11.たからもの
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その夜、星詠みを終えたクロード様は、ペンを走らせて星詠みの結果を書き終えると、肘掛椅子の背もたれに体を預けた。
「クロード様、体調がすぐれないようでしたら早くお休みになった方が良いですよ」
「いいや、まだ起きてるよ。アデルと一緒に星を見るために頑張って仕事を終わらせたんだからね?」
クロード様は体を起こすと、私の手をそっと掬い上げる。
上へと持ち上げられた手にはクロード様から貰った指輪を嵌めていて、黄色の魔法石が星のようにきらりと光った。
「ようやく、ハウエルズ卿からアデルを取り返せた」
「っそんな。取り返せただなんて……」
「大袈裟に言ってるんじゃないよ。ずっと、アデルをハウエルズ卿に奪われたと思って恨んでいたんだから」
クロード様の言葉に、心臓が早鐘を打ち始める。
それと同時に脳裏に過るのは、幼い頃にクロード様と交わしたとある約束。
私たちはアシュバートン家の庭園の片隅で、「大人になったら結婚しよう」と約束した。
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あの時に見た春の優しい色の夕空や、肌に感じた温かさや、花の甘い香りを、今でも鮮明に思い出すことができる。
私の大切な思い出だから、忘れることなんてできなかった。
――『アデル、僕と結婚してください』
クロード様のひどく真面目な面持ちもまた、よく覚えている。
幼い頃のクロード様は人形のように可愛らしい顔だった。頬は白くてすべすべでほんのりと薔薇色で、それなのに、浮かべる表情にはあどけなさが全くなくて。
大人のような表情だと思って、泣くのを止めて見惚れていた。
――『もう誰もアデルを傷つけられないようにするから。アデルの不安も悲しい気持ちも全て僕が取り除くから、大丈夫だよ』
その日私は、アシュバートン邸でのお泊りを終えてウィンストン邸に帰らなければならなかったのだ。
お義父様の提案で、私とクロード様に天体について教えてくれるということで、私は二日間、アシュバートン家に滞在していた。
アシュバートン家の人はみんな優しくしてくれていて居心地が良かったから、ウィンストン邸に帰ってまたクレアが全ての世界に戻ることを考えると、悲しくてしかたがなかった。
だけど泣かないように笑顔で隠していると、クロード様は私の手を引いて庭園の片隅にある小さな空間に案内してくれて。
――『アデル、ここには僕だけしかいないから泣いていいよ』
そう言って、抱きしめてくれた。
正直に言って、最初はとても驚いた。
お父様もお母様も、クレアだって、私が泣きそうになっていたって気づかないのに、クロード様は笑顔で隠していても気づいてくれたから。
嬉しさのあまり涙でぐにゃりと視界が滲むと、クロード様は指の背で優しく拭ってくれた。
優しくて、気さくで、大好きなクロード様にそう言ってもらえるのが嬉しくて。
――『もちろんです。私、クロード様を毎日笑顔にしますね』
そう返事をして結婚の約束をした数日後、お父様からカイン様との婚約を言い渡された。
当時の私はクロード様との約束があるから婚約できないと、思い切ってお父様に打ち明けたけど、お父様は信じてくれなくて。
それでも食い下がった私の頬を叩いた。
――『お前の身勝手でこの家を没落させるつもりか? ハウエルズ家との縁談がなくなれば支援が途絶えるんだぞ? 領民やここの使用人たちの未来がお前にかかっているんだ。貴族に生まれた義務を果たせ』
ヒリヒリと痛む頬を押さえていると、お父様は冷たい一言を放った。
――『アシュバートン家の令息だって然るべき相手と婚約するんだ。お前のような出来損ないを本気で妻にするつもりなんてないだろうよ』
それから私は口答えした罰として物置に閉じ込められて、以来、クロード様に会えなくなってしまったのだ。
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「幼い頃、結婚しようと約束してからアデルとは会えなくなったよね。しかもその後、ハウエルズ卿との婚約が発表された」
「……ごめん、なさい」
「いや、アデルは悪くないよ。ウィンストン家とハウエルズ家が二人の婚約で繋がっていると聞いたから事情は分かってた。だからアデルはハウエルズ卿との関係を築いていこうとしていたのに、俺がアデルを諦めきれずにいてハウエルズ卿を恨んでいたんだ」
星のような色の瞳が、悲しそうに伏せられる。
「ヒートリー宝飾品店の部屋からハウエルズ卿たちの姿が見えた時は正直焦ってしまったよ。アデルをまた盗られるんじゃないかと思ってしまったからね。だからみっともないほど慌ててアデルに指輪を渡したんだ」
私の名前を呼んでくれたクロード様の姿を思い出す。
あっという間に階段を降りて駆けつけてくれたクロード様は、確かに焦っていたのかもしれない。
とくん、と心臓が大きく脈を打った。
「あ、あの時は、来てくださってありがとうございました。クロード様の姿を見て、ホッとしたんです」
「本当に? ハウエルズ卿との再会を邪魔したのに?」
「ええ、本当です。クロード様が助けに来てくれたと、思っていましたから」
私を見つめるカイン様の眼差しにも、クレアの問いかけにも、耐えられなかった。
二人を見ていると改めて、自分が出来損ないなんだと思い知らされて、暗い湖の底に沈んでいくような悲しさに囚われていたから。
そこから助け出してくれたのは、クロード様だ。
「それに、クロード様がかけてくれた言葉が嬉しくて……宝物になりました。一生、大切にしますね」
すると急にクロード様との距離がなくなり、気づけばクロード様の胸に頬をくっつけている。
背中と頭の後ろにはクロード様の手がまわされていて、優しい力で私を抱きしめてくれていて。
「俺はアデルが一番の宝物だよ。一生大切にする」
優しい声で何度もそう言ってくれるものだから、私の心臓は早鐘を打ち続けるのだった。




