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きみは歯車  作者: 花締
11/13

はれの日

ぶるり、と紫苑は身震いをした。緊張ではなく武者震いだと自分に言い聞かせて、目の前にそびえ立つビルを睨みつけた。

ゆっくりロビーへと入る。前は、自信もなくてただ自分のわがままで来ただけだった。何の覚悟もなかった。

けれど今は違う。紫苑は受付を通り過ぎ、エレベーター内へと足を踏み入れた。

ガラス張りのエレベーターの奥へ押される。空が段々近くなっていくあの感覚を、紫苑はまた味わった。また前回の苦い記憶を思い出し、首を横に振る。

今回は目的が違うのだから。紫苑は自分自身にそう言い聞かせた。

チン、と軽やかな音がしてエレベーターが止まる。紫苑の目的階だ。すみません、と満員のエレベーターから逃げるように降りた。2回目の訪問となる開発企画部の印象は、前とは随分変わっていた。前は少し冷たい空気、まるでクールビューティのような感じだったけれど、今は違う。

今は、特に冷たいとも温かいとも思わない。普通のオフィスだった。あの時何を怖がっていたのかも分からないくらいだ。

紫苑は、決戦前の最後の深呼吸をした。

「…和音。」「あぁ、紫苑。もう来てたの。ちょっと待ってね、この件だけ終わらせたい。そこのブース入ってて。」「うん。」

2~3か月ぶりに会った和音は変わらない。少し太ったくらいだろうか。通された個室ブースで紫苑は考える。

けれど元々華奢だったから、あの程度太ったくらいではまだまだ標準体重に至っていないんじゃないだろうか。

今から言う事を思い出さないよう、現実逃避をする紫苑。口から漏れるため息は無視をした。

「はい、お待たせ。」「うん。」

ちょっと暑いねここ、とクーラーをつける和音。紫苑は着ていた服の袖を握りしめた。

「で、何で来たの?」「きりをつけにきた。」「きり?」「うん。」

パソコンから目を離さない元恋人を紫苑は黙って見つめた。

「別れた時、さ。和音、ついていけなくなったって、言ったよね。」「あー…うん。」

忘れたとは言わせない。紫苑はあの夜の事を今でも鮮明に覚えていた。

あの時、和音は確かに、ついていけないと言った。

その理由。紫苑はその理由が知りたかった。

「…あー。」「っ!」

和音はようやくこちらへ顔を上げた。その顔は今までに見たことのない冷たいものだった。

「…まぁいっか。今更だし。」「わ、和音?」「紫苑さぁ、俺に依存してたでしょ。」「っ!!」

見た事ない。見た事がない。和音のこの顔は今までに見た事がない。

何これ。

紫苑は目の前の状況を受け入れられなかった。

「それが、無理だっただけ。」「…。」「まぁ今日以降二度と会う事もないだろうし。皆が思ってることを、俺が代表していってあげるよ。」「…っあ。」

聞きたくない。耳が受け入れるのを嫌がった。けれど和音は残酷にも言葉を紡ぐ。

「紫苑みたいな重いタイプ、本当に気を付けた方がいいよ。相手を疲れさせるだけなんだもん。」

新しく恋人作ったみたいだけど、と鼻で笑う和音。

「ねぇ、その人も疲れた顔してない?それ、全部さ。」

すぅっと息を吸い、一拍置く和音。

「紫苑自身のせいなん」「もう分かった。」

もう充分だった。ここに来た目的は果たせなかったが、果たす必要がないと分かった。

この人は紫苑の事なんてとっくに好きじゃないのだ。寧ろ負の感情を抱いている。

そんな人に、好きだとは言えないし、言いたくもなかった。

嫌悪感を隠さない和音と接している内に、紫苑の熱も嘘のように引いていた。

わざわざ自分を嫌っている人の事を好きで居続けるほど、紫苑も馬鹿じゃない。

あれだけ好きだったはずの和音の偶像が音を立てて崩れていく。

「急に押しかけてごめん。もう帰るね。」「都合が悪い事から逃げるのも変わってないね。そーゆー所だよ、紫苑。」

荷物を持ち、ブースから出ようとすれば和音の声が追いかけてくる。

ドアノブに手をかけ紫苑は和音と目を合わせた。

「悪いことから逃げるのは、いけない事じゃないでしょ。だって。」

紫苑は言葉を切るとにこりと笑って見せる。

「和音だって僕から逃げたでしょ?」「いや俺は、そうじゃないと壊れると思って、」「うん。だから同じだね。僕もここに居ると自分のメンタルに良くないから逃げるだけ。」

和音は苦虫を嚙み潰したような顔をした。そんな顔を見るのは初めてで、紫苑は笑う。

「じゃあ、さようなら。猫かぶりの和音。」「は?」

和音から漏れた言葉は拾わずそのままブースを出る。少し冷たい空気が心地いい。

紫苑はすっきりした面持ちでエレベーターへと歩いていく。

頭の中は爽快感で一杯だった。

だって、紫苑はもう自由だ。和音という偶像の支配から解き放たれたのだ。

もう紫苑を縛るものは何もない。

紫苑は軽い足取りで駅へ戻る。紫苑には行かなければいけない所があった。

一種の高揚感すら覚えながら、紫苑は目的地へと向かった。

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