第28話 空の監獄
――それからもシュウは、何度も何度も生と死を繰り返していく。
シュウという名は忌み名となり、風見家の当主の座に就くことと、死を迎えるまで戦い続けることを義務付けられた。
子供を作ることは死期を早めることに繋がるから、当然禁じられた。
家族の一員として迎え入れられる時代もあれば、親に疎まれ、アヤカシを討伐する時以外は幽閉されていた時代もあった。
それでも、シュウの心が完膚なきまでに壊されずに済んだのは、サラと共に拾ったクラリーチェを筆頭とした自動人形たちが、必死に守ってくれたからだろう。
特にクラリーチェは、シュウを忌み子として拒絶する母親の代わりを、根気よく務めてくれた。
しかも、クラリーチェはシュウの苦しみを理解するためだけに、自分も新しいボディに取り替える度に記憶と人格データも移し替え、長い月日をずっと共にしてきた。
だから、最早シュウの母親同然の存在となったクラリーチェには、これから先も頭が上がらないだろう。
しかし、真の意味で誰とも繋がれないシュウは、常に孤独を味わっていた。
だから、一刻も早くこの呪縛から解放されたくて、死に物狂いでヴィクトリア・エーヴァを追跡し続けた。
シュウがクローン体になってから、子孫を残せず、ただただ同一の存在として生と死を繰り返し続けるのは、おそらく欠陥なのだ。
あの気の触れた、ヴィクトリアのことだ。シュウのクローンを子供が作れない身体にするはずがない。
そして見つけた暁には、この身体をまともにしてもらってから、死んでもらう。
その目的のためだけに、シュウはアヤカシを殺して回る傍ら、ヴィクトリアの居所を探り続けた。
でも、幾度ヴィクトリアと相まみえることができても、シュウの望みは叶わなかった。
だから、どれだけ拷問を受けようとも、シュウの願いを聞き届けてくれないヴィクトリアの命を、何度だって奪ってやったのだ。時に腹部を銃弾で貫き、刃物で喉を切り裂き、絞め技で首の骨をへし折った。
だが、死を切望するほどの苦痛を与えても、拷問の末に殺害しても、その記憶が受け継がれているはずのヴィクトリアは、シュウの呪われた生と死の輪廻を破壊してくれたことは、ただの一度もなかったのだ。
もしかしたら、ヴィクトリアは自分のことを愛さなかったどころか、自身と血の繋がった、正真正銘の孫娘であるサラとシュウが結ばれたことが、許せなかったのかもしれない。
だからこそ、初代庇護姫と同じように、シュウに生き地獄を味わって欲しかったのかもしれない。
幾度もこの世界に生まれ落ちる度に、またこれかと倦怠感を覚え、幾度も命を落とす度に死への恐怖が薄れていった。
だから、それこそ何度も自死を試みたことがある。
ここで死んだところで、どうせすぐにまた生まれてくることになると、わかっていたからこそ、できたのだろう。
それか、文字通り死ぬほど死を迎え続ければ、いつか本当の意味で死ねるかもしれないという希望があったのかもしれない。
しかし、いざ自害しようとした矢先、いつもサラが今際の際に残した言葉が耳の奥に蘇ってくるのだ。
――愛してる。
その言葉を思い出す度に、どうしようもなく泣きたくなった。――サラを目の前で失ってから、赤子時代以外は涙を流したことなんてないくせに。
でも、悲しかったのだ。サラの愛が呪いへと変わってしまいそうで。
水のように透き通った声が呼んでくれた、鷲の真名が忌み名へと変貌を遂げてしまったことが、悔しくて仕方がなかった。
そう思いつつも、ずるずると生と死を繰り返し、十二体目のクローンであり十三人目のシュウは、とうとう出会ったのだ。
「――はじめまして、わたしはサラ。あなたのお名前は?」
栗色のまっすぐで艶やかな髪。大きくて丸いエメラルドの双眸。小さくて控えめな鼻と唇。透き通りそうなほどの白さと血色の良さを兼ね備えた肌。
かつてシュウの最愛の花嫁だったサラと、瓜二つの少女に。
***
サラと初めて出会ったのは、互いに五歳だった夏の日だった。
風見家が所有している別荘にレオと一緒に避暑のために連れてこられたシュウは偶然、近所の夏椿の木の下で、麦わら帽子を被ってパールホワイトのワンピースを着た女の子と鉢合わせしたのだ。
シュウがその別荘に滞在したのは夏の間だけで、サラが近所に暮らしていたのは、七歳の夏の終わりまでだ。
だから、シュウたちはそれほど長い時間、一緒にいたわけではない。
だが、シュウが別荘にいる間は、ほとんど毎日会っていた。
最初は驚いた。サラにそっくりな顔をした少女が、名前まで同じだったから。
しかし、どうしてかはわからないものの、この少女もシュウと同じできっとクローンに違いないと思った。
殺め姫だったアンナとその花婿だったカイが、独力で腕に埋め込まれたGPSチップを破壊し、ラカージュから逃げ出していたことは、大人たちの話から幼いながらに知っていた。
その上、何度かサラの迎えに二人のどちらかが来るところを目撃したし、シュウの養母であるレナと何やら口論している姿も度々見かけたから、そういうことなのだろうと察しがついたのだ。
それから、シュウの目の前にいるサラと、かつてのサラの雰囲気があまりにも違うことにも密かに驚いた。
オリジナルのシュウと出会ったサラは、明るく利発な女性ではあったものの、どこか愁いを帯びていた。
でも、十三人目のシュウと出会ったサラは、幼さ故なのかもしれないが、天真爛漫で純真無垢な、よく笑う少女だったのだ。
もしかすると、原初のサラも殺伐とした環境で育たなければ、もっと無邪気な笑顔を見せてくれたのかもしれない。
だからだろうか。シュウは瞬く間に、昔のサラと今のサラを切り離し、別人として捉えられるようになった。
そして、これまたあっという間に、今のシュウは今のサラに恋に落ちたのだ。
理由は、自分でもよくわからない。
だが、サラがにこにこと笑いかけてくれる度に、シュウが手を引けば素直についてきてくれる姿に、どうしようもなく惹かれていったのだ。この時間が永遠に続けばいいと、心の底から願ったのだ。
しかし、シュウもサラも幼い子供だったから、大人の都合には従うしかなかった。
「シュウ、あのね……わたし、お引っ越しすることになったの」
七歳の夏の終わり頃、シュウがそろそろ別荘を離れることを告げたら、サラもおずおずと引っ越す旨を伝えてきたのだ。
その日のサラは、初めて出会った日と同じ麦わら帽子を被り、白いワンピースに身を包んでいた。
その時まで、シュウはサラがずっと風見家の別荘の近所にいるものだと信じて疑わなかった。
だから、これからは今までみたいに会えなくなるのだと理解した途端、サラを無理矢理ラカージュに一緒に連れて帰ろうとしたのだ。
シュウがこうした行動を取ったとしても、ラカージュの大人たちは咎めないという打算もあった。
サラは十中八九、初代殺め姫のクローンなのだ。ラカージュの住人であれば、喉から手が出るほど欲しい存在に違いない。
何より、シュウがサラと離れたくなかった。
でも、サラの方が精神的にはシュウよりも余程大人だった。
「……駄目だよ、シュウ。そんなことされたら、お父さんもお母さんも、困っちゃうよ」
これまで一度たりとも振り払われることがなかった手は、この時ばかりはあっさりと振り解かれてしまったのだ。
それでも諦めたくなくて、往生際悪くもシュウがサラをぎゅうぎゅうと抱き竦めれば、困った子だと言わんばかりの苦笑いを向けられてしまった。
「じゃあ……大人になったら、絶対、ぜーったいにシュウに会いにいくよ。約束する」
そして、シュウの背に腕を回すと、宥めるようにぽんぽんと優しく叩いてくれた。
「だから――またね、シュウ」
サラは最後まで「さよなら」は言わなかった。
だが、あまりにも簡単にシュウの腕の中から抜け出し、瞬く間に去っていってしまったのだ。
***
サラと離れ離れになった直後は落ち込んだものの、大人になればまた会えるという約束があったから、シュウはすぐに立ち直った。
別に、サラが会いにくるまで、わざわざ待つ必要はない。大人になったら、シュウから会いにいけばいいのだ。むしろ、その方がより早く会えるかもしれない。
サラに出会えたおかげなのか、十三回目の人生は最も精神的に安定した人生を送ることができた。
――シュウを産んだ、代理母であるツグミに襲われた日を除いては。
シュウが十四歳になった、夏がもうすぐそこまで迫っているにも関わらず、肌寒いあの日の記憶は、あまりはっきりとは覚えていない。
ただ、突然ラカージュの風見邸にツグミが押しかけてきたかと思えば、戸惑うシュウを意に介さずに強引に迫ってきたことと、明らかに常軌を逸している女をクラリーチェが捻じ伏せたことだけは、ぼんやりと記憶に残っている。
「マスター! 武力行使の許可を! 早く!」
「放して……っ! 放しなさいよ、この機械風情がぁ……っ!」
生と死を繰り返す中で、シュウを勝手に憐れみ、勝手に恋情を抱き、自分こそが可哀想な化け物を救ってみせるのだと、自己陶酔する女には何人か出会ったことがある。
特にツグミはその傾向が顕著で、十一体目のクローンだった頃に執拗に付き纏われていた。
だから、ツグミの息子として自分が生まれ変わるのだと悟った時点で、シュウの目から見て最も真っ当な感性の持ち主であるレオの実母――レナに、あらかじめ十二体目のクローンの養母になってくれと頼み込んだのだ。
しかし、それでも尚、ツグミのヒロイズムという名の執念は薄れなかった。
それどころか、いくら血の繋がりがないとはいえ、仮にも自分が産んだ子供に情欲まで向けてきたのだ。
その姿がヴィクトリア・エーヴァと重なった途端、耐え難い生理的嫌悪に襲われた。
「失せろ……気持ち悪い」
クラリーチェに武力行使の許可を出してから、ツグミにはそれだけ吐き捨て、風見邸から走り去るや否や、衝動的に飛行カプセルに乗り込み、ラカージュそのものから飛び出した。
行き先なんて、考えてもいなかった。ただ、逃げ場がないように見える空の監獄から逃げ出したくてたまらなかったのだ。
飛行カプセルを適当な発着場に停めてからは、行く当てもなくふらふらと街中を彷徨った。そうこうしているうちに、分厚い雲からぽつり、ぽつりと雨が降り始めてきたから、着ていた黒いパーカーのフードを目深に被り、ふと目についた店先で雨宿りさせてもらうことにした。
でも、すぐに立っていることすら辛くなり、ずるずるとその場に座り込む。ジーンズやスニーカーが雨水で濡れていく感触がひどく煩わしいのに、自力でどうこうしようとする気力も湧いてこない。
シュウが降り立ったエリアは、比較的都会的な雰囲気が流れるエリアだった上、雨が降り始めたせいで、目の前を行き交う人々はいつも以上に他人に無関心になっていた。だから、誰も店先で蹲っている少年を気にも留めない。
「あの……大丈夫ですか? 具合が悪いようでしたら……救急カプセルを呼びましょうか」
だがそう思った時、若干の幼さを残しつつも水のように透き通った声が、不意に鼓膜に染み込んだ。




