10.あなたが寄り添ってくれるから
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クロード様と一緒に入った敷物屋には店内いっぱいに商品が並んでおり、魔法で天井からぶら下がっているものや、戸棚に収められているものなど、様々な方法で陳列されている。
興味深そうに店内を見回していたクロード様が、近くにある敷物にそっと触れた。
「この敷物、触り心地が柔らかくて気持ちがいいよ。アデルも触ってごらん」
そう言って私の手を取って敷物の上に乗せてくれる。すると、毛足が長い敷物の柔らかな触り心地と、クロード様の温かな掌の感覚を同時に感じ取ってしまう。
「あ、温かいですね」
白状すると、クロード様の掌が触れる感覚に気を取られてしまい、敷物の触り心地を堪能する余裕がなかった。
耳まで赤くなっているのが自分でもわかるほど顔が熱くなっていると、クロード様がクスリと笑う声が聞こえてくる。振り向けば甘い微笑みを湛えたクロード様の金色の瞳が私を見ていて、思わず目を逸らしてしまった。
「そうだね。温かくて優しくて、安心する。ずっと触れていたいよ」
クロード様の声にまで甘さを感じ取ってしまい、ますます頬が熱くなる。おまけに店内にいる他の客からの視線が私とクロード様のやり取りに注がれているものだからいたたまれない。
果たしてこのお店を出るまでに私の心臓がもつのかしら、なんて心配をしていたら、店主がやってきて話しかけてくれたおかげで無事に買い物を終えられた。
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敷物店を出るとクロード様は少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。星のように輝く金色の瞳がいっそうキラキラと輝いているようで、思わず見入ってしまった。
「それじゃあ、今から俺の我儘につきあってもらうからね?」
「も、もちろんです」
「ありがとう」
手を引かれて入ったのはヒートリー宝飾品店。ここのアクセサリーはデザインが人気で、依頼をするのでさえ半年は待たなければならないと聞く名店だ。
学生時代の友人とのお茶会の時に名前を聞いたことはあったけど、店内に入るのは初めてで緊張してしまう。
なんせお店の内装もお洒落で洗練された雰囲気だから、私なんかがここにいるのが場違いなんじゃないかと思ってしまうのだ。店内は白塗りの柱にミントグリーンの壁紙が良く映えていて、おまけに上品な紺色の絨毯は足が沈み込みそうなほど柔らかい。
すっかり内装に気を取られてしまっていると店員がやってきてクロード様に話しかける。二言三言だけ言葉を交わすと、クロード様は私を近くにある長椅子にエスコートして座るよう促した
「アデル、店の人と少し話してくるから待っていてくれるかな?」
「はい、わかりました」
クロード様の手がゆっくりと離れてゆく。その手が名残惜し気に離れているように見えてしまい、慌てて頭を横に振った。名残惜しく思っているのは私の方だ。優しく手を握ってくれるクロード様の温かい手に触れていると心が安らぐから。
そんなことを考えてまた一人で顔を赤くしてしまう。
「すぐに戻ってくるね」
クロード様はそう言うと、店員と一緒に階段を上がって二階に行ってしまった。
この二階はきっと上顧客専用の個室。そこで商品を見るのだろう。
今回ヒートリー宝飾品店に来たのは、新しいブローチを購入するためか、もしくは魔法石を買うためなのかもしれない。
「一体、どんなブローチを購入するのかしら?」
魔導士団の制服を着ていた時のクロード様は緑色の魔法石がついたブローチをつけていた。クロード様の瞳の色とは違う色の石だったけど、クロード様が身につけると何だって似合うような気がする。
「一緒に選んでみたかった……な……」
選んでいる時のクロード様はどんな表情をしているのか気になるけど、見られなくて残念だ。かといって私にセンスがあるわけではないから「一緒に選びたい」なんて提案できない。
はしゃいでいた心に少しだけ寂しい気持ちが混ざってしまい、小さく溜息をついた。
私はどうしてしまったんだろう?
クロード様が優しいから、どんどん我儘になってしまっている気がする。
膝の上で握りしめる手に視線を落としていると、不意に二つの影が頭の上から落ちて来た。そして目の前に見えるのは、薄紅色の可愛らしいヒールと、ピカピカと光る黒の革靴。
「あら、お久しぶりね、お姉さま」
鈴を転がすような声――クレアの声が聞こえ、思わず肩が跳ねる。ゆっくりと顔を上げると、銀色のファーコートに身を包んだクレアと、漆黒のフロックコートを羽織ったカイン様が目の前に立っている。
蜂蜜色の髪を美しく結い上げて、淡い空色の瞳を持つクレアと、オニキスのような艶やかな黒髪と深い青色の瞳を持つカイン様。小説の挿絵に描かれていそうな二人が並んでいる。
「クレアと……カイン様……。お久しぶりです」
まさか二人と鉢合わせするとは思ってもみなかった。カイン様は街に出かけるのはあまり好きじゃないと仰っていたから、早々会うことはないと思っていたのに。
戸惑っているとクレアは花が咲くように微笑む。
「お姉さまはお一人ですの? クロード様はついて来てくださらないんですのね?」
「クロード様は今、奥の部屋にいるわ。私はここで待っているの」
「ふーん? 一緒には買い物しないんですね? どうしてお姉様をこんなところに放っているのかしら?」
なぜかクレアの言葉一つ一つに落ち込んでしまい、だんだんと言葉が尻すぼみになってしまう。
「少し待っているだけよ。すぐに戻ってくると言っていたわ」
そう言って笑って見せた時、カイン様の瞳が、じいっとこちらを見ているのに気がついて背筋が凍る。カイン様の表情には何の感情もこもっておらず、だけどその眼差しからは敵意に似た何かを感じ取ったのだ。
「アデル――」
「アデル!」
カイン様の口から私の名前が出て来たその時、クロード様の声が重なり、私の名前を呼ぶ。
クレアとカインの背後にある階段からクロード様が下りて来て、私の手を取って椅子から立ち上がるのを手伝ってくれた。そのまま腰に手が回り、気づけばクロード様にピッタリと寄り添っている。じわじわと伝わってくる温かさに安心して、肩の力が抜けた。
「遅くなってごめんね。本当は一緒に来て欲しかったんだけど、アデルに贈るものだからついて来てもらうわけにもいかなかったんだ」
クロード様は眉尻を下げて申し訳なさそうに微笑むと、反対側の手で私の左手を掬って、指先にそっと口づけを落す。そのまま床に膝を突いて、薬指に指輪をつけてくれた。指輪はとても美しく、意匠が凝らされた金色の環につけられた台座の上に、黄色の魔法石がついている。
「俺の我儘なんだけど、この指輪をずっとつけていて欲しいんだ」
手を動かすと、指輪についている黄色の魔法石がきらりと光る。
「遅くなってすまない。婚約指輪だよ。だから、改めて聞いて欲しいんだ――アデル、俺と結婚してください。これからも俺の道標であって欲しい」
そう言って、今度は手の甲に口づけを落してくれた。
「もちろんです。これからもクロード様に寄り添っていきますね」
道標であって欲しい。その言葉を聞いて泣きそうになる。クロード様が私を頼ってくれることが嬉しくて、精一杯の気持ちを込めて答えた。
「ありがとう、アデル」
顔を上げたクロード様が微笑みを向けてくれると、先ほどまでの胸の痛みは綺麗になくなり、代わりに温かく心地よい感覚で胸がいっぱいになる。
微笑み返すと、クロード様はそっと抱きしめてくれた。クロード様の頬が頭に触れてドキドキとしていると、クロード様は「おや」と小さく声を上げる。
「ハウエルズ卿とクレア嬢ではありませんか。お久しぶりです。今日は自慢の妻に贈り物をしたくてここに来たんですよ。お二人の買い物の邪魔をしてはいけませんので、ここで失礼しますね」
そう言って礼をすると、クロード様は私の手を引いて店の外に出た。
アデルとのデートをカインに見せつけるクロードです。
きっと心の中でドヤ顔しています。




