、見ててね」

「え? 念写?」

 梨央はデジカメを返してもらうと、額の前にかざした。

「でえぇっ! ふおぉおお! うるぁああああ~!!」

 奇声を発しながら、梨央はヘッドバンキングのように頭を振った。

「きゃあ! り、梨央先輩!? どうしたんですかっ」

 慌てふためく小春。

「小春、頭がおかしくなったわけじゃないから――いや、頭はおかしいんだけどね、すぐ終わるから、見てなさい」

 冷静に麗子が言った。雄叫びに隠れてシャッター音が鳴った。梨央は祈祷の真似事をやめ、息をついた。

「ほ、ほら、見てごらん……」

 デジカメを小春に渡す。白くもやもやしたものが写っている。

「え、ええ!? な、何ですか!? これ!?」

 小春が素直に驚く。

「念写って言ったでしょ。あたしが超能力で写したのよ」

「わ~、すごい! あたし、超能力者に会っちゃった……」

 尊敬に近いまなざしで見つめる小春。梨央は満足そうな笑みを浮かべた。

「レーコ、見た? これが普通の反応よ。あんたの二十歳の猫みたいな反応とは大違いでしょ」

 麗子がジト目を向ける。

「小春の好奇心が子猫並みなだけよ。あんたのひきつけ起こしたような念写の仕方見たら、普通は引くわ」

「……この驚嘆すべき能力をよくそんな軽くあしらえるわね……まあいいわ。小春、あなたを呼んだのは他でもないの。あなた頭いいんでしょ? 知恵を貸してもらいたいの」

 ひたすら感心していた小春だが、頼まれごとがあるらしいと知って、慌てて背筋を伸ばした。

「は、はい! 何でしょうか」

「先ずひとつはね、この念写、フィルムカメラじゃできないの。デジカメでしかできないのよ。それは何故か。二つ目は、こんなもやもやじゃなくて、もっとハッキリとした映像を写したいのよ。それにはどうしたらいいか。あなたに聞きたいのは、その二つ」

 成績優秀な小春だが、こんな問題は参考書に載っていない。小春は目をぱちぱちさせた。

「え、ええっと……ご、ごめんなさい、い、いきなりそんなこと聞かれても、あたし念写とか詳しくないし……」

「念写に詳しい人なんているわけないでしょ。今から頭を捻って考えるのよ」

 梨央は容赦がない。腕を組んでパイプ椅子の背もたれに持たれ、じっと小春を睨んでいる。何がしか答えを言うまで帰さないという顔だ。

 逃れられないと知り、小春は必死で頭を働かせた。

「え、えっと……カ、カメラは光がないと写らないから、それが写るっていうことは、物理現象を超えた超常的な現象であって……えーと、り、梨央先輩の憑依能力を使って、この辺りを浮遊してる霊とかが、いたずらしてきたのかな……」

 梨央は落胆して溜息をついた。

「あなたもレーコみたいなこと言うのね……そんな非科学的なものを持ち出さないでちょうだい。いい? あたしの超能力はオーロラや日食のように、超常的に見えてもれっきとした科学に基づいたものなの」

 麗子が意外そうに「そうなの?」と言った。

「そうよ、あんた何だと思ってたのよ? 小春、いいこと? これは宿題にするわ。あなたの頭脳で、ちゃんと科学的にスジの通った理屈を考えてくるのよ。明日の放課後、またこの部屋に集合。今日はもう帰っていいわ」

 勝手に呼び出して勝手な問題を突きつけられているのだから、そんなの知りませんと断ってもいいものだが、もちろん気の弱い彼女にそんなことはできない。

 小春は泣きそうな顔で、はい、と返事した。鞄を持ってとぼとぼと部室を出て行く。丸めた背中に哀愁が漂っていた。

 梨央は無表情でその後姿を見送っていた。ドアのところで小春は振り向いてうな垂れるように一礼し、静かに戸を閉じた。

「レ、レ~コ~!」

「わあ! 何よ急に!?」

 戸が閉まるなり梨央が麗子のほうに向き直り、泣きそうな顔で名を呼んだので、麗子はビックリした。

「あ、あたし……言い方キツかった!? キツかったよね!?」

「ま、まあ、穏やかじゃなかったわね。あの子気弱いし」

「ああ……どうしよう……あたし、嫌われちゃったかなあ……今ごろきっと気に病んでるわ、可哀そう……あんな可愛い子に、何であたしは……ふえええええん、レ~コ~!」

 めそめそと泣き出す梨央。麗子は呆れて「知るか」と言った。


        ☆



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