第1部 第27話 怪我の功名
「………」
あれ?師匠、どうしたんだろう?ケーキを見て考え込んで…そう思った次の瞬間
「…失礼」
師匠は、右手の人差し指でケーキに少し指を突っ込み、それを取った。
「し…師匠?」
師匠が、こんな行儀の悪い食べ方をしたのは初めてだった。
「…アルノーさん、ジュリアンにお礼を言っておいてください。そして、今度、ぜひ工房を尋ねて欲しいと…!」
師匠の瞳は力強い光だった。
「了解」
「ジョン!キャラメリゼアップルが盗まれたのは、怪我の功名だったようだ」
「え?」
「さあ、いっきに完成させるよ!」
「え?あ、はい!」
アルノーさんは、屋敷を後にし、僕と師匠は再び調香室へと戻ってきた。
「…師匠、さっきのケーキつまみ食いなんて珍しいですね?」
「ジョン、まだ気づいてないのかい?さっき君も言っただろう?」
「え?さっき言った事…?」
僕は深く考えてみた。ケーキ…ジュリアンのケーキ…ベリーのケーキ…
「…あっ!!ベリー!!もしかして、ベリーの香りですか?」
「そう!あのチョコレートと合うジューシーで甘ずっぱい香りは、ラズベリーとクランベリーだ。リップスティックの香料としては十分に合うはずだ!」
「!!そうか!確かに!!これ、いけますね!!」
「ああ、丁度、ベリー系の香料はすべて揃っている。さあ、ラストスパートだ!!ジョン、手伝ってくれ!」
「はいっ!!」
こうして、僕と師匠はまた集中して作業に入った。
途中、食事や軽食、飲み物などアイナやシェーンさんが運んできてくれた。
師匠は、ありとあらゆるベリー系の香料の配合を試し、さらに隠し香料なども試して最高の香りを生み出そうとしていた。
それは明け方まで続き、師匠はいっさい妥協はしなかった。
そして、締切日当日。
「…アイナ、ジョン、シェーン、試してみてくれ」
僕達は、師匠が完成させたリップスティックの試作品を唇に塗ってみた。
「こ…これは…!!」
「おお…!!これは見事な香りですな…!」
「本当に…!このままチョコレートと一緒に食べてしまいたいくらいです」
「ははは、アイナ、それはだめだ。食べ物ではないのだからね」
師匠は、満面の笑みでアイナにそう答えた。




