じゃあな
「それでは、もうおしゃべりはいいでしょう。わたしは行きます。これもお返ししますから。あなたも、早いところお嬢様から離れるように」
フリシアが、そういって俺に鉄棒を渡し、影に戻ろうとするのを、俺は、
「もうちょっと、話聞いてくれない?いや、聞いてくれませんか?」
と、腕をつかんで引き止めた。
どう考えて、そうなったのかわからないが、いや、考えてないから、そうなったのか。
俺は、なぜだか、このフリシアに、俺の悩みを聞いてもらいたくなった。
彼女に、ある種の尊敬の念を持ってしまったからだろうか。
もちろん、フリシアは、俺の手なんか振りほどいて、行ってしまってもいいわけだが。
「いいでしょう、話してみなさい」
意外にも、話を聞く気になったらしい。
人の頼みを断れないタイプなのか、あるいは、俺があまりに哀れっぽいので、同情されたのか。
どっちにしろ、ありがたい。
俺は、フリシアに、自分の置かれている状況と、葛藤について洗いざらい話した。
単純にいえば、ミトラさんの誘いに乗るか、それとも、子供たちについていくかという選択だ。
こいつにこんなことを聞いても、初めから結論はわかっているようなものだが、それでも聞いてみたかった。
自分に絶対の自信があるこいつに、話してみたくなったんだ。
一通り話し終わってから、
「それで聞きたいんだけどさ、ずっとリリと一緒にいたフリシアから見てだな、俺ってリリたちに必要だと思う?」
そう聞いてみると、
「いえ、まったく」
考える間もなく、言い切られた。
まあ、そういうと思っていた。
「確かに、あなたも多少腕は立つようです。身のこなしの素早さは大したものだ。しかし、所詮は身体能力に頼り切った素人の腕にすぎません。私は、あなた以上にタフで、戦闘術の訓練も受けています。私がいれば、お嬢様たちの安全は守れます」
「そうか?さっきはあんたのことをよく知らなかっただけで、もう一回やったら違うかも」
そうやって言い返してみるが、
「よく知らない相手にも負けないのが、プロというものです」
いかにもプロっぽい言葉で再び返された。
実際、もう一度やりあっても、勝つのは難しいだろうな。
切り口を変えてみよう。
「いや、そうい身の安全だけじゃなくてだな、そう、旅の話はどうだろう?俺、割と必要じゃないか?」
「いえ、必要ありません」
やっぱり、瞬時に言われてしまう。
「なんでだよ。俺、狩りとか、夜の番とか、荷物持ちとか、いろいろやってなかったか?」
「別に、それが本当に必要なら、お金で誰かを雇えばすむはずです。お嬢様たちは、十分なお金を持っていますから。だいたい、これまでの旅で、三人でうまくやってこれたのです。ということは、三人で十分なのです。あなたは、必要ありません」
なかなか、痛いことを言ってくれる。
じゃあ、これはどうだろう。
「それじゃあ、心はどうだろう?」
「心?」
「子供たちばかりじゃ、心細いことだってあるだろう?大人の俺がいれば、心の支えになるんじゃないかなって、思うんだけど、どうだろう?」
「気のせいです」
フリシアは、またしても、瞬時に切って捨てた。
「もうちょっと、考えてから発言してもいいんだよ?」
「考えるまでも、ありませんから」
取り付く島もない。
「でも、子供三人なんだぜ。大人が必要じゃないか?」
「お嬢様たちは、あなたが思っている以上に、大人ですよ。何か精神的な問題があっても、三人がそれぞれ助け合ってうまくやるでしょう。わたしは、そういう三人を、ずっと見てきました。旅に出てからではありませんよ?三人が出会ってからずっとです。あなただって短い付き合いですが、彼らの絆は、見ていてお分かりでしょう?」
フリシアにそう言われて、違うとは言えない。
最初の出会いのときに、一度精神的に崩れたことがあったが、あれは結局、俺という闖入者のせいで、三人でぴったりきれいにはまっていたタガのようなものが、ずれてしまったせいなのかもしれなかった。
「だいたい、あなた自分のことを大人だ大人だと言っていますが、本当にそうなんですか?」
そういわれて、俺は自分の体を見下ろした。
「言っておきますが、体の話ではありませんよ。心のことです。自分のことがわからない。自分が何をなすべきかもわからない。そんな者が、大人として、子供たちの頼りになるとお思いですか?」
容赦がない。
しかし、反論しようにもできない言葉だった。
もっともだと思った。
「私が心配しているのも、結局はそれです。あなたは、どこまでいっても正体不明の相手なんです。そんなものを、お嬢様のおそばに置いておきたくない」
それから、ぐっと俺のほうに顔を近づけて、
「おそらく、記憶が戻るまで、あなたに必要なのは、頼られることではありません。導いてもらうことです。自分のなすべきことを与えてくれる、ちゃんとした大人です」
今度は奇妙なくらい、やさしい口調で、言われた。
「司教様というのは、それにうってつけではありませんか。お嬢様がたと一緒にいるよりも、確実に安全で有益です。子供たちが気になるなら、ひとまず教会で自分の仕事を見つけ、腰を落ち着けて、それから会いに行っても遅くはないでしょう?」
厳しい言葉の後の、やさしい言葉というのは、なんだかよく心にしみてくる。
もしかすると、母親というのは、こういう風に子供を諭すものなんだろうか。
「あなたは、司教様のもとへ行くべきです。そして、彼に与えられる仕事を果すことによって、自分というものの証を立てるべきです。私が、お嬢様を守ることに、自分の存在を賭けているように」
フリシアは、それで話が終わったと思ったのか、体の形を崩し始めた。
影に戻るつもりなんだろう。
残ったのが最後に顔だけというところで、
「誤解しないでほしいのですが、これは、あなたをお嬢様から遠ざけたいという思いだけから、言っているのではありませんよ。まあ、信じなくても結構ですが、いらぬ老婆心が出てしまったようです」
「老婆心ってことは、あんたってやっぱり結構な歳を」
そういったところで、鞭上に伸ばした影で、ぴしりと頭を叩かれた。
「いてっ」
別に、痛くはなかったのだが、思わず口に出た。
「そういう軽口を抑えられないから、子供なのです」
たぶん、呆れているんだろう。
抑揚のない声でいった。
「いや、話を聞いてもらってよかった。ありがとう」
フリシアは、俺の最後の言葉を聞いていたのかいなかったのか、あっという間に影に戻って、ここまで来た時と同じように、地を這って去って行った。
さて、俺も帰ろう。
といっても、帰る場所は同じなんだが。
宿に帰ってみると、子供たちはみな俺の部屋のベッドに三人で並んで腰を掛けて待っていた。
心配させてしまっていたらしい。当たり前か。
「アベさん!大丈夫だったの?突然、走って行っちゃうんだから」
最初に立ち上がって声をくれたのは、グラーだ。
「おい!俺を置いていくんじゃねーよ。お前一人で、なんかあったらどうすんだ」
頼もしい言葉をくれたのは、ラップ。
「あの、大丈夫だった?怪我してない?」
控えめに、やさしい言葉をくれたのはリリ。
なんだか、おびえているみたいだな。
「ああ、大丈夫。ぴんぴんしてる。何もなかった」
いろんなことがあったが、俺がぴんぴんしているのは本当だ。
フリシアにやられた痛みは、もう消えてしまっていた。
「あれ、シェードだったんじゃないの?」
さすがに、グラーはあの奇妙な生き物について知っていて、俺を待つ間、よく知らなかった二人に、シェードについて説明していたようだ。
リリは、その説明からもう、シェードをお化けの一種だと思っていて、それでおびえているらしい。
フリシア、不憫な奴だ。
今も、リリの影の中かどこかに潜んでいて、愛しのお嬢様におびえられて傷ついているんだろうか。
「ああ、そうだといっていたな」
「え、シェードと話したの?」
そういえば、リリには秘密にしておかなくちゃいけないんだ。
どこからか、フリシアのやつに睨まれている気がした。
「うん、一応、話はしたけどな。どういう奴かは、わからなかった。でも、なんだか悪い奴じゃなさそうだったな。たぶん、リリの影にいたのも偶然だと思う。だから、あれのことはもう忘れよう」
俺が、無理やり話を切り上げようとすると、グラーがなんだか意味ありげに、
「ふうん」
と唸った。グラーのことだから、何か気付いたのかもしれない。
とっとと、別の話をすることにしよう。
「それでさ、ちょっとみんなに話したいことがあるんだよ」
俺は、ミトラさんに教会に誘われていること、そしてその誘いに乗ろうかと考えていることを離し始めた。
話している最中、三人は無言で、一つも口を挟まず聞いていた。
やがて、話し終える。
もし、教会なんかに行かず、自分たちと一緒にいてくれと言われれば、一も二もなくそうするだろうな、などと考えていると、
「うん、そうだね、それがいいかもしれない。ううん、たぶん、それがいいんだよ」
と、グラーがいうのを聞いて、切ないような悲しいような、喪失感を感じた。
「そうだな。記憶を戻す治療を続けるためにも、それがいいんだろうな」
と、ラップまでそんなことをいう。
じゃあ、リリはどうかというと、
「そうだね……」
と、ぽつりというだけだった。
寂しがってくれてはいても、俺の決めたことを曲げさせるほどではないといった感じだ。
まあ、出会ってほんの数日だものな。そこまで情が移るのが、おかしいんだよな。
部屋が、しんみりと静かになったところで、なんだか、逆に気持ちが高ぶってきた。
それで、高い声で、
「いやあ!ほんと、お前らには世話になった!まあ、最初は殺されるかと思ったけどさ!」
「なんだよ、まだいうのかよ」
過去の、とはいってもほんの数日前のことを持ち出すと、ラップは嫌な顔をしたが、
「冗談だって、冗談!明日から教会いってさ、いろいろ探ってきてやるよ!災厄の種の情報とか、いろいろ集まるだろ!なんてったって、俺はトカゲの救世主だからな、あはははは!」
変に明るくなって、そういうと、俺の気持ちを知ってか知らずか、ラップが
「よし、じゃあ送別会しようぜ、ぱあっと」
などと言い出す。これはもう、後に引けない。
ほとんど、やけくそ気味になって、俺はみんなと一緒に、おなじみの向かいの食堂へ行った。
たくさん飲み食いして、話もしたはずなんだが、あまり詳しいことが思い出せない。
ただ、その間ずっと、心臓を発泡スチロールでこすられ続けているような、変な気持ちがしていたのを覚えている。
そして、その翌朝、
簡単なお別れをして、俺はラップたちと別れ、司教館へと向かった。
別れ際、グラーが、夜にでも食べてほしいと、お菓子が入っているという包みをくれた。
ラップと握手をした。
リリの頭をなでてやった。
フリシアのやつには、特に何もしなかった。まあ、どこかで見ているんだろう。
俺は、最後に、
「じゃあな」
と一言だけいって、子供たちに背を向けた。
あっけない別れだと思ったが、これが普通なのだとも思った。
たった数日の道ずれにすぎないんだ。
これからの道中で、俺みたいな珍妙な奴を、また拾うかもしれない。
そんなとき、俺のことを思い出してくれたら、それでいい。
最初の思惑通り、ショズの街まで一緒に来て、別れることになった、それだけのことだ。




