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トカゲ男と影女

 影の動きは早い。

 けれど、俺だって、どんなすばしっこい動物だって狩れるだけの早さがある。

 道を、するすると這って逃げる影を、俺は身をかがめ、空気抵抗を最小限に抑えながら、追いかける。

 逃げる影の奇妙さに気付くものはいないようだ。

 むしろ、ドラグニクの俺が全力疾走している様子を見て、驚愕している。

 人間どもには、到底真似できない速さで街をかける。

 この疾走の快感は、人間に戻って捨ててしまうのが、惜しくなるほどだ。


 影は、ときたま別の影の中に紛れ込んだりもする。

 だが、俺の目は、動くものにとても敏感だ。

 周りの影よりも、ほんのわずかに濃いところが、よくわかる。

 逆に、止まられてしまうと厄介だが、そのつもりはなさそうだ。

 影は、街の西のはずれへと向かう。

 人通りが、どんどん少なくなってきて、やがて、人っ子一人いない、廃墟だらけの場所にたどり着く。

 影がぴたりととまった。


「やっと、止まりやがったか」


 きっと、追い込んだというより、誘い込まれたんだろう。

 俺は、前かがみになって、鉄棒を構える。 

 息は、もうほとんど乱れていない。


「言葉はわかるか?リリの影の中で何をしていたんだ。教えてくれ」


 影は、静かにじっとしたままだ。


「暑くて、たまたま影の中で涼んでただけってことはないよな?」


 聞いているのか、いないのか。

 まさかこれ、この世界ではよくある自然現象ということはないだろうな。

 だったら、俺はいい面の皮だ。


「それともなにか。女の子の影の中に入りたがる、変態なのか、お前は」


 うんともすんとも、言わない。

 仕方ないと、影のそばにゆっくり近づく。

 一歩、二歩。

 そして、後五歩も歩けば影を踏むというところで、そいつの表面が突然ぶくぶくと泡立ち始めた。

 鉄棒を、握りなおす。

 泡はまとまって、やがて大きな、人型の塊になった。

 不気味な光景だ。

 まさか、お化けってわけじゃあるまいな。


 外見だけは、裸の人間の女の形をしている。

 胸が膨らんでいるから、まあ、そうなんだろう。

だが、肌の色から、目、歯、くちびるに至るまで、黒一色だ。

 それぞれの部分の造形も、ただの凹凸でしかない。

 真っ黒い、人型の羊羹に見える。

 それとも、色を塗る前の人形か。

 明らかに、人間ではない。

 俺が、その不気味さにうろたえていると、そいつは突然前触れもなく、俺のほうに向かって跳躍してきた。


「うわっ!」


 俺は、反射的に、構えていた鉄棒で横なぎに払う。

 どすりと、何か土嚢をぶったたいたような重い手ごたえがあった。

 それで何とか払いのけるが、影野郎、いや影女には、まったく怯んだ様子がない。

 もっとも、表情がまったくないから、本当はどうなのかわからないが。

 俺は、じりじりと下がって、距離をとった。

 獲物の分だけ、リーチは優っている。距離をとらなくてはならない。


「おい、なんなんだお前。人間じゃないよな。お化けなのか?それとも、この世界の影は、たまに主人のもとを逃げ出して人を襲うのか?」


 影女は、相変わらず無表情だ。

 俺が慎重に距離をとるのに合わせて、無造作に近づいてくる。

 殴れるものなら、殴ってみろという感じだ。

さっき、横なぎは効かなかった。なら、突いてみるのはどうだろう。

 えい畜生!思いついたらやってやれの精神だ。

なに、相手が影のお化けなら、俺はトカゲのお化けだ。怯むことはない。


 鉄棒を長く持って、足を踏み出し、腰を入れ、思い切って腹のあたりに突きを入れた。

 鉄棒は、音もなく影女の腹の中に吸い込まれた。

 しまった!

 とっさに、引き抜こうとするが、もう遅い。

 影女が、鉄棒をがっしりとつかんでいる。

 

 力いっぱい引こうとしても、びくともしない。えらいバカ力だ。

 なら、ぶん投げてやろうと、鉄棒を持ち上げようとした時だ。

 影女が、突然ぐるりと回転して、上下さかさまになった。

 と、思ったがそうじゃない。逆だ。


 俺が、天地さかさまに、投げられている。

 そのまま、固い地面に思い切り叩きつけられる。

 何とか、頭から落ちるのだけは避けて、背中から落ちるが、それでも衝撃に息がとまって、全身 の力が抜けてしまう。

 あっと思うと、鉄棒はもう俺の手にはなくて、影女に奪われてしまっていた。


「くそっ!返せ!」


 そういうと、影女は、鉄棒の先端を俺の目の前に突きつけてきた。


「この前とは、逆の構図ですね」


 しゃべった!

 落ち着きのある、大人の女の声だ。

 話せるのか。だったら、いろいろとやりようはありそうだ。


「この前?」


「ほら、この前ですよ。あなた、尻餅ついた王子様に、こうして棒を突きつけていたでしょう」


 俺とラップが出会ったときか。


「もしかして、あの時からずっと、俺たちをつけてきていたのか?」


 そういうと、影女は、俺の頭をこつんと鉄棒で小突いた。

 軽い力だったが、それでも鉄だ。痛い。


「痛っ。何すんだ」


「誰が質問していいといいました?」


「質問するなといわれた覚えはないぞ?」


「屁理屈はやめなさい」


 影女はそういって、もう一度、俺の頭を小突いた。


「だから、痛いって。やめろ」


「それにあなた、さっき私をこの棒で突いたじゃありませんか。お返しです」


「いや、それはお前が先に襲ってきたんだろ」


「そうではなく、お嬢様の影の中にいたときですよ」


 俺が、リリの影をつついた、あのときか。


「あのときは、知らなかったんだから、しょうがないだろう。だいたい、俺は軽く突いただけだったぞ」


「いやなところに当たったんです、よっ!」


 そういって、また俺の頭を小突く。


「だからやめろ!トカゲの頭はデリケートなんだぞ!」


「何を。トカゲの頭なんて空っぽじゃありませんか。トカゲ男の分際で、お嬢様にべたべたして」


「俺がトカゲ男なら、お前はカゲ女だろうが」


 俺がそういうと、


「トカゲ男と、カゲ女。ふむ。トカゲにしては、なかなかうまいこと言いますね」


 影女に褒められた。意外と、話しが通じそうなやつで助かった。

 少なくとも、大事になることはなさそうだ。

 なんとか、こいつが何者なのか突き止めてから、隙を見て逃げ出したいな。

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