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きみは歯車  作者: 花締
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いつかの繰り返し

「おはようございます、犬飼さん。」「…はよ。」

朝から大学の兎田くんはいそいそと弁当を詰めている。リビングに来た紫苑はこちらを見ていない兎田くんに少しほっとした。

既に食卓には、健康的かつ美味しそうな朝食が並んでいる。ふわぁ、と欠伸をかみ殺して紫苑は冷蔵庫を開けた。

「あ、ふりかけとってくれます?」「うわっ!!???」

後ろからいきなり声を掛けられ、肩が跳ね上がる。恐る恐る後ろを向くと、驚いた顔の兎田くんと目が合った。

「驚かせちゃいました?ごめんなさい。」「…いや、大丈夫、ふりかけね。」

申し訳なさそうに謝ってくる兎田くんと目が合わせられなくて、紫苑は少し乱暴に冷蔵庫の扉を閉めた。



ふぅ、と紫苑はため息をつく。兎田くんはとっくに、行ってきます!と家を飛び出していった。紫苑のバイトは4時からなので今は暇だ。

けれど何かする気力は起きなくて、だらりとソファに寝転ぶ。

ふと、脳裏に和音の笑顔が浮かんだ。今1番思い出したくない顔で慌てて頭から消す。今度はふにゃりと笑う兎田くんが浮かんでくる。もうどう反応したらいいかもわからず、紫苑はまたため息をついた。

何故和音を忘れていたのだろう、とぼんやり思う。忘れてしまうほどの存在だったのだろうか。なら今更思い出して、好き、だなんて都合がよすぎる話だ。

じゃあどうしろと?

紫苑は明るい部屋で自問自答を続ける。解決しなければいけない、大きな問題にその身1つで挑む。

感情は止められるものじゃない。コントロールなんて出来やしない。

誰に対する反論なのかも分からず、紫苑は心の中で呟く。いつしかそれが口からも零れ落ちていた。

「…人は、感情をコントロールするんじゃなくて、どう隠すのか、どう取り繕うのかを頑張らなきゃいけないんだ。」

自分にも刺さるものがあって、紫苑は手をぎゅうと握りしめた。

「…でも、コントロールが出来なくても、統計は測れる。傾向は分かる。そうすればもっと隠し方が上手くなる、はず。」

自分はそれができないなぁ、と心の中で笑う。けれどそれも仕方がないと思う。

「…感情は止められないから思う事は仕方がない。…けど、その感情を表に出したとき、それ相応の代償を払わなきゃいけない。」

あぁ、そうか。

自分でも驚くほど言葉がすらすらと出てくる。その言葉に紫苑自身が納得していた。

「…なら、僕がする事、は…。」

明るい部屋に、紫苑の言葉がことり、と落ちた。



「…ただいま。」「おかえりなさい!」

バイトが終わって家に戻ると、既に兎田くんは帰ってきていた。犬のように迎えに出てくる兎田くんにわざと冷たく接する。

返事もせずに洗面所に行く紫苑に、しゅんと兎田くんがついてくる。

「大事な話があるから、リビング行ってて。」「っ、はい。」

初めて会った時のような態度を取れば、大人しく言う事を聞く。そんな兎田くんを見送ってから紫苑ははぁ、とため息をついた。


「…話ってなんですか?」

リビングへ行くと、椅子に座った兎田くんが問うてくる。紫苑はそれには答えず、黙って兎田くんの前に座った。

「別れよう。」「…え?」

心臓はどくんどくんと跳ねているのに変に心の中は落ち着いている。紫苑は兎田くんと出会った当初と同じような目で、顔面蒼白になった兎田くんを見つめた。

「だから、僕たち別れようか。」「…嫌いになりました?」

可哀想なほどに眉尻を下げ、今にも泣きそうな顔をする兎田くん。紫苑は静かに首を横に振った。

「嫌いになったんじゃない。」「…『和音』さん、思い出したんですか?」「忘れてるって知ってたの。」

兎田くんの口から飛び出した思いがけない言葉に、思わず咎めるような声が出る。

兎田くんは目をそらしながら呟いた。

「知ってますよ。だって突然、態度変わったんですもん。最初の犬飼さん、罪悪感抱えながら俺と付き合ったじゃないですか。」「っ!!」

目をこちらに戻し、ふわりと寂しげに兎田くんは笑った。

「俺、分かってましたよ。それくらい。」「じゃあなんで。」「…それでも、あなたと付き合えるのが嬉しかったから、知らない振りをしたんです。」

紫苑は涙が零れそうになった。これ程愛されているとは知らなかった。今すぐにでも、さっきの言葉を撤回したくなる。

けれど。それはお互いの為にならない事は分かっている。紫苑は唇を噛みしめた。

「僕は、やらなきゃいけない事が出来た。けどそれは、兎田くんと付き合っている限り達成しない。もし、付き合いながらそれをすれば、兎田くんにも迷惑がかかる。それに僕自身がそんな酷い事したくない。だから…。」「別れたいんですか?」「…うん。」

ごめん、自分勝手で、と下を俯く。重い沈黙が流れた。

ずるいとは思う。けれど。どうしても紫苑は兎田くんと別れなければいけなかった。

「…分かりました。」「っ!!」「別れます。でも、1つだけ聞いてもいいですか?」「…なに。」

「俺の事、嫌いですか?」

途端にぶわりと記憶が蘇った。昔、紫苑もこの言葉を、和音に問いかけた事があった。

和音も同じ気持ちでこの言葉を言ったのだろうか。紫苑は鼻がつんと痛くなるのをこらえた。

「ううん。嫌いになったんじゃない。兎田くんを僕から解放するだけ。兎田くんの為だよ。」

懐かしいと思った。和音にこれを言われた時、僕の為になんてなってない、と思った記憶がある。

兎田くんはどう思っているのだろうか。ちらりと兎田くんの方を見ると、ばちりと目が合った。

紫苑ははっとする。兎田くんの目が、綺麗で優しい甘くて淡い桃色が、愛おしそうに紫苑を見ていたからだ。

「嫌いじゃないならいいです。あなたと俺が運命なら、またいつか会えますから。」「っ、そっか。」

最後に抱きしめてもいいですか、と兎田くんが呟く。静かに頷けば、優しく抱きしめられた。

「…幸せになってね。」「…。」

いつかの和音のように呟いてみれば、ぎゅうと抱きしめる力が強くなった。

苦しいよ、と言うのはまだ待っておこう、と紫苑は目を閉じた。











「…それじゃあ。」「じゃあまた。」

ばたり、と兎田家の扉が閉まる。元々兎田くんの部屋に紫苑が転がり込んだので、関係が終われば出ていくのが自然だ。既に次の部屋は借りてある。

荷物を持ち、紫苑は最後に、と後ろを振り返った。見慣れたドア。きっと今、扉を叩けば開けてくれるだろう。けれどそれでは後で後悔することになる。

後ろ髪を引かれながらも紫苑は駅へと歩き出した。歩きながら先ほど交わした最後の会話を思い出しながらぼんやり思った。

お互い、さようならと言わなかったな、と。

それがお互いの気持ちの表れだ、と頭の中で誰かが叫ぶが無視をした。

この感情は表に出してはいけないものなのだから。

「…感情を表に出した時、それ相応の代償を支払わなければいけない。」

紫苑はぼそりと呟く。途端、心地よい春風が吹いた。

この風に乗って、紫苑の想いが届けばいいのに、と僅かな期待を込めて願う。

けれどそれは紫苑が願ってはいけないことだ、と頭から振り払った。

いつの間にか止まっていた足を動かし、紫苑は歩いて行った。



もうすぐ夏が来る。



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