金ならある
何事もなく、俺はこの世界での初めての夜を越した。
結局、一睡もせずに、見張りを子供たちと代わることもなかった。
ラップは、自分が子供扱いされたみたいに感じて、腹を立てていたが、おそらくこの体には睡眠は必要ないのだと思う。
その証拠に、次の晩も、まったく眠ることなく朝を迎えた。
それでも、ぴんぴんしている。
ちなみに、月は元いた世界と、少なくとも見た目は変わらなかった。
月が、二つも三つも昇るとか、色が変わるとか、そんなことはなかった。
なんとなく、がっかりした。
そういえば、その日は、昼にも夜にも、俺が最初の夜のように狩りをして、みんなで肉を食べたのだった。
昼には、小さなウサギのような動物、夜には、大きなネズミのような動物を狩った。
どちらも、なかなかすばしっこい奴らだったが、たやすく狩れてしまった。
何せ、この体は、動体視力と俊敏さが尋常ではない。
眠らずに済むことといい、この狩りの能力といい、おまけに恐ろしく長命だそうだから、本当に素晴らしい生き物だ。かといって、今の境遇に感謝したりはしないが。
もう少し外見に気を付けてほしかったよ、この世界の神様とやら。
「アベさん、ほら、見えてきたよ。あれが、ショズ」
太陽が、真上に昇ったころ、グラーが教えてくれた。
二晩過ごすうちに、グラーの言葉遣いも、かなり砕けたものになってきた。
「あれが、ショズか。結構大きいな」
「でしょう。リシアでも、かなり大きい街で、ニコシアにも、こんな大きい街はないんだよ」
「へえ。ニコシアって、あんまり大きくないんだな」
「おい!うちをバカにするな!」
ラップに、突っ込まれた。
街を、大人の背丈三人分くらいの街壁がかこっている。
その手前、街道を横切って、南から北に大きな河が流れていた。
街壁の隙間から、桟橋が河にかかっていて、そこから大小いくつもの船が出ている。
「街道なのに、ここに来るまで誰にも出会わないと思ったら、みんなは船を使うのか」
「うん。近くの街からの荷物なんかは、だいたい船で運ばれるね。緊急のときは、魔法も使ったりするけど」
街に近づくにつれ、緊張してきた。
この世界で、この姿になってから、子供たち三人以外の人間を見たことがないのだ。
ドラグニクというのは、尊敬されている生き物ではなさそうだし、どんな目にあうことやら。
そもそも、街の中に入れてもらえるのだろうか。
河の手前で、渡し船に乗って河を渡り、桟橋から街の中へ入った。
通行手形などは、特に必要ないらしい。
あっさり街に入れたので、拍子抜けする。
街には、たくさんの人間がいた。街の外の閑散ぶりと比べると、お祭り騒ぎといえるほどにぎやかだ。
ものを売る人の声や、喧嘩する声などが、どこからともなく聞こえてくる。
そんな中、俺に向けられる視線は、まあ、想像していたのとあまり変わらない。
珍しいものを見たという目、汚いものをみたという目、それらが入り混じっている。
よく見れば、俺みたいな、人間以外の生き物もちらほらといる。
耳と尻尾の生えた猫みたいなやつや、牛みたいな角をはやしたやつ。いろいろなやつがいた。
ただ、俺みたいなのはトカゲ野郎はいない。
突っ立って眺めていると、
「うわっ!くせえ、なんだこの匂い!」
俺のそばを通り過ぎた男が、そんなことをいった。
「なんで、トカゲ野郎がこんなとこにいるんだあ?ああ?トカゲくせえんだよ!」
どうやら、因縁をつけられているらしい。
誤解のないよう言っておくが、俺の体はほとんど無臭だ。ぷんぷん匂いをさせていては、狩りができない。
お前のほうがくさいんだよ!
よっぽど、言い返してやろうかと思ったが、連れに迷惑はかけたくない。
「おい!俺の連れになんか文句でもあんのか!」
俺が我慢しているのに、なぜかラップが切れた。
「なんだこのガキ。トカゲ野郎が何だってんだ!」
どうやら、喧嘩っぱやいのは、俺に対してだけではなかったようだ。
ああ、リリが泣きそうな目で見てるじゃないか。
「はーい。失礼しますねー」
「げ、こいつしゃべった?!」
男が狼狽しているうちに、俺は、ラップを担ぎ上げ、リリの手を握って、その場から退散した。
グラーは、ちゃんとついてきてくれるだろう。
「おい!離せよ!」
肩の上でラップがいうが、無視して逃げる。
やがて、男が見えない路地裏まで来て、ラップを下ろした。
「お前、喧嘩を売るのは、俺だけにしとけよ」
そう注意すると、顔をむくれさせた。
仕方のないやつだ。
「いやー、それにしても、ラップ君がぼくのために怒ってくれるなんてなー、お兄さん感動しちゃったなー」
俺が、白々しくそういうと、
「バカ!誰が、お前なんかのために怒るかよ!」
ますます顔をむくれさせた。かわいいやつだ。
「それで、どうする?とりあえず、宿をとろうか」
グラーの提案に、ラップがそうしようと決めて、俺たちは同じ路地にあった小さな宿に入った。
看板に、眠る男の絵がかいてあって、これが宿屋の印らしい。
宿に入ると、受付台についていた主人らしき男が、子供三人を見て怪訝な顔をして、それからおれの顔を見て、露骨にいやそうな顔をした。
「部屋を借りたいんですけど」
グラーが、そういうと、
「もしかして、そこのトカゲ野郎も泊まるつもりなのかね」
そんなことを言われた。
ああ、またラップが切れるぞと思っていると、案のじょう、
「それに文句があんのか!」
と、かみついた。
「いやあ、なにね、ドラグニクなんかがいると、ほかのお客さんが怖がるもんでねえ」
「こいつは、ほかのドラグニクとは、違うんだよ!」
「そうはいっても、こちらも商売なんでねえ」
あくまでも渋る主人に、ラップはたまりかねたように、
「金なら、いくらでも払ってやるよ!」
いつも腰につけていた革袋を、どすんと目の前に置くと、口を開けて見せつけた。
中には、わずな銅銭に、たくさんの金貨が見える。
赤や青の光る石が入っているが、宝石だろうか。
この世界のことを知らない俺にも、それがとんでもない大金だということは、すぐわかった。
その証拠に、宿の主人が目を皿のようにしてそれを見つめ、それから、さっきまでとは態度を全く変えてしまった。
「いやいや、お金さえいただければ、はい、問題ございませんです。大変、失礼をばいたしまして。すぐにお部屋を用意させて、いただきますでございます」
揉み手でもしそうな具合でだ。
「一番いい部屋を頼むぜ」
ラップが、得意満面といった顔で、そういった。
金にものをいわせるようなやり方は、あまりよくないだろうし、何より不用心な気がするが、事情が事情だけに注意もし辛い。
俺のために怒ってくれたのは、確かなのだし。
それに、まあ、多少スカッとしたというのも、本音だ。




