新学期の課外授業-1
シュラインが毒で倒れた事件の数日後、朝。
シュラインとニーナの姿は王都近隣の森林へと向かう馬車の中にあった。
揺れる車内、向かい合って座る2人の間には森からの涼やかな風が流れている。
「先輩、お身体の調子は大丈夫ですか」
ニーナが心配そうに尋ねた。
あの毒の一件以来、彼女は頻繁にシュラインの体調を気に掛けている。
「あぁ、問題無い」
シュラインが頷くと、ニーナは安心したように微笑んだ。
正確には先日の毒の後遺症が少しだけある。
だが、微々たるもので日常生活に支障はない。
わざわざ心配をかける必要もないと、シュラインは目を伏せる。
「それにしても、課外授業とは珍しいですね」
「あんな事件があったから仕方ないな」
シュラインが窓の外へ視線を向けながら返す。
夏季休暇まで残りわずかという時期に、突然の1週間の課外授業。
当事者を追い出して事件を鎮静化しようという学校側の意図が見える。
だが余計な詮索をされない分、こちらとしてもありがたい話だった。
シュラインが毒で倒れた……正確には、毒を盛られた事件。
これも事件だが、問題はその後だった。
ロイオンが犯人のいる教室にそのまま殴り込みに行ったのだ。
そして、あわや教師同士で全面戦争、という大事件が発生したのだ。
一連の事件が最終的にどう決着したかは、目撃者と一部の教師しか知らない。
ただ、その日を機にニーナ争奪戦とも呼ばれる騒動はぱったりと終息した。
あれだけしつこかった勧誘が、嘘のように消えたのだ。
詳細はシュラインも知らない。
知ろうとも思わなかった。
ただ、ロイオンが全てを終わらせたということだけは確かだった。
「私、師匠を絶対に怒らせないと心に決めました」
詳細を知る目撃者の1人であるニーナが呟く。
あの日のロイオンは、本当に恐ろしかった。
普段の穏やかな笑顔はどこにもなく、ただ静かに、けれど一切の容赦なく。
氷の刃のような冷たさで、全てを終わらせたのだ。
「その方がいい」
シュラインが肩を竦める。
詳細は知らないが、何があったかは想像がつく。
「もしかして、前にも似たようなことあったんですか?」
「……俺が1年生の時に、ちょっとな」
話すほどのことではないとばかりに、シュラインが再び車窓へと視線を移す。
その横顔を見て、ニーナはそれ以上追及しなかった。
先輩が話したくないことは、無理に聞く必要はないだろう。
「そういえば」
ニーナが話題を変えるように言った。
「折角、青春っぽいイベントだったのに、それどころじゃなかったですよね」
「は?」
「ほら、『先輩に口付けしちゃったきゃー』って」
どうやら恋愛小説のようなシチュエーションに憧れていたらしい。
「現実はそれどころじゃないし、解毒薬は物凄く不味いですし」
ニーナが残念そうに口を尖らせる。
あの日、解毒薬を口移しで飲ませたこと。
確かに客観的に見れば劇的な場面だったのかもしれない。
「あれはやっぱり、物語の中だけのお話なんですかね」
「お前なぁ」
シュラインが呆れながら言う。
意識が朦朧としていたこともあり、一連の事件についてのシュラインの記憶は薄い。
だが、当事者であるニーナの衝撃は大きかったのだろう。
青春の思い出に塗り替えたいという思考も理解できなくはない。が。
理解と同意は別である。
「だから先輩。今度、青春のやり直しをしましょう!」
「断固として断る」
「えー、そんなぁ」
言いながらも、ニーナは楽しそうに笑っている。
断ると言いつつ、この先輩は考え自体は否定しない。
そもそも、ニーナのせいで毒を盛られたと言っても過言ではない。
責められても仕方ない。
それなのに、シュラインは何も言わない。
だから、ニーナは安心してこうして冗談を言えるのだ。
「先輩は、優しいですね」
「そんなこと言っても、青春ごっこには付き合わないぞ」
「それは残念ですね~」
ニーナが笑いながら頷く。
その笑顔を見て、シュラインは小さく息を吐いた。
本当に手のかかる後輩だ。
だが、不思議と悪い気はしない。
馬車は森の中を進んでいく。
窓の外には深い緑が広がっていた。
夏の足音がすぐそこまで迫っている。
そして、この馬車の先に待つのはロイオンの課外授業。
何が待ち受けているのか、2人はまだ知らない。




