最終話 比翼のイヴ
「あれは……」
シュウの視線の先を辿れば、そこには白い花を咲かせた夏椿の木と、その下にひっそりと佇む十字の形をした墓石があった。
「代々の俺と……オリジナルのサラの墓だ」
ぱっと振り返れば、思いの外、穏やかな面持ちのシュウと目が合う。
「……よく一つのお墓に納まったね」
こういう時、何を言えば良いのかわからないなりに、何とか言葉を捻り出したのだが、果たしてシュウの心を傷つけずに済んだだろうか。
すると、シュウは苦い笑みを零した。
「人が住める場所が限られてる地上と同じで、火葬にしたからな。何とか納まったみたいだ」
シュウの記憶を見た限り、オリジナルのサラも歴代のシュウも惨たらしい死を遂げたから、たとえ場所があったとしても、火葬してから埋葬するしかなかっただろう。
「じゃあ……せっかくだから、お参りしていくね」
サラは夏椿の木に近づいていくと、瑞々しく咲き誇る白い花を二輪摘む。ジャスミンによく似た草花らしい爽やかで清涼感のある香りが、微かに鼻先をくすぐっていく。
そして墓石の前に供え、その場で腰を落としてから両手を組んで目を閉じる。
今の時代には、まともな宗教が残されていない。
だが、確かこういう形の墓石の前では手を合わせるのではなく、手を組んで冥福を祈るのが正しいことくらいは知っている。
(どうか……安らかに眠ってください)
シュウはオリジナルから始まり、古いクローン体から新しいクローン体へと意識が継続しているため、もし魂が存在するのだとすれば、ただの一度も安らかに眠ることなどできなかっただろう。
しかし、ここに埋められている、シュウの意識を宿してきた器を形成していた一要素である骨だけでも、せめて永遠の休息を取って欲しい。
それから、歴代のシュウにもサラの基になった女性にも、感謝の気持ちを伝えておきたかった。
(あなたたちが存在し続けてくれたおかげで……わたしは、シュウに出会えました。最後まで精一杯生きてくださり、本当にありがとうございました。それから、昔のわたしも……あなたがいなければ、わたしは生まれてくることすら、できませんでした。だから、ありがとう)
緩やかに瞼を持ち上げ、組んでいた手を解く。
改めて見てみれば、意外なほど綺麗に磨き上げられた墓石のプレートには、確かにシュウの名とサラの名が刻まれていた。
シュウもサラも、こうして生きているのに、二人の名前が彫られている墓が存在するなんて、何だか不思議な心地だ。
「……ここのお墓は、誰かが掃除してくれてるの? すごく綺麗」
「自動人形たちが、交代でほぼ毎日掃除してくれてるんだ」
「そっか……じゃあ、あとでリーチェやビルにお礼を言っておかないとね」
ここの自動人形たちは本当に働き者で、情に厚い。
血肉が通っているイヴよりも、人間味を感じられる気がする。
膝を伸ばして立ち上がり、背後に控えていたシュウへと振り向くと、エメラルドの眼差しと空色の眼差しが交錯した。
その直後、何を思ったのか、シュウはサラの左手を取るなり、突然その場に跪いた。
「シュ……シュウ?」
いきなりどうしたのかと、戸惑いを露わに名を呼ぶサラをよそに、シュウはウェストポーチから小さな箱を取り出した。
「今日、サラをここに連れてきたのは……オリジナルのサラと今までの俺に、立会人になって欲しかったからなんだ。やっと……やっと、自分が望む幸せを自分の手で掴み取ってやったぞって、伝えたくて」
シュウはそう言いながら、サラの手を取ったまま、器用に立てた膝の上で箱の蓋を開けると、迷いのない手つきで中身を取り出した。
まさかと思えば、その中身は案の定――指輪だった。
ウェーブラインを描くプラチナリングには、アクアマリンと真珠があしらわれている。三月生まれのシュウの誕生石と、六月二十九日生まれのサラの誕生石だ。
「レイラから、もう俺とサラの結婚が決まったっていう話は聞かされたと思うが……俺の口から改めて言わせてくれ」
シュウはゆっくりとサラの左手の薬指に指輪を嵌めると、空色の双眸がエメラルドの双眸をまっすぐに射抜いてきた。
「――サラ、俺はお前だけの騎士になることを、ここに誓う。だから……どうか、俺と結婚してください」
何の躊躇もなく告げられた言葉に、思わず息を呑む。遅れて、じわじわと頬に熱が上ってくる。
――シュウが、サラだけの騎士になると宣言したのは、ラカージュ流のプロポーズに違いない。
実際にそうはなれなくても、気持ちだけはたった一人だけの姫君に愛と忠誠を捧げるとか、きっとそういう意味合いの誓いなのだろう。
だから、サラもその想いに応えたくて、その場で膝を折ってシュウと目線を合わせ、心からの笑顔を向ける。
「なら……わたしは、あなただけの姫になる。だから……わたしからもお願いします。シュウ、わたしと結婚してください」
シュウの言う通り、サラの調子が戻ってすぐ、レイラから結婚の話は聞かされていた。検査の結果、サラの生殖能力に問題がなかったため、できる限り子供を産み育てることも求められた。
サラ自身も、この状況ではそうせざるを得ないことは重々承知していた上、元々結婚するならば相手はシュウがいいと考えていたから、むしろ渡りに船の話だった。
でも、こうしてシュウ自身の言葉で改めて求められると、こんなにも嬉しいものだったのかと、止め処なく湧き上がってくる喜びを噛みしめる。
サラの返事が予想外だったのか、空色の瞳が大きく見開かれる。
だが、シュウが虚を突かれたのも束の間、もう一度ぎゅっと抱き竦められた。
体勢的に勢いを受け止めきれず、仰向けに倒れそうになったサラをシュウがしっかりと抱き込んだかと思えば、二人揃って芝生の上に横向きに寝転がった。
目を白黒させるサラに構わず、眼前のシュウはくしゃりと笑みを浮かべた。
「サラ……ラカージュ流のプロポーズの返事、どこで覚えてきたんだよ」
「……え!?」
「『あなただけの姫になる』は、プロポーズに対してイエスって返事したも同然なんだよ。しかもその後、サラからもプロポーズしてくるし。すごい念の入れようだな」
「え、だって……あの流れでは、ああ言うしかないよね……? それに、わたしが嫁ぐんじゃなくて、シュウをお婿さんにもらうわけなんだから、こっちからもちゃんとお願いしないと駄目な気がして……」
ごにょごにょと言い訳すれば、シュウの笑い声が鼓膜を揺さぶる。
そして、シュウは顔を火照らせたサラを抱きしめたまま、額に、瞼に、鼻の頭に、頬に次々とキスの雨を降らせていく。
素直にシュウのキスを受け入れていたら、ふと互いの額を合わせてきた。
「……シュウが軍服着てるのって、もしかしてわたしにプロポーズするためだったの……?」
「ああ。風見の騎士がプロポーズする時は正装って決まりが、一応あるんだ」
「じゃあ、わたしもドレスを着てくればよかったかな……」
「ドレスじゃ、ペガサスに乗りづらいだろ。だから、ペガサスに乗るのに問題ないけど、ドレスっぽい見た目の服を用意してくれって、リーチェに頼んだんだ」
シュウの答えを聞いた直後、いい笑顔でぐっと親指を立てるリーチェの姿が、ふと脳裏に浮かんだ。
「シュウとリーチェって、本当に仲が良いね……」
つい苦笑いを浮かべたサラを、シュウが至近距離から相変わらず熱心に見つめてくる。
自然と視線が交わり、おずおずと目を閉じると、今度は互いの唇が重なり合った。
そうしたら、シュウのほのかに甘くて爽やかな香りが、不意に強まった気がした。
(あ……この香り……何かに似てると思ったら、林檎だ……)
――様々な仮説がある中、最も有名な禁断の果実だとされている果物は、林檎だ。その果実と酷似した香りを纏うシュウは、さしずめサラにとっての善悪の知識の実なのかもしれない。
もし、そうだとしたら、サラはこの先、シュウを通して何を知っていくのだろう。
しかし、これから先の未来、たとえ何が待ち受けていたとしても、シュウと一緒ならば、きっと乗り越えていける気がする。
だって二人は、喜びや悲しみどころか、心臓を分かち合っても尚、共に生きていきたいと心の底から願えたのだ。だから、大丈夫だと信じられる。
「……サラ、愛してる」
――それはかつて、オリジナルのサラが告げた最期の言葉で、シュウにとって呪いになりつつあったものだ。
でも、サラから唇を離し、幸福そうに微笑んで愛を囁いたシュウの声には、悲壮感は欠片もない。
だから、この言葉が呪いにならないようにと願いつつも、サラもシュウに応えた。
「わたしも……愛してるよ、シュウ」
たとえ、ここが逃げ場なき空の監獄だとしても――今この瞬間だけは、間違いなく天上の楽園だ。
再びシュウの唇が近づいてきたから、サラもまた目を閉じて、深い、深いキスを受け止めた。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!




