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数々の感想ありがとうございました。
色々改善点のある当作品ですが、取りあえず投下続けている間に少しずつスキルアップ目指します。
第一章最終話となる話の見直しが終わっていないので先にこの話を投稿します。前話で言及のあったデイリー以外のクエストについての話です。
「――――ということになる。本件における以上の事情を総合すれば、神聖歴1179年7月以降、アノーグ伯爵領及びザンビエル侯爵領間の未確定境界線につき、アノーグ伯側の不当な越境があったとは判断し得ず、また、そこに相手方を害する意図や過失があったものとも推定されない。」
荘厳な部屋があった。
全ての壁は白色で埋められ、床は黒の大理石が敷き詰められている。部屋の彼処におかれる木材具はその全てが光沢を放つ程の最高級オーク材で、見るものが見ればこれらすべてが宝の山である。
しかし、この部屋の真に価値がある存在はそこに置かれてある物ではなく、その部屋に集う者達にあった。
部屋の中央には一つの証言台が置かれ、そのさらに入口寄りには左右二つの座席が敷かれている。そこに座るのは左右二人の男。非常に高価であろう衣服を纏い、身だしなみを整えられた彼らには十分な威厳と品格が備わっている。恐らくは名士、それも大貴族を名乗る程の特権階級の人間であろう。豪商達とは違った統治者としての気概を身に纏った緊張感を、それぞれ己が横にいる相手方に解き放ち続けていた。
彼らがこの場で最も価値あるモノだろうか?いいや、違う。
彼らの側面、部屋中央の左右には数名の男たちが厳粛な態度で着座している。やるべきことはやりつくした。全力を尽くしての結論となれば、最早悔いはない。彼らの厳粛な顔付きはそのように語っている。
己が力を尽くしたと背筋を伸ばす彼らこそが最も価値あるモノだろうか?
価値はあるだろう。だが違う。彼らは所詮弁士―――補助者に過ぎない。本来の主役は中央に座す二人の男達であるからだ。
その部屋で過去、彼らが努めたのは一種の戦争だ。武器を伴わない真実と己が主張をぶつけ合う弁論戦争。四度にわたる討議は既に終わり、今日はその結論を言い渡される審判の日であった。
故に今日という日において。この場所において。
その主役たるはその部屋、ティトゥリアにおいて最も神聖と謳われるこの場所の最奥上座に座す黄金の女帝。黒の法衣を纏い、煌びやかな金糸を伴う絶世の美女が裁定者として君臨していた。
彼女こそがこの部屋における最も価値あるモノにして、最も価値ある制度にとって最も欠かしがたい歯車。
「これらの事実の認定から、境界維持協定第177条及び2078条の趣旨、目的に照らし、ザンビエル侯爵側はアノーグ伯爵側に対し賠償請求を求めることはできず、公式の謝罪のみを求めることが許され、またそれによって満足しなければならないものとする。」
彼女こそがティトゥリア司法院大法廷における唯一の判事である。
「以上を以って司法院審判の判決とする。両名、不服の意はあるか。」
判決は下され、二人の男にその決に従うか否か、黄金の女が問う。
その定型化された問いに二人の貴族は応えた。
「わたくし、アノーグ伯爵オードブラ=ベグノーンは司法院の判決に従います。」
「同じく、私、ザンビエル侯爵ロッドリス=ケネーブも司法院の判決に従います。」
「宜しい。では、これを以って司法院大法廷における神聖歴1180年度第57法廷を、閉廷します。」
(こんにちは、皆さん。アレクサンドリナ=ヴィクターです。今、私はある法廷の室内にいます。被告でも原告でもありません。判事側です。本当にどうしてこうなった。)
法廷が閉廷すると判事である彼女は、判決を受けた両貴族と会話を交わすことなく部屋を退席し、さっさと法衣から着替えて己の館に戻った。両名ともに会わないのはどちらかに便宜を図ったと誤解される可能性を少しでも減少させるための配慮である。
という言い訳を用意しつつ、今彼女が引きこもっているのは己が書斎である。
既に彼女がこの世界に転移してから、この世界において3月と半分、元の世界における半年ほどが経過している。その間、業務をさっさと終わらせつつ夜中まで魔術を中心に書籍を読み漁り、また次の日に業務を片づけ書籍を読み漁りという生活をループし続けていた。
彼女が最初に読みつぶした書籍はケテルマテル式魔術書籍、つまり結界・索敵系魔術の完全把握だった。
二日目に業務資料を読み押さった際、極秘資料の一つに、転移前の彼女自身の記述に、アレクサンドリナ=ヴィクターが館はおろか領内の広範囲において結界を維持し常に敵勢力からのスパイ防止と山賊などの不法者対処の為に索敵をしていることが判明したからである。
普段ならば張られ続けている結界とそれに守られる領民。その関係がある日突然崩れたならば、人々はどのように反応するだろうか。少しでもボロを出すまいとする彼女にとって、ケテルマテル式魔術の読破は急迫かつ絶対必須の最優先事項となった。幸いにも結界そのものは複数日維持されるらしく、何としてでも結界消滅前に間に合わせようと、焦り狂って六日かけて全てをマスターした。それができてしまうあたり、実にこの身体というかINTの恩恵は凄まじい。
勿論その間、焦る様子などおくびにも見せない。見せなかっただろう。いや、多分みせていないはず。
……エレガントは何物にも優先される。次回以降は、確実に気を付けよう。
その後もより隠ぺい性の高い結界を維持する為に他魔術式も早急に習得する必要があったが当面は何とか誤魔化しが効くラインである。
既に7日もの間、業務時間以外は時折ウォルターから提案されるティータイムを除き、書斎にこもり続けてきた。通常業務以外の、遅らせ続けてきた特殊業務に手を付けねばならないこともあって、そろそろ限界であった。
しかし、今思えば相当鬼気迫っていたのだろう。さりげなく茶を奨めてくれたのは万能執事である彼らしい心配りか。確かにお茶を飲んでいる間は心を休めることができた辺り、彼にはとても助けられている。無論普段の業務においても、であるが。
『本当にどうしてこうなった』
そうして通常の行政業務にも慣れ、結界・探索魔術の習得も必要最低限のラインまでは習得完了した頃、新年も明けた1月8日、遂にその業務が彼女の前に現れた。
以下回想である。
『本日の特殊業務ですが、今年は既に38件仲裁の申し入れが入っております。』
『そう、そんなに。…着手が遅れてしまって申し訳ないわ。』
(業務資料の中にあったあれか、本当にうちで受け持つのか?)
『いえ、本件は彼らの閣下に対する協力要請でしかありません。閣下が謝罪をする必要など何一つございません。』
『それもそうだけど、私の業務の遅れによって貴方達事務方にもしわ寄せがいくでしょう?…早めに終わらせませんとね。』
『…お心遣いに感謝いたします、閣下。』
『それでは報告を続けます。…内、緊急の案件が4件あります。こちらで判断し、案件を絞りました。どれも同じ程度の緊急性と重要性ですが、如何なさいますか?』
『そうですね……ウォルター、まずは全ての案件を確認します。全資料の用意を。』
『はっ』
執務机に載せられる資料の山―――は、最早大した重圧には感じられない。
一束一束資料を確認し、本当に自分がこのような業務を担うことに内心驚いてばかりだったりする。彼女は求められているのだ、『公平なる裁定者』としての判事の役割を。
ここでティトゥリア同盟の現状について、説明しよう。
ここティトゥリアは軍事同盟こそ全土で結ばれているものの、盟主カロ=ヤゲブ王国は形ばかりの盟主でしかなく、それですら元盟主国カロレデベル王国を吸収合併したから盟主になったに過ぎないカロ=ヤゲブ王国のことを他の国々が好むことは非常に少ない。この国が形なりとも盟主として存在しているのは偏にハノーヴ辺境伯がその継承を黙認したからに過ぎない。多くの国々にとって王国は第二次ファブリナ決戦で敵前逃亡した『逃亡王』の末裔であって、尊敬に値する血統とは考えられていないからだ。
一方でハノーヴ辺境伯は、現当主以前も含めて1000年近くに渡り続く比類なき名家であり、その存続期間はワンダランディアでも有数の長寿貴族である。さらには元五大国の一角にして一時はティトゥリア全域の四分の一をその勢力におさめた最もティトゥリア統一に近かった『王家』であり、その後のアグノール帝国との戦いにも四度に渡り同盟を勝利に導いている。同盟締結時にもし王権回復を主張していれば当然通っただろうし、そうなればその後の同盟盟主は間違いなくハノーヴであったというのが政治に携わるものはおろか、ある程度教養のある者たちにとっては常識的、共通的見解である。今ですら、それは実現可能である、とは流石に誰も口にできないが。
以上の理由から、ハノーヴ辺境伯は所属する王家すら超えるほどの信望を同盟各国から一手に集めているという事情がある。
では同盟自体はどのように運用されているのか。
軍事的には盟主であるカロ=ヤゲブ王国―――が号令をかけ、その先駆けをハノーヴ辺境伯が担う、といいつつ軍事主導権はハノーヴに委任されている。現代的な集権国家体制とは程遠い状態の為、寄せ集め集団でしかないものの攻撃力・防御力・機動性の全てが高水準である黒甲師団とハノーヴ辺境伯自身という最大戦力の遊撃的活躍によって士気そのものが低くなることが少なく、これまでは問題なくアグノール帝国に対抗できている。
一方で経済的には各国が独自の経済貨幣制度を持っており、もはやその統一などは考えられていない。EU統合前のヨーロッパみたいなものである。
では政治的にはといえば、これは年一度の同盟諸国会議がカロ=ヤゲブ王国王都ヤゲブディロにて行われている。この際、ハノーヴ辺境伯は名目的には一諸侯に過ぎず参加できていないが、寧ろ実質的な有力者であるハノーヴの出席しない国際会議に重きを置いていない国も多く、この会議に大した決定力はない。
以上から分かるように同盟と名乗りつつも、一致性を持った集合的な活動はまるで出来ていないのが現状である。これ自体は地球の歴史上でもしばしば似た部類が見受けられる内容なので珍しいことでもない。
しかし、ここで問題となるのが、同盟内の国同士のいざこざをどう処理するかである。
水利権や領土問題、貴族同士の利権闘争或は女の取り合い等々。
一国家内での貴族同士の争いならば国王が司法権を行使し両者を裁定するのが、古来よりの王権の在り方である。そこに疑問を挟む貴族は基本的にいない。だが、それが違う国の貴族同士であったならば?或は大国の貴族と小国の王とが争うこともありうる。
国際ルールもない場合ならばそれはそのまま国家間戦争に発展するだろう。しかし、同盟にとって帝国という虎視眈々と南方拡大を狙う仇敵がいる以上、同盟内での内紛は避けるべき愚行であり、なるべく戦争によらない解決方法が必要であることは皆理解していた。
そこで問題となるのが、誰が裁くかである。
裁くという上下関係の生じる司法において、誰もがその人物ならばと納得でき、またその裁定について信用がおけ、なおかつ出来れば長期に安定的にその役目を担ってくれる存在。
それこそ難しい。
誰もが納得できるとなればその家格は非常に高いものにならざるを得ない。
その裁定に信頼がおける?そんな実績を積んだ人間がどれほどいるか。
第一そのような実績を積んだ人間はよぼよぼの爺ばかりですぐにぽっくり死んでしまう。
常識的に考えて、そんな人物いるわけ――――――
『いたよ、そんな方。めっちゃおるやん』
彼女、アレクサンドリナ=ヴィクターに白羽の矢が立つのは当然の理といえた。
(ゲームの頃はそういった背後関係なんてなくて、他の貴族を仲裁するクエストで、ただ単に事実関係を推理して判決内容が正解ならば仲裁成功、判決内容が合っていても間違った推理ならば失敗してそのまま領土戦突入ってだけのサブクエストだったはず。その名も『公平なる裁定者』。名称だけ、そのまんまだし…。一体どうしてこうなった?)
ゲーム時代とこの世界での格差に愕然としながらも粛々と業務を進める。この仲裁裁判所は結束力の弱いティトゥリアにおいて最も重要な機関の一つである。この機関が正常に働かないだけで諸国の同盟に対する信頼が大幅に失われるとあっては、この業務へ手を抜くことは許され難い。
全ての資料を読み終える。取りあえず最速に終わらすべき案件をさらに2つに絞る。
『それではバノー湖水利権の案件とメケケ地域の土壌汚染問題の案件について、早急に仲裁の準備をお願いします。』
『はっ、かしこまりました。』
『…閣下。それと閣下に面会したいというものが来ております。』
『どちら様?』
突然の訪問者の存在に彼女の整った美眉が歪む。
『ペテレーネ公爵とアデリア公爵の両名です。』
『二人とも仲裁依頼の当事者だったわね。確か後回しにした案件の…女の取り合いね。同じ案件の当事者だから融通を利かせてほしいという話ではないでしょうけれど。』
『閣下、その案件は【両家の政治的牽制激化に伴う人間関係複雑化回避の為の仲裁】です。』
『…えぇ、そうだったわね。その、【両家の政治的牽制激化に伴う人間関係複雑化回避の為の仲裁】の依頼者お二方が一体の何の要件かしら?判事は仲裁当事者には公平を期す観点から面会はしないと、仲裁法条文に書かれているはずなのだけれど』
そう彼女が口にすると、万能執事が言いにくそうにしながらも口を開く。
『お二方とも冷静さを取り戻された結果、本案件を閣下に提出したことを非常に恥じられたとのことで、仲裁申込の取り下げとその謝罪をしにいらしております。』
あぁ、本当に恥だよ。反省しろ、バカ共。
…とは言えない。本人たちも恥じ入っているようだし、ここでプライドを踏みにじるとかなり重い恨みに変わることは元男として理解できてしまうので、仕方なく両名を待たせる客間まで向かった。
その後の謝罪から始まるおべっかの数々にさらに彼女が辟易とするという落ちまでつく。
(何だか思い出しただけでどっと疲れた。)
1月の内に全ての案件を片づけたものの、その後も彼女の下に仲裁依頼は次々と届いた。届く案件の中には痴話げんかを始めとする低俗な争いも多く、それも彼女を無暗に疲れさせた原因である。
しかもこの仲裁裁判に、貴族側は従う義務を持たない。あくまで仲裁であり、その結論が気に入らない場合判決を蹴って実力行使に出てしまうこともできなくはないのだ。そうなれば仲裁をするハノーヴの権威の失墜、さらには同盟における信用もガタ落ちとなる。
ハノーヴ自体の権威は勿論のこと、判決の内容についても納得させられるものにしなければならず、その苦心というものも精神的疲労に繋がる。
失敗したときのデメリットばかり大きなこの業務を担い続けなればならないのは大きな苦痛でもあるのだ。
知識収集も同時並行で続けているが、書斎で圧倒的物量の書籍を読み漁っている時間すら憩いの時間であるように錯覚する。その疲れを周囲に見せないという努力によってより一層疲れがたまるという悪循環は、しかしウォルターが入れるハーブティーによって本当に癒され解消される。
疲れているという態度はおくびにも出していないはずなのだが、これは彼自身の経験則によるものなのだろうか。
……マジ、この紳士有能。一家に一人。そんな標榜が彼女の頭に浮かんだ。
(素敵、抱いて!)
彼に対する感謝は絶えない。
そして今は4月に入り、その中頃である。4月中旬というと日本人からすれば春先だが、この世界は1月が52日。つまり4月中旬は年が始まって182日、5月終わりから6月初頭に掛けた時期に当たる。最近になってようやく仲裁の頻度も下がってきたので肩の荷が下りた感覚である。
そんな折であった。
彼女の下に、他の転移者の存在が報告された。
またまた説明の多い、世界観ばかり広がる話になってしまいましたが、次話投稿で第一章本編は終了。
第二章では説明文は大分少なくなる予定です。…めいびー
加えて第二章との間に幕間を投下しますが、そこで他プレイヤー達が間違った解釈などによって苦しむ様を描く予定です。これまでの話との状況の対比をそこで楽しんでもらえればと思います。