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きみは歯車  作者: 花締
9/13

殺された猫

「か、か、かったあああああ!!!」「あー疲れた。」「素直すぎません?」

神経衰弱は、いつになく気合の入った兎田くんの圧勝で終わった。紫苑は記憶力が悪い方ではないと自負しているのでカードの場所も割と分かっていた。けれど、どうしても勝ちたそうにしている兎田くんを見ると、意地悪なんてできなかった。わざと間違え続けていると、気付けば負けていた。

「お願い、何聞けばいいの?」「名前呼んでください。」

息をつく間もなく返す所を見るに、どうやらこのお願いはゲームが始まる前から決めていたみたいだ。

「それくらいいつでも呼ぶのに。」「いっ、いいんです!たまに呼ばれるくらいじゃないと心臓が死んじゃいますから。」「それはよく分かんない。」

分かってくださいよぉ、と泣きつく兎田くんをじっと見つめる。

「れおん。」「…っ、うわ。」

やべぇこれ、と兎田くんが再び机に突っ伏した。紫苑はそれを愛おし気に眺める。

もう1度呼んでもっと照れている所を見たいが、恥ずかしくて言えないのでれおん、と口の中で転がしてみる。

れおん。れおん。…れおん?

ずきり、と頭が痛んだ。途端にまたあの感覚。思い出すな、と身体が拒む。けれど止まれなかった。

れおん?兎田れおん。誰かと似ている。誰だ。もやが晴れない。知りたい。

身体が必死に、嫌だ知りたくない、と叫ぶ。

けれど、もう遅かった。

ぱちん。

何かがはじける音と、電流のようなものが同時に頭の中を駆け巡った。


兎田れおん。あぁ、誰かと似ていると思えば。

ふっと笑ってしまった。




奥浦和音。





胸の中で呟けば、ずきりと胸が痛くなる。思い出さなければよかった、なんて後悔してももう遅い。好奇心は猫をも殺す、なんていうことわざが頭に浮かんでは消えた。

いきなり真顔になった紫苑を、兎田くんが覗き込んでくる。

「犬飼さん…?」「…っ、あ、うん。大丈夫。」

今まで愛おしかったはずの兎田くんの顔が直視できない。どう接すればいいか分からない。

「…紫苑。」「なに。」「愛してる。」「っ!!」

思わず紫苑は目を見開いた。何か違う。和音との想い出がフラッシュバックする。

違う。和音はもっと低い声で囁くのだ。低いくせに綺麗な声で、少し照れたように左を向きながら言うのだ。違う。これじゃない。紫苑が求めているのは、目の前のこの状況じゃない。

そう思いながら紫苑は泣きそうになった。

今更どうしたらいいか分からない。紫苑は兎田くんが好きだ。いや、好きだった。これは事実だ。恋人になっておいて、結局他の男が好きだなんて許されるのだろうか。

そんなの考えるまでもない。無理だ。許されない。何より紫苑自身が許せない。

自分だってそんな事されたら許せない。

けれどこの状況の打開策が見当たらない。和音を思い出した瞬間自分が駄目になった気がした。和音は自分の歯車なのだと思い知らされる。和音は歯車だ。あれがないと紫苑は、紫苑として成り立たない。動かないのだ。でも和音はここに今いなくて。

どうしたらいいか分からなくて下を俯けば、突然背中に温もりを感じた。

「っ!なに。」「抱きしめてます。」

いつの間に後ろにいたのか、兎田くんにぎゅうと後ろから強く抱きしめられる。意図が分からなくて紫苑が反応に困っていると兎田くんがぼそりと呟いた。

「俺には何もできる事ないですけど。犬飼さんは1人じゃないです。」「え?」

「犬飼さんの全てを、汚い所も、嫌な所も、泣いてるのも病んでるのも、俺は全部見たいんです。犬飼さんの周りに1人はそんな人がいるって、忘れないでください。」

つっかえながらも言葉を紡いでくれる兎田くん。その健気さに紫苑はいたたまれなくなる。こんなに好いてくれているのに、と考えると絶望でしかなかった。そんな紫苑に兎田くんがひっついていやいやと頭を擦り付けてくる。

「何も出来ないけど、俺はあなたから離れるつもりなんてないですから。」「…ありがとう。」

罪悪感が酷かった。



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