ネズミの町にご招待
「ミ、ミッキ?」
思わず聞き返すと、
「うん?」
ネズミが振り返って怪訝な顔をした。
「私の名前が、どうかしたかね?」
「い、いえ。ちょっと、知っていたネズミの名前に似ていたので、つい」
そう、彼の名前はミッキだ。ネズミのミッキ。何もおかしいところはない。
「そうかい」
ミッキは、それだけ言ってまた歩き出した。俺たちもついていく。すると、
「もしかして、アベさんの世界にも、ミッキさんみたいなネズミっていたの?」
グラーが歩きながら、興味しんしんという顔でそんなことを聞いてくる。俺は、少し考えてから、
「まあ、そういうのもいたな。大金持ちで、自分の国まで持っていた」
この世界の子供にどう説明していいのかよくわからないが、嘘は言っていないはずだ。
「国!?すごいねえ」
「ああ、とても楽しいところで、たくさんの人が遊びに行くんだよ。もし、俺の世界に来てくれたら、連れて行ってやりたいな」
俺が実際に行ったことがあるのかどうか、それはわからない。けれど、子供たちをそこに連れて行ってやることができたら、きっと喜ぶだろう。それとも、魔法を使える子供には、遊園地なんて退屈に思えてしまうだろうか。
「へえ、行ってみたいな」
グラーが目を輝かせていう。
「ああ、いつかみんなで行けたらいいな」
果たして、そんな日が来ることがあるのかどうか。そんなことをグラーと話していると、
「ほら、もうすぐ出口だ」
先頭を歩いていたミッキが、こちらを振り返って言った。
確かに、狭い洞窟のおそらくは出口になっているところから、光が差し込んでいるのが見える。
そう、光が見える。俺は、その事実に頭をひねった。
「光?地下なのに、外から光?」
俺たちは、墓陵の地下を歩いていて、崩れた床から、さらにその下に落ちたのだ。ちなみに、ここまで歩いてきた洞窟はほとんど平らな道で、地上に出られるほどの傾斜があるわけでもない。つまり、俺たちがいるのは、太陽の光が届かない地下のはずだ。
「光が見えるのが、不思議かね?」
ミッキが愉快そうに言った。
「そりゃまあ。地下に太陽はないでしょうから」
「ふふ。まあ、見ればわかるよ」
それ以上、何も言わず、ミッキはまた先頭に立って俺たちを先導し始める。
俺たちは、お互い少しの間、顔を見合わせてから、やっぱり今まで通りについて歩いた。他にも聞きたいことはいろいろとあるのだが、ともかく、百聞は一見に如かずという言葉もある。
やがて、洞窟の出口にたどり着いた。ずっとくらい中を歩いていた俺たちには、少し明るすぎるくらいの光が、外から差し込んでいる。
「さあ、私たちの街にようこそ」
ミッキがこちらを振り返り、光を背中にしながらそう言った。一体、何があるのか、好奇心と、警戒心を半分ずつくらい抱きながら、俺は外に踏み出した。
暗い中をずっと歩いてきたためか、明るいところに出て、その眩しさに少し目がくらんでしまうが、やがて目が慣れると、
「へええええ」
驚きと感嘆の声が漏れた。
「え、え、え?」
「なんだ、これ!すげええええええええ!」
グラーも、ラップも、目の前の光景に声をあげて驚きを露わにする。
「ふふ、どうだい、私たちの町は?」
ミッキが微笑みながら、得意そうに言った。確かに、これは得意になっても仕方がない。地下に、こんなものがあるなんて、夢にも思わなかった。
まず、目の前に広がっているのは、巨大なドーム状の空間だ。皇帝陵は、円錐状のかなり巨大な空間を作り出していたが、それよりもずっと広く、そして高い。
間近には、石でできているらしい大小さまざまな建物が並んでいて、その向こうには、何本もの尖塔を備えた立派な白い石造りの城が建っているのが見えた。おそらく、ドームの中央あたりに城が建っていて、それを中心に街が広がっているのだろうと推測できた。 そして、建物の間には道が走っていて、そこを何匹、いや何人もの、ミッキと同じような大きさで服を着た二足歩行のネズミたちが、ちょこまかと動き回っている。
その中で俺たちの姿に気付いたものは、立ち止まってこちらを観察していた。だが、その視線に、特に悪意や敵意のようなものは感じない。ただ、きっと珍しいに違いない人間の客の姿に、興味をひかれているだけのようだ。
そして、気になっていた光の正体も知れた。太陽だ。ドームの天頂あたりに、光り輝く太陽があって、それが空間をまんべんなく照らし出している。
「なんで、地下に太陽が?」
俺が口にした疑問に、
「それと同じだよ。あんたちが持っている、そのランタン」
ミッキが、ラップの手にあった魔法のランタンを指さして言った。ラップは、それを聞いて、手に提げていたランタンを持ち上げた。もちろん、それはドームの太陽ほど、大きくもなければ明るくもない。
「じゃあ、魔法で?」
グラーが、手を眉の上にかざし、まぶしさに目を細めて、地底の太陽を眺めながら尋ねる。
「ああ。天井から、大きな石を吊るして、それを魔法で輝かせているんだよ。まるで、本当の太陽みたいだろう?」
つまり、巨大な魔法のランタンを、天井から吊るしているようなものか。
「今は昼なので、明りがついているんだが、夜の時間になれば消えるようにもなっていてね」
丁寧に、そんなことまで教えてくれる。
「へえ、でも、あんな大きなの。ずいぶん、すごい魔法使いがいるんですねえ」
グラーは、やはりそれが気になるようだ。
「うん、それはもう」
ミッキが、どことなく敬意を感じさせるような口調で答えた。
「この町も、その魔法使いが?」
俺が尋ねると、
「いや、街の建物は、私たちが岩を削って作り上げたものだね」
ミッキはそう言って、口の先から突き出ている、白い前歯を指で叩いて、カチカチと音をさせた。
「まさか、その歯で?」
「このあたりの岩は柔らかいからねえ。私たちの歯でも、十分削ることができるんだよ」
いくら柔らかいとはいえ、岩は岩だ。それを削って町まで作ってしまう彼らの歯は、恐ろしく硬く、鋭いのだろう。あまり、怒らせたりしないほうがよさそうだ。
「ここって、もともとは皇帝陵の地下なのか?」
眼下に広がる街並みを眺めながら、ラップが聞いた。
「あれの地下といえば、地下だがね。だが、一部というわけじゃあない。おそらく、あれができる前から、この空間はあったのだろうね」
ミッキが、上を見上げながら言う。すると、俺たちを、遠巻きに見ていた連中の一人がこちらに歩いてきた。
俺は警戒して、背中の鉄棒に触れる。ミッキは紳士のようだが、他もそうだとは限らない。しかし、
「やあ、ミッキ。お客さんかね」
どうやら、ミッキの知り合いらしく、向こうは何の気負いも警戒心もなく俺たちの近くにやってくるとそう言った。
「ああ、墓の方から迷い込んだそうだ」
「へえ」
そのネズミは、ミッキの説明を聞いてこちらを見て、
「やあ、人間のお客人。ようこそ、我らの街へ」
そんな言葉をかけて来た。
「はあ、あの、どうも」
俺は、なんとなくバツが悪い思いがして、鉄棒から手を離すと、あいまいに頭を下げた。
「うん、よろしく」
ラップは、相変わらず、子供らしい無邪気さと王族らしい尊大さの混じった態度で、まったく物おじした様子もない。
「お前の家に連れていくのか?」
そう、ネズミに聞かれて、
「ああ、そこのお嬢ちゃんのために、気付け薬がいるんだ」
ミッキが俺の背中に負われているリリを見ながら答えた。
「そうかい。じゃあ、俺は仕事があるから行くよ。カミさんによろしくな。お客人も、まあ、ゆっくりして行ってくれな」
ミッキの友人のネズミは、それだけ言うと、手を振って立ち去った。
「じゃあ、私の家はこちらだから」
それを見送ったミッキが歩き出す。当然、俺たちもついていくしかない。
ミッキのすぐ後にラップ、その後ろにリリを背負った俺とグラーが続いていく。俺たちの姿を認めたネズミたちは、珍しそうに眺めたり、ミッキに事情を聞いたりするが、排斥感や敵意は特に感じられない。
少し歩いて、ミッキとの距離が少しばかり開いたところで、
「ねえ、アベさん」
グラーが俺の来ているローブの袖を引っ張って、小声で話しかけてきた。
「どうした?」
「あのね、あんな小さなランタンを光らせるだけでも、魔法使いにはすごく難しいんだよ?」
前の方を歩くラップの手にある魔法のランタンを見ながら言った。
「そうなのか?」
「うん。でも、あれ」
グラーが、太陽を指さす。
「あんな大きなのをずっと光らせておけるだなんて、どれだけの魔力がいるのか想像もできない」
なんとなく、グラーの言いたいことが分かった。
「もしかすると、聖剣とやらの力かもしれない?」
「うん、僕はそう思う。聖剣にどんな力があったのか、今ではよく分かっていないんだけど。やっぱり、ここにあるんじゃないかな聖剣」
だとすれば、偶然にも探索の目的地にたどり着いてしまったことになる。それは好都合だともいえるが。
「そうかもしれないな。だったら、やっぱり俺たちの目的は隠しておこう」
「そうだね」
あの太陽を作り出したのが聖剣の力によるもので、ネズミたちがそれを必要としているのだとすれば、下手に「聖剣を探しに来た」などといえば、どんな目に会わされるかわかったものじゃない。
今のところ、ミッキの言動は紳士らしいもので、敵意や悪意をまったく感じさせないが、大切にしているものを奪いに来たと知られれば、どう豹変したっておかしくない。
「おおい!何してんだよ!早く来いよ!」
ラップが、大声で俺たちを呼んだ。
二人で話しているうちに歩く速度が落ちて、ミッキとラップの先頭組から、気付かないうちに結構な距離が開いてしまっていた。
「悪い!すぐ行く!」
俺はそう答えて、グラーとともに足を速めた。
「ラップにも、聖剣のことは言わないよう、釘を刺しておかないとな」
横を歩くグラーにそう言うと、
「そうだね」
グラーが頷いた。
―――
やがて、一軒の小さな家の前で、ミッキが立ち止った。「小さな」というのは、言葉の綾ではなくて、普通の人間が暮らしている家に比べると実際に小さいのだ。ミッキをはじめとする、おそらくは大人のネズミたちが、ラップやグラーのような人間の子供くらいの背丈しかないので、それに合わせた大きさになっているだろう。
「やあ、戻ったよ」
家の扉に向かってそう言うと、内側から扉が開いて、別のネズミが顔を出した。白いシャツに、えんじ色のスカートをはいている。おそらく、先ほどミッキの知り合いが言っていた、彼の「カミさん」なのだろう。
「お帰りなさい、あなた。あら?」
メス、というか女性が、ミッキの背後に立つ俺たちに気付いた。
「お客さんだよ。これは、うちの家内のミリだ」
ミッキがこちらを向いて、ミリという名だとわかったネズミの肩を抱きながら、そう紹介してくれる。そのあとで、
「こちらは上のお墓に来ていて迷ったらしくてね。ええと―」
そこまで言って、言葉を詰まらせた。
「ああ、そういえば、あんたたちの名前を聞いてなかったね」
今更それに気が付いたのがおかしかったのか、面白そうに言う。すると、真っ先に、ラップが名乗り、それに続いて、俺とグラーも名前だけの簡単な自己紹介をする。まだ目を覚ましていないリリは、俺が紹介した。
「確か、気付け薬があったろう?出してくれないか。そこのお嬢ちゃん、リリちゃんが気を失っているみたいでね」
「え、ああ、はいはい」
突然の珍客に驚いていた様子のミリだったが、ミッキの言葉を聞いて、家の中に戻って行った。そして、
「ではどうぞ。狭い家だけど。お茶くらいなら出すから」
ミッキにそう言われて、俺たちも家の中に入ることにする。子供たちは、すんなりと入ることができたが、俺は腰を曲げ頭を下げてでないと入れない。
家にまで招待されてしまった。これで俺たちが、彼らが持っているかもしれない聖剣を取り戻しにきたと知ったら、どんな顔をするだろう。それを考えると憂鬱だった。




