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『王太子殿下、その恋は口から出す前に止めてください 〜好きな令嬢に嫌いと言ってしまう残念王子の恋愛相談役になりました〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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50/50

第50話 王太子殿下、小さな茶会を小さく開く


 大きな節目というものは、必ずしも大きな出来事として訪れるわけではありません。


 鐘が鳴るわけでもありません。


 誰かが宣言するわけでもありません。


 ただ、いつもの部屋に少しだけ花が飾られ。


 いつもの机に紅茶が置かれ。


 いつもの仲間たちが集まり。


 その中で、誰かと誰かの距離が、昨日よりほんの少し自然になる。


 それだけで、十分に節目になることがあります。


 その日、王国史礼法研究会は、初めて研究会内で小さな茶会を開くことになりました。


 もちろん、研究です。


 あくまで研究です。


 季節の小さな茶会における招待、席順、話題、感謝、返礼。


 それらを実際に確認するための、研究会内実践です。


 ……と、私は朝から自分へ言い聞かせていました。


 なぜなら、この茶会は非常に危険だったからです。


 主にアルノルド殿下にとって。


 ◇◇◇


 朝の開放学習室。


 殿下の心得紙は、さらに厚みを増していました。


 今日の一番上には、こう書かれています。


『小さな茶会は小さく』


 とても大切です。


 その下にも続きます。


『研究会内茶会であって、二人きりのお茶ではない』


『ナリアだけを見ない』


『茶葉に意味を込めすぎない』


『菓子に未来を託さない』


『席順で悩みすぎない』


 最後の二つは少し気になります。


 かなり悩んだのでしょう。


「殿下」


「はい」


「昨日、眠れましたか?」


「前よりは」


 前よりは。


 基準が分かりません。


 ですが、少なくとも徹夜ではなさそうです。


 エレナ様は、今日の茶会用の菓子を確認していました。


 いつもの蜂蜜菓子より少し華やかですが、大げさではありません。


 淡い色の小さな焼き菓子が、上品に並んでいます。


「本日は、研究会内茶会用ですわ」


「ついに本当に茶会用ですね」


「ええ。感慨深いですわ」


 エレナ様はしみじみと言いました。


 蜂蜜菓子の道も、ここまで来ました。


 レオン様は席順案を確認しています。


「本日は円卓形式が適切です。上座を作りすぎると研究会内の実践として不自然になります」


「殿下は中央ではないのですね」


 私が尋ねると、レオン様は頷きました。


「はい。殿下を中央にすると王族主催の茶会になります。本日は研究会内茶会です」


 殿下が心得紙へ書き足しました。


『中央に立たない』


 今日も増えました。


 ナリア様はまだ来ていません。


 けれど、殿下の視線は何度も扉へ向かっています。


 見すぎではありません。


 いえ、少し見すぎです。


「殿下」


「はい」


「扉を見すぎです」


「すまない」


「今日の茶会は、ナリア様だけのためではありません」


「分かっている」


「本当に?」


「……分かっている」


 少し怪しい。


 エレナ様が微笑みました。


「殿下、ナリア様に心地よく過ごしていただきたいお気持ちは分かりますわ」


「はい」


「ですが、ナリア様だけを特別扱いしすぎると、かえって困らせます」


「分かっている」


「皆が心地よい場を作ることが、結果的にナリア様も安心できる茶会になりますわ」


 殿下は、その言葉を真剣に受け止めました。


「皆が心地よい場」


「はい」


 そして心得紙に書きます。


『皆が心地よい場を作る』


 良いです。


 これは非常に良い心得です。


 殿下がナリア様だけに集中しすぎず、場全体を整えること。


 それは王太子としての資質にもつながるでしょう。


 何より、ナリア様が安心できます。


 その時、扉が叩かれました。


 ナリア様です。


「ごきげんよう」


 彼女は少し緊張しながらも、柔らかく礼をしました。


 今日の髪飾りは、淡い青の小さなリボンです。


 派手ではありません。


 けれど、いつもより少しだけ華やかに見えました。


 小さな茶会を意識しているのでしょうか。


 殿下が一瞬見惚れました。


 はい。


 明らかに見惚れました。


 私は咳払いするか迷いました。


 ですが、殿下は自力で戻りました。


「ナリア、ごきげんよう。今日も来てくれてありがとう」


「ごきげんよう、殿下。本日もよろしくお願いいたします」


 ナリア様も、ほんの少し頬が赤い。


 殿下が見惚れたことに気づいたのかもしれません。


 でも、嫌そうではありません。


 むしろ、少し照れています。


 よろしい。


 とてもよろしい。


 ただし、研究会です。


「本日は、季節の小さな茶会の実践確認を行います」


 レオン様が淡々と始めました。


「招待、席順、話題、茶菓、終了時の礼、後日の返礼までを想定します」


 エレナ様がにこりと笑います。


「茶菓は私が担当いたしますわ」


「はい」


 ナリア様が嬉しそうに頷きました。


「とても楽しみにしておりました」


 エレナ様の表情が明るくなりました。


「まあ、嬉しいですわ」


 殿下はそのやり取りを見て、少しだけ落ち着いたようでした。


 ナリア様が自分だけでなく、皆との茶会を楽しみにしている。


 それを見て、殿下も「皆が心地よい場」という心得を思い出したのでしょう。


 良い流れです。


 ◇◇◇


 午前中は、茶会の準備を研究として確認しました。


 まず席順。


 王族がいる場合、通常なら殿下を中心にするべきです。


 けれど研究会内茶会では、形式を少し緩め、円卓に近い配置にしました。


 殿下とナリア様が隣にならないようにするかどうかで少し議論がありました。


 隣にすると、殿下が固まる可能性があります。


 向かいにすると、見すぎる可能性があります。


 斜め向かい。


 最終的に、これが採用されました。


「斜め向かいなら、話しやすく、見すぎにくいです」


 レオン様が言います。


「見すぎにくい」


 殿下が少し複雑な顔で復唱しました。


「重要です」


 私は真剣に答えました。


 ナリア様は小さく笑っています。


 次に話題。


 小さな茶会では、重すぎる話題を避ける必要があります。


 王国史礼法研究会だからといって、最初から謝罪文や責任表明の話をしてはいけません。


 今日は季節の花、紅茶、最近の研究題材、小発表の軽い感想などが適切とされました。


「小発表の話はしてよいのか」


 殿下が尋ねます。


 レオン様が頷きました。


「はい。ただし深く反省会に戻りすぎないこと」


「分かった」


「殿下とナリア様のお茶の話も」


「しない」


 殿下が即答しました。


 ナリア様が真っ赤になりました。


 私も少し慌てました。


 レオン様、そこまで言わなくても。


 ですが、必要な確認ではあります。


「本日は研究会内茶会です」


 レオン様は平然と言いました。


「個人的なお茶の再現ではありません」


「分かっている」


 殿下は耳まで赤くしながら答えました。


 ナリア様は紅茶の缶を見つめています。


 エレナ様は肩を震わせています。


 私は咳払いしました。


「こほん。次へ進みましょう」


 次は茶菓。


 エレナ様の独壇場でした。


「本日の菓子は、季節の花をイメージした蜂蜜焼き菓子です。甘さは控えめ、香りはやわらかく、会話を邪魔しないものにしました」


「会話を邪魔しない菓子」


 ナリア様が感心したように言いました。


「素敵です」


「ありがとうございます」


 殿下も真剣に頷きました。


「確かに、菓子が強すぎると話題が菓子に集中しすぎる」


「それはそれで嬉しいですけれど」


 エレナ様が笑います。


「茶会では、菓子は主役でありながら脇役でもありますわ」


 名言です。


 たぶん。


 レオン様が記録しました。


「菓子は主役であり脇役」


「記録するのですか?」


「研究会運営上、有用です」


 有用なのでしょうか。


 もう深く考えないことにしました。


 ◇◇◇


 昼休み。


 食堂では、私たちの研究会内茶会の話が少しだけ噂になっていました。


「今日、王国史礼法研究会で茶会実践をするそうですわ」

「楽しそうですわね」

「私も見学したいです」

「今回は内部だけらしいですわ」

「殿下とナリア様も参加されるのでしょう?」

「最近のお二人、自然ですものね」


 自然。


 またその言葉です。


 以前は、殿下とナリア様の関係は痛々しいものとして見られていました。


 今は、自然と評されるようになっています。


 それが嬉しくもあり、不思議でもあります。


 ナリア様は、私たちの席へ来ました。


 今日の茶会前なので、エレナ様はいつもの蜂蜜菓子を出しません。


「本番前ですので、今は控えますわ」


「本番……」


 ナリア様が少し笑いました。


「研究会内茶会ですけれど、少し緊張しますね」


「はい」


 私は頷きました。


「でも、楽しみですか?」


 ナリア様は少し考えてから、頷きました。


「はい。楽しみです」


 その返事が、とても自然でした。


「殿下も、かなり準備されています」


 私が言うと、ナリア様は柔らかく笑いました。


「分かります」


「分かりますか?」


「はい。殿下が今日、何度も言葉を止めていらっしゃるので」


 殿下の努力は、もうナリア様にすっかり伝わっています。


 ナリア様は少しだけ視線を落としました。


「私だけを気遣いすぎないように、気をつけてくださっているのも分かります」


「はい」


「それが、少し嬉しいです」


 私は首を傾げました。


「ナリア様だけを特別扱いしないことが、ですか?」


「はい」


 ナリア様は静かに頷きました。


「殿下が私だけを見すぎると、嬉しいより先に緊張してしまうことがあります。でも、皆様が心地よく過ごせる場を作ろうとしてくださると、私も安心できます」


 私は感動しました。


 殿下。


 届いています。


 今日の心得は、ちゃんとナリア様へ届いています。


「そのこと、殿下へ」


「そのままは」


 ナリア様が即座に赤くなりました。


「はい。分かっています」


「でも……いつかは、伝えたいです」


 いつか。


 また、未来に置かれた言葉です。


 私は頷きました。


「きっと、殿下は喜ばれます」


「固まりますか?」


「少し」


 ナリア様はくすりと笑いました。


「では、少しずつにします」


 ◇◇◇


 放課後。


 開放学習室は、いつもと少し違う姿になっていました。


 机の配置が変えられ、中央には小さな花瓶。


 淡い黄色の花が三輪だけ飾られています。


 派手ではありません。


 けれど、部屋の空気が少し明るくなりました。


 窓から入る夕方の光が、花びらを柔らかく照らしています。


 茶器は白。


 菓子皿にはエレナ様の蜂蜜焼き菓子。


 席は円卓に近い配置。


 殿下とナリア様は斜め向かい。


 私とエレナ様、レオン様が自然に間を作ります。


「本日は、研究会内茶会の実践を始めます」


 レオン様が淡々と宣言しました。


 茶会なのに、宣言が硬い。


 でも、それがレオン様です。


 エレナ様が微笑みました。


「まずは主催役のご挨拶ですわね。今回は殿下が主催役でしたか?」


 殿下が少し緊張しました。


「はい」


 研究会内の架空設定として、殿下が茶会主催役です。


 ただし、王太子としてではなく、研究会の一員として。


 殿下は立ち上がりませんでした。


 着席のまま、穏やかに言いました。


「本日は、季節の茶と共に、次の研究題材について穏やかに話せればと思い、席を用意しました。無理なく、楽しんでもらえれば嬉しい」


 良い。


 とても良いです。


 短く、温かく、重くありません。


 ナリア様の表情が柔らかくなりました。


「お招きありがとうございます」


 彼女は自然に答えました。


「皆様と穏やかにお話しできることを楽しみにしておりました」


 殿下の耳が赤くなりました。


 でも、崩れません。


 皆様。


 ナリア様はちゃんと場全体を見ています。


 殿下もそれを受け取って、落ち着きました。


 紅茶が注がれます。


 今日はエレナ様が選んだ茶葉です。


 花の香りがほのかにあり、けれど強すぎません。


「優しい香りですね」


 ナリア様が言いました。


 殿下が一瞬、先日の二人だけのお茶を思い出した顔をしました。


 ですが、すぐ戻りました。


「今日の菓子にも合いそうだ」


 安全な返答です。


 エレナ様が嬉しそうに頷きます。


「もちろんですわ」


 茶会は、思ったより穏やかに進みました。


 最初の話題は、季節の花。


 ナリア様が花瓶の花について説明しました。


「この花は、春の終わりから初夏にかけて咲きます。茶会に使うなら、強い香りのものより、見た目で季節を感じられるものが向いています」


 殿下は頷きます。


「香りが強すぎると、茶の香りとぶつかるのか」


「はい」


「なるほど」


 レオン様が記録します。


「花の香り、茶との調和」


 エレナ様が菓子を勧めました。


「こちらもどうぞ」


 ナリア様が一口食べ、目元を緩めます。


「とても美味しいです」


「ありがとうございます」


「香りが強すぎず、紅茶と合いますね」


「さすがナリア様、分かってくださいますわ」


 エレナ様は本当に嬉しそうです。


 殿下も菓子を食べました。


「確かに、会話を邪魔しない」


「殿下、それは褒め言葉として少し不思議ですわ」


 エレナ様が笑いました。


 殿下は少し困った顔になります。


「いや、良い意味で」


 ナリア様がくすりと笑いました。


「分かります。主張しすぎず、でも後から甘さが残ります」


「そう、それですわ」


 エレナ様は満足そうです。


 場が和みました。


 殿下だけが頑張って場を作るのではありません。


 ナリア様が説明し、エレナ様が菓子で空気を作り、レオン様が記録で整え、私が歴史の話を少し挟む。


 全員で茶会を作っている。


 その中で、殿下も自然に笑えるようになっていました。


 しばらくして、話題は小発表へ移りました。


 ただし、深い反省ではありません。


 あの日、見学者たちがどんな反応をしていたか。


 次回発表があるなら、もう少し柔らかい題材がよいこと。


 招待状や茶会の話なら、聞きたい生徒も多そうだということ。


「次回発表をするなら、今回のような小講義室ではなく、もう少し小さくてもよいかもしれません」


 私が言うと、レオン様が頷きました。


「題材が柔らかい分、質疑を入れる形式も可能です」


「質疑……」


 殿下が少し緊張しました。


 ナリア様も少し考え込みます。


「質問を受けるなら、答えすぎない練習も必要ですね」


「答えすぎない」


 殿下が復唱しました。


 私は見ました。


 また心得紙が増えそうです。


 殿下は案の定、小さな紙を取り出しました。


『質問に答えすぎない』


 茶会中でも心得を書きます。


 ナリア様がそれを見て、楽しそうに笑いました。


「殿下、本当に増えますね」


「必要だからな」


「でも、そうやって覚えようとしてくださるのは、私は好きです」


 空気が止まりました。


 ナリア様も、自分で言ってから固まりました。


 好き。


 もちろん、心得紙への姿勢が好きという意味です。


 しかし、殿下にとっては強烈です。


 殿下は完全に固まりました。


 ティーカップを持つ手まで止まっています。


 私は咳払いすべきか迷いました。


 ですが、ナリア様が自分で少し慌てて言いました。


「あ、いえ、好きというのは、その、努力される姿勢が素敵だという意味で」


 説明すればするほど赤くなります。


 殿下も赤い。


 エレナ様が扇で口元を隠しました。


 レオン様は記録紙から目を離しました。


 偉いです。


 殿下は、時間をかけて呼吸しました。


 そして、何とか言葉を返しました。


「ありがとう」


 短い。


 よくできました。


 少し間を置いて、殿下は続けました。


「僕も、君がそうやって言葉を丁寧に選ぶところを……尊敬している」


 好きとは言いませんでした。


 ですが、十分です。


 ナリア様の表情が柔らかくなりました。


「ありがとうございます」


 茶会の空気は、一瞬甘く揺れました。


 けれど、重くはなりません。


 なぜなら、全員がそこにいるからです。


 研究会内茶会。


 皆が心地よい場。


 その中で、二人の言葉も自然に置かれていく。


 殿下は、それをちゃんと守りました。


 ◇◇◇


 茶会の終盤。


 レオン様が終了時の礼について確認しました。


「茶会は、終わり方も重要です。名残惜しさを残しつつ、相手を拘束しない」


「名残惜しさを残しつつ、拘束しない」


 殿下が言いました。


「難しいな」


「はい」


 ナリア様が頷きます。


「ですが、楽しい時間ほど、きちんと終えることが大切です」


 殿下は、その言葉を真剣に聞いていました。


 先日の二人だけのお茶も、きちんと終えたからこそ余韻が残りました。


 今日の茶会も同じです。


 終わらせる。


 でも、閉じきらない。


 そのための言葉を、全員で考えました。


 最終的に、主催役の殿下がこう言いました。


「本日は、穏やかな時間をありがとう。今日出た意見は、次の研究にもつなげたい。無理のない形で、またこうした実践もできればと思う」


 良いです。


 とても良い。


 研究会全体へ向けた言葉です。


 ですが、少しだけナリア様にも届く温度があります。


 ナリア様は微笑みました。


「こちらこそ、ありがとうございました。また皆様と、このような時間を持てれば嬉しく思います」


 皆様。


 でも、殿下にも向いている。


 殿下はそれを、ちゃんと分かって受け取りました。


 飛びつきません。


 固まりかけましたが、戻りました。


「ありがとう」


 短い感謝。


 その後、全員で礼をして、茶会は終わりました。


 終わってみれば、本当に小さな茶会でした。


 大きな事件はありません。


 告白もありません。


 二人きりでもありません。


 けれど、たしかに一つの節目でした。


 殿下がナリア様だけではなく、場全体を整えることを覚えた日。


 ナリア様が、その中で安心して自分の言葉を置けた日。


 研究会が、発表や事件対応だけではなく、穏やかな時間を作れる場所になった日。


 私は活動記録に、丁寧に書きました。


『季節の小さな茶会実践。席順、茶菓、話題、終了時の礼を確認。全体として穏やかに進行。今後の研究題材として有効』


 本当に書きたいことは、もっとあります。


 ナリア様の「好き」に殿下が固まったこと。


 殿下が「尊敬している」と返せたこと。


 二人が重くなりすぎず、全員の場の中で少し甘い言葉を交わせたこと。


 でも、それは記録には書きません。


 私の胸の中で十分です。


 ◇◇◇


 帰り道。


 校舎を出ると、夕方の空はやわらかな茜色でした。


 中庭の池に、その色が静かに映っています。


 花壇の花が風に揺れ、今日の茶会で飾った花と同じ色の花びらが一枚、道端に落ちていました。


 殿下とナリア様は、少し前を歩いています。


 今日は、二人きりではありません。


 私たちも近くにいます。


 それでも、二人の間には穏やかな空気がありました。


 ナリア様が何かを言い、殿下が頷く。


 殿下が短く返し、ナリア様が笑う。


 それだけです。


 でも、十分でした。


 エレナ様が隣で言いました。


「小さな茶会でしたわね」


「はい」


「本当に小さく開けました」


「はい」


「でも、意味は小さくありませんでしたわ」


 私は頷きました。


「そうですね」


 小さな茶会。


 けれど、大きな一歩。


 殿下が大きな意味を乗せすぎず、小さな場を小さなまま大切にできた。


 それが何より大切でした。


 王太子殿下。


 今日のあなたは、小さな茶会を小さく開くことができました。


 ナリア様だけを見すぎず、場全体を整え、皆が心地よく過ごせる時間を作りました。


 その中で、ナリア様の言葉を受け取り、自分の言葉も重くしすぎず返せました。


 どうか明日も。


 小さな時間に大きすぎる未来を詰め込まず、けれどその小さな時間を軽く扱わず、大切にしてくださいませ。


 今日のような穏やかな茶会を重ねる先に、きっと二人だけでなく、皆に祝福される言葉が待っているのですから。

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