第16話
「ハァ~……」
「お疲れ様です」
嵐の様なアナスタシアさんが去った後、思わずといった感じでカレンさんがカウンターに突っ伏した。服の上からだとわかり難かったけど、結構な大きさの胸が圧迫されつぶれてる。『ムニュゥ』とかいった擬音が聞こえてきそうだ。
「……ご主人様?」
「いや、見てない。オレは何も見てないよ、リノ」
「まだ何も言ってないの」
背後からくるプレッシャーに負けて、あっさり引っかかってしまったオレ。怖いって、リノ。他の2人は特にどうといった様子は見せない。まぁ、君達の方がたぶん大きいしね。
「しかし、スグルさん。アナスタシアさんの条件を本当に受けるつもりですか?」
「ええ。魔法については学びたいと思ってましたし。それとも、カレンさんには他に心当たりが?」
「いいえ。魔導師としては超一流ですし、魔法を教えるとしたらあの人以上の適任はいないでしょうが……。そもそもあの人は……」
後半は小声になってしまって聞き取ることができなかった。しまった、ステータスを見ておけばよかったな。うっかりしていた……というか、そんな事考える暇もなかった。
まぁ、いいや。それより今は『木精霊の蜜』だ。
「そんなに危険なんですか? 『木精霊の蜜』を取りに行くのは」
「う~ん。危険自体はそんなにあるわけじゃないんです。木精霊はサントラの森に住んでいますし、精霊達というのは魔物と違って、基本的に攻撃的な存在ではないですから。ただ……」
「ただ、何です?」
「見つけるのが凄く難しいんですよ。Lvの高い探知系のスキルを持っている冒険者でも中々見つけられないんです。木の精霊だけあって森に溶け込むのが凄く上手いんです。おまけに、見つけても臆病なためすぐに逃げてしまうし……」
なるほど。は○れメタルみたいな感じか。
「それ故に本来なら依頼としてはCかBランクに相当するんです」
オレの今のランクはF。
C、Bランクというと、中級から上級ランクだ。
つまりカレンさんは心配しているというよりは、時間の無駄とでも思ってるのだろう。
そんな風に思われてしまったら、尚更後には引けないな。
「危険があるわけではないのならやってみます。あきらめたらそこで試合終了ですから」
「???…………まぁ、そこまでの熱意があるなら、やってみてもいいかもしれませんね」
どうやらバスケの名言は通じなかったみたいだけど、カレンさんは困ったように笑ってから「あまり森の奥にまで行かないように気をつけてください」と注意の言葉と一緒にオレ達を見送ってくれた。
サントラの森。
ここ数日ミニゴブリンや、ウッドワームの討伐などで何度か訪れている場所だ。とはいえ、森の奥まで入っていった事は一度もない。
カレンさんが言うには、木精霊は見つかりにくいが森の奥だけでなく至る所に住んでるらしいので、とりあえず今日は今まで来たことある入り口近辺を捜索して、見つからない場合は一端引き返してまた考えようという、非常に大雑把な作戦ともいえない作戦を立ててきたのだが……。
「そこっ!」
「いいぞ、マイカ。リビー、マイカの援護を。リノは周囲を警戒してくれ」
「了解しました」
「まかせてなの」
森に入って1時間ほどだが、すでにこれが3度目の戦闘だ。4体で現れたミニゴブリンを殲滅すると、疲労からか誰も何も言わないまま全員が近くの岩に腰を下ろして休憩に入った。
「なんだか今日は妙に戦闘が多くないか?」
愚痴るようなオレの言葉だったが、3人共同じ意見だったようで口々に賛同の声をあげる。
「なんだか森が騒がしいの」
「森が騒がしい?」
耳をピクピクさせて目を閉じるリノに倣って、耳をすませてみる。
言われてみるとザワザワと木々の枝が揺れる音や、風の唸り声なんかがいつもより強い気がするが……。
「森の様子がおかしいのなら今日は一端引き上げますか?」
「う~ん……」
マイカの問いに腕を組んで考える。
様子がおかしいのはオレも感じているが、多少魔物の出現率が上がっているだけで今の所目立った危険はない。戦闘をこなしている内にオレ達の連携も深まってきているし、魔物がよく現れるというのならむしろ絶好のLv上げの機会でもある。現れるのは雑魚ばかりだし。
「もう少しだけ散策してみよう」
3人とも異論はないようで、その言葉を聞いてすぐに立ち上がる。言い出した本人であるオレもいつまでも座っているわけにはいかないので、腰を上げようとしたところで――。
「んう?」
視界の片隅。
藪で覆われた一角がボンヤリと光っている。
一体なんだろうと、不思議に思って近づくと……。
『…………ハァ、ハァ』
「子供……? いやコレって」
茂みの中でうずくまっていたものを抱き上げる。それは小さな木精霊の子供だった。
茶色い肌に頭は髪の毛の代わりに緑の葉っぱに覆われているが、見た目は人間の子供とそれほど大差なく結構可愛らしい。
「さすがです、ご主人様」
「可愛いですね」
「でも、なんだか苦しそうなの」
3人もオレの周りに集まって木精霊の顔を覗き込む。確かにリノの言う通り苦しそうだ。
普通に考えれば、これはまたとないチャンスだ。見つかりにくい上にすぐに逃げるという木精霊が弱っている状態で目の前にいる。こいつを倒して、ギルドに持って帰ればアナスタシアさんの条件はクリアできる。
「だけどなぁ……」
腕の中で苦しそうに浅い呼吸を繰り返す木精霊を見下ろす。
これにトドメをさす。
無理だろ。
こんないたいけな存在をこの手にかけるとか。
でも『木精霊の蜜』を手に入れなきゃアナスタシアさんに魔導師の修行をつけてもらえないし……。
オレが利益と良心の狭間で揺れていると。
『…………み、ず』
「ん? 水が欲しいのか?」
コクンと頷く木精霊に水筒を取り出し、飲み口を近づけてやる。木精霊はオレの水筒からコクコクと喉を鳴らして水を飲んでいく。
その様子を見た時点で、オレの中からこいつを倒すという選択肢は完全に消え去った。
「ご主人様……」
「ああ、わかってるよ。こいつを倒すのはやめにしよう」
不安そうにオレの方を見つめるマイカ達を安心させるように言う。
「しょうがない。アナスタシアさんに別の条件にしてもらうか、それが無理なら魔法は別の機会にしよう――って、コラコラ。オレの指は食い物じゃねーぞ」
話している内に水筒から口を離した木精霊の子供が、いつの間にかオレの指にチュウチュウと吸い付いていた。
特に痛みとかがあるわけではないので、苦笑しながら指を離そうとするが中々離れてくれない。
手荒な事はしたくないので、なんとかやさしく引き剥がそうとマイカ達にも手伝ってもらい四苦八苦しているところへ……。
『待て』
不意にどこからかオレ達を呼び止める声が聞こえた。
『キサマら、我の子をどうするつもりだ』
ザワザワと木々の擦れる音が大きくなり、耳元を吹く風も強くなっていく。
「なんだなんだ?」
「ご主人様!」
「とりあえず固まれ!」
オレの呼びかけにマイカ達は即座に反応し、4人でひとかたまりになる。
『我の子を離せ』
「我の子? 子供ってこの子の事か?」
『そうだ』
その声が聞こえたと同時、木精霊の集団が目の前に姿を現した。




