第17話
突然、目の前に現れた木精霊の集団。彼らからはオレ達に対する明確な敵意が感じられる。そして、まるでその敵意に呼応するかのように周囲のざわめきが大きくなる。
カレンさ~ん、精霊は攻撃的ではなく臆病って本当かよ?
「ちょ、ちょっと待ってくれ。オレ達は――」
『父様、やめてください。このお兄ちゃん達はいい人達です』
慌てて、敵対の意志が無い事を示そうとしたオレの言葉を、舌足らずな愛らしい声が遮った。声のした方を見ると、木精霊の子供がいつの間にか呼吸も整い元気になっていた。咥えていたオレの指先からも口を離している。
目線で降ろしてくれと訴えかけてきたので、望みどおり地面に降ろしてやるとその子はペコリと腰を折ってお辞儀をした。
『お兄ちゃん、ありがとうございました。お水も魔力もおいしかったです』
「魔力? 水はわかるけど、魔力って何の事だ?」
『お兄ちゃんの魔力がとってもおいしそうだったので、思わず吸ってしまったのです』
ステータスを確認してみると、MPがいつの間にかゴッソリ無くなっていた。指を咥えていたアレは魔力、つまりMPを吸っていたのか。オレは今の所MPの使い道は無いから別にいいけど。
『だから父様、このお兄ちゃんたちはミリナの恩人なのです』
『むう、そうだったのか。そうとは知らず、無礼な真似をしてすまなかった』
父様と呼ばれた木精霊がオレ達に謝罪をしてくれた。特に被害があったわけでもないので、気にしないでくれと笑って手を振る。
『我らにとって人族とは基本的に仲間を狩っていく恐怖の対象なのだ。故にあのような態度をとってしまった。ミリナを助けてくれたそなた達が心優しい者であってよかった』
アハハ……。このまま倒しちゃおうか、ちょっと迷ってたなんて口が裂けても言えないよ……。
『我はこの森に住む木精霊の長、ウルザリーナ・エル・サントラ。我が娘ミリザリーナを助けてくれた人族に最大限の感謝を』
『ミリザリーナです。ミリナって呼んで下さい。助けてくれてありがとう』
そう言ってチョコンと頭を下げるミリナ。その姿はロリータ信奉者なら飛びつきそうなくらい可憐だった。よかったな、オレが大人のお姉さん好きで。
「私は立花スグル。サントラフォードの街の冒険者です。後ろの3人は順にマイカ、リノ、オリヴィエラ。オレの大事な仲間です」
『よろしく、スグル。昨夜からミリナの姿が見つからなくてな。森中の木精霊達を動員して探していたのだ』
なるほど。サントラの森の異様な空気は木精霊達の影響か。
『ごめんなさい、父様。魔吸収蜘蛛の巣に捕まっちゃって……。何とか抜け出すことはできたのですけど』
『全く……魔吸収蜘蛛には気をつけろと、あれほどいつも言っておるのに』
魔吸収蜘蛛とは魔力を吸収する特殊な糸で巣を作る巨大な蜘蛛らしい。その巣に捕われるとMPがどんどん吸われていってしまうので、精霊のような魔力を生命の糧にしている種族の天敵なんだそうだ。
そこからなんとか脱出したが、魔力もほとんど底をつきかけていた上にゴブリン達に見つかり、必死に逃げ回った所で倒れてしまったらしい。そこへ、オレが通りかかったというわけか。
『そなたはミリナの恩人。何かお礼をしなければ……』
「いえいえ、そんなの気にしないでください」
『ダメです。お兄ちゃんはミリナの命の恩人なんですから。木精霊は受けた恩は必ず返すんです』
どうでもいいけど、ミリナの中でオレの呼び方『お兄ちゃん』で決定なの? なんか新しい扉を開いちゃいそうで怖いんだけど。
「それなら一つお願いがあるんですけど」
『なんだ? でき得る事であれば一族を挙げて望みを叶える事を約束しよう』
「実は『木精霊の蜜』というものを必要としているんですが、もし可能だったら分けてもらってもいいですか?」
『そんな物でいいのか?』
ウルザリーナさんが曰く、『木精霊の蜜』とは木精霊が空気中や、森の中に流れる清流から僅かな魔力を取り込んだ後、その搾りかすが溜まって身体から排出された物らしい。とはいえ、人間でいう汗とか尿のように老廃物のように汚い物ではなく、どちらかというと植物が光合成によって酸素を出すような物といえばイメージがつくだろうか。
排出された蜜は木精霊の加護がかかり、森の木々の栄養剤や下位精霊達の餌にもなるので一定の量が彼らの住む里に保存されているのそうだ。
『すぐに一族の若い者に取りにいかせよう。10分程待っていてくれ』
「ありがとうございます」
事前に聞いていたように木精霊を倒さなければ入手できない物じゃなくてよかったよ。
そんな風に思いながら蜜が届くのを待っていると、ミリナが近くに寄ってきてオレに何かを差し出してきた。
『お兄ちゃん。ミリナからもお礼をさせて』
「え、いいのか? もうお父さんからお礼はもらったけど」
『あんなものじゃお礼は足りないですから』
そう言って差し出してきたのは木彫りの指輪だった。細緻な彫り物がしてあるリングの上に1枚の葉がついている。
『それはミリナの葉っぱをつけた指輪です』
「ありがとう。大事にするよ」
葉っぱやリングとなっている木は木精霊の加護がかかっていて、枯れたりする事はないとミリナが教えてくれる。何故か顔をほんのり紅くしているのが少し気になったが、断るのもミリナのお礼をしたいという想いを傷付けてしまうと思い、素直に感謝を述べる。
受け取るとミリナはピョンピョン飛び跳ねるように嬉しさを爆発させていた。
その後も、ウルザリーナさんにサントラの森の事を教えてもらったりしている間に集落に行っていた木精霊が戻ってきた。
「こんなにいいんですか?」
『構わん。また必要になる事があれば、スグル殿にならばいくらでも差し上げよう』
思わず確認してしまったのは、木精霊達が運んできたものが、蜜が一杯に入った大きな樽だったからだ。
まあ、くれるって言ってるんだからせっかくだし貰っておこう。幸い、Lvが低いくせにやけに高いステータスのお陰かオレ1人でも樽は持ち運べるみたいだしな。
「それじゃ、私達はそろそろ帰りますね」
『ウム。今度は我が里にも招待しよう』
「楽しみにしておきます」
『絶対だよ、お兄ちゃん。絶対また会おうね』
ズボンに引っ付いてこっちを見上げるミリナの頭を撫でながら「絶対だ」と約束して別れる。歩きながら振り返ると、ミリナはいつまでもこっちに手を振っていた。
「…………おかえりなさい、スグルさん」
「ただいまです」
手に入れた樽を持って早速ギルドを訪れると、引きつった笑みを浮かべたカレンさんがオレ達を出迎えてくれた。
「で、その樽は何なんです?」
呆れた様子でオレの持つ樽を指差して聞いてくる。
「何って、アナスタシアさんに言われてた『木精霊の蜜』ですけど……」
「はぁ?」
素っ頓狂な声をあげるカレンさん。一瞬疑わしそうな目を向けられたが、すぐに奥から人を呼んでくれた。どうやら鑑定能力がある職員みたいだ。
ウルザリーナさん達を疑うわけじゃないが、万能鑑定でも確認してあるので確かだ。
「一体どうやってこんな量の『木精霊の蜜』を……?」
「アハハハ……。えっと企業秘密です。ただ他の冒険者のような人間に頼んで手に入れた物では無い事は誓えますよ。カレンさんのオッパイにかけても」
「アナスタシアさんみたいな事言わないでください」
オレの冗談を軽くかわしたカレンさんは少しの間困ったような素振りを見せていたが、やがてため息を一つついた。
「とりあえず、アナスタシアさんに使いをやるので少し待っていてください」
「ホントに何者なんですか、スグルさんは」と睨むカレンさんに乾いた笑いを返す事しかできないオレだった。
精霊は魔力を生命の糧にしているとありますが、HPが無いわけではありません。
ただ人間の場合はMPが無くても生きる事ができますが、精霊は生命維持にMPも消費しているので、MPが尽きた場合も死んでしまいます。
 




