勧誘ですか
今日は、こんだけです。
昼になって、約束通り、ミトラさんに会うため司教館へ出向く。
俺一人だ。
俺と子供たちが、離れ離れになるのは、出会ってから初めてのことで、記憶のない俺にとっては、人生初めての単独行動に等しい。
道中で出会う周囲の目は、やはり冷たい。
くさいだの、汚いだのと、好き勝手いうやつもいる。
言っておくが、お前らの毛の生えた体より、俺のほうがよっぽど清潔なんだぞ。
この、つやつやの鱗を見てみやがれ。
そう、タンカをきってやりたいが、我慢する。
司教館につくと、ミトラさんが、表まで出て、迎えてくれた。
「いや、待っていたよ、アベ君」
「く、君?」
「私たちはもう、友人じゃないか」
フレンドリーシップを、全身からみなぎらせている。
その横で、お付きの者らしい男が、俺をすごい目で見ている。
トカゲ野郎が、司教様になれなれしくするんじゃない、とでも思っているんだろうか。
文句は、お宅の司教様にいってくれ。
「さあどうぞ、昼食の準備をさせたから」
司教館の応接間に通されると、豪勢な食事が運ばれてくる。
街で食べるものとは、見た目からして違っている。
元の世界でも、これだけのものを食べたことがあったかどうか。
分厚い焼肉、新鮮な魚介類のスープ、サラダ、上等なパン、砂糖菓子。
「豪勢ですねえ。やっぱり、教会って儲かるんですか?」
調子に乗って、下品なことを聞いてしまうが、
「いやいや、こんな粗末なもので申し訳ない。儲けはまあ、ぼちぼちというところかな。はっはっは」
と、笑って流してくれる。なかなか、話の分かる人だ。
酒もある。
そういえば、子供たちといるときは、酒を飲まなかったことを思い出した。
飲んでみると、なかなかいいものだ。
大いに食べ、飲んで、ごちそうを堪能したあと、
「それで、先日の話は、考えてもらえたかな」
食後のお茶を飲みながら、ミトラさんがいった。
本題が来た。
「救世主がどうのとかいう話ですか?食うだけ食ってから、こういうのもなんですが、考えるも何も、俺は、そういうものでないというしか」
「なぜ?アベ君は、自分についての記憶がないという。じゃあ、自分がなにでないかなんていえないはずだろう」
なかなか、痛いことを言ってくれる。
実際、自分に関する記憶のない俺は、なにものでもありうるわけだ。
だとしても、いくらなんでも救世主はないだろう。
「まあ、いい。君が本当は何者であるか、それは、君がこれからやることによって、明らかになる、そうじゃないか?」
行いが、本性を語るということか。
それはいいが、何をするのかぐらいは、自分で選ばせてほしい。
「坊さんになって、ドラグニクに布教するのが、俺のやるべきことだと?」
「少なくとも、私はそう考えている。そのためには、まずこの教会で、司祭になる必要があるね。もちろん、すぐにというわけじゃない。修行しないと。まあ、君は聡いようだから、そう長くはかからんと思うよ」
トカゲの坊さんか。おとぎ話にでも、出てきそうだな。
「しかし、ドラグニクって、教会からも嫌われてるんじゃありませんか?トカゲ野郎を坊さんにするなんて、相当反発くらいそうなんですが」
「大丈夫。教区内の人事は、すべて長たる私に一任されている。誰にも、文句は言わせん。これでも、大司教と呼ばれる身だ。君が思っている以上に、私には、力があるんだよ」
ミトラさんは、椅子から立って、俺のそばに来ると、手を両手で握った。
肉厚の、乾いた手だ。
「これは、君にとっても、悪くない話のはずだ。君は、記憶もなければ身寄りもない。昨日の子供たちも、ただの旅の道連れにすぎない。今の君には、何もないんだ。だったら、私を頼ってみないか。君の力になりたいんだ、私は。どうだろ」
ミトラさんは、低いのによく通る声でそういうと、俺の手をもう一度、ぎゅっと握った。
あんまり握ると、鱗の跡が付きますよ。
それから、少しばかりおしゃべりして会談を終えた俺は、宿にまっすぐ向かって歩いていた。
帰りに、子供たちへのお土産として上等な布に包んでくれたお菓子を、ぶらぶらさせながら、話したことを思い出す。
坊さんというのは、みんなああなんだろうか。
人の不安を見抜いて、的確に搦め手で攻めてくる。
あの人のもとで腰を据えて、坊さんとして暮らしながら、記憶やらなにやらを取り戻すためにがんばってみるというのも、悪くはない気がしてきてしまう。
昨日思ったほど、おかしい人ではないのかもしれない。
そういえば、ドラグニクたちの間に入って、狩りでもして暮らそうかなどと思ったこともあったが、考えてみればバカなことだ。
こうして人間の間で暮らしていてさえ、体に引っ張られて、思考やらなにやらが人間から外れがちになるのを感じる。
そんなことをすれば、完全に、トカゲ野郎として生きるほかなくなってしまうだろう。
それよりは、ここでできるだけ人間らしい生活を送ったほうがいい。
街のやつらの目は気に入らないが、あの人のところにいれば、多少はましのはずだ。
あの巨大な教会を見る限り、あそこを仕切っているミトラさんの力は本物だ。
ただ、一つだけ気にかかることがある。
ミトラさんが、ただの道連れにすぎないといった、あいつらのことだ。
あいつらはこれから、どうするつもりなんだろう。
あるかどうかもわからない、災厄の種とやらを探して、いつまでも旅を続けるんだろうか。
きっと、そんなものはどこにもないんだろうに。
と、道の向こうから、銀髪、白、黒の三色が、なかよく並んで歩いてくるのが見えた。
ラップたちだ。宿に面した道だから、そこから歩いてきたんだろう。
俺の、ドラグニクの目だから見分けがついたが、まだ遠くにいるので、あちらは俺に気付いていない。
このままいけばかち合うが、俺は、狭い路地に外れて身を隠した。
しばらく待っていると、子供たちが通り過ぎて、いってしまう。
俺は、なんとなく、彼らの跡をつけてみようと思った。
特別な目的があるわけではない。
ただ、俺のいない彼らというのが、どんな感じか、見てみたかっただけだ。
小さな三つの影を、俺は、十分な距離をとって追いはじめた。
子供たちは、特にあてがあって歩いているわけではなさそうだ。
ろくな手がかりもないまま、物なのか、人間なのか、それ以外の生き物なのか、まったくわからない災厄の種なんてものを探して、出鱈目に歩き回っている。
たまに、街の人間になにかを聞いたりもしているようだが、てんで相手にされていないようだ。
どこか、危ないところに入っていきそうではらはらするが、そのあたりはグラーが心得ているようで、うまく避けている。
そういえば、あいつら三人でいるときは、いつもリリを真ん中に置いていた。今もそうしている。
男の子二人で、守ってやっているつもりなんだろう。
もしかすると、生まれたときから、ああやって三人ずっと一緒にいたのかもしれないな。
そんなことを考えながら、後をつけていたが、
「なんか、おかしくないか?」
そんなつぶやきが、口から洩れた。
三人に、妙な違和感を覚える。ただ、その正体がわからない。
かっこうも、仕草も、これまで見慣れてきたのと変わらない。
一体、何がと、じっと目を凝らしていて、ようやく気が付いた。
正面の太陽が作る子供たちの影が、三つ同じ長さで並んでいる。
こいつは、おかしい。
ラップとグラーの身長は、グラーの帽子を合わせればほとんど変わらないから、二人の影が同じ長さなのはいい。
だが、リリの身長は、かぶっているフードを足しても、彼らよりずっと低い。
その影が、左右の二人の影と同じ長さなのは変だ。
光の具合でおかしいのかとも思うが、影の長さは変わらない。
俺は、とうとう我慢できなくなって、彼らに追いつき、声をかけることにした。
「あれ、アベさん。どうしたの?」
「なんだ、迷子にでもなったのか?宿はこっちじゃねえぞ」
グラーとラップが、振り返っていった。
声をかけたときには、もう俺だと気付いていたみたいだ。
「いや、ミトラさんのところで用を済ませてから、ぶらぶらしてたんだ。こいつ、お土産だ」
俺は、そういって、ラップにお菓子の包みを渡してから、
「リリ、動かないで、じっとしてて」
俺は、リリの影をよっく見た。
すると、リリの影がすっと縮んだ。
まるで、俺の視線に気が付いて、慌てて首をひっこめた亀みたいに。
リリのほうは、微動だにしていない。
ただ、不思議そうに、俺のすることを見ている。
「どうしたの?」
「いや、なんだか、この影がな。リリ、まだ動かないでくれ」
今度は、背に負っていた鉄棒を両手にもって、それでリリの影をついた。
そのときだ。
リリの影の中から、もう一つ別の影が飛び出して、するすると地面を這って逃げていった。
その影のもとになる物は、何もないにも関わらず、影だけが移動している。
非常識な光景だ。
「おい!ちょっと待て!」
何がなんだかわからないが、とにかく追いかけることにする。
「お前ら!一度宿に戻ってろ!」
そう言い残して、狩りの本能を解放した。




