第三十四話 覚えている人
前書き
問題が
「終わった」と
言われるとき、
それを
覚えている人は
邪魔になる。
⸻
それは、
評価の形で
現れた。
⸻
三崎は、
年度途中の
面談資料を
受け取っていた。
数値は
悪くない。
勤怠。
対応件数。
事故ゼロ。
だが、
一行だけ
妙に浮いている。
現場判断に
個人差あり
周囲との
認識調整が
今後の課題
「……課題、ですか」
上司は、
即座に否定しない。
「責めている
わけじゃない」
いつもの
前置き。
「ただね」
少し
声を落とす。
「君は
“覚えすぎる”
ところが
ある」
三崎は
黙って聞く。
「終わった話を
終わったままに
しておけない」
「それは、
組織では
扱いづらい」
扱いづらい。
悪い、ではない。
間違っている、
でもない。
ただ、
置きにくい。
⸻
「……忘れる
努力を
しろと?」
三崎は
静かに聞いた。
上司は
困ったように
笑う。
「忘れろ、
とは言わない」
「でも」
「前を
向いてほしい」
前、という
言葉が
どこを
指しているのか。
三崎は
もう
分かっていた。
⸻
その夜。
エリオットは
一人で
飲んでいた。
グラスの中の
液体は
ほとんど
減っていない。
「……成功した、
らしい」
誰に
言うでもなく。
成功したなら、
問いは
不要になる。
「だから
君は
呼ばれなかった」
電話の向こうで、
トマスが
短く息を吐いた。
「編集会議から
外された」
「理由は?」
「“今は
穏やかに
進めたい”」
エリオットは
小さく
笑った。
「便利な
言葉ですね」
⸻
ミオは、
少し離れた
街にいた。
駅前でも、
コンビニでも
ない。
人通りの
少ない
高架下。
座らず、
立たず、
歩き続ける。
止まらなければ、
見られない。
見られなければ、
定義されない。
「……覚えてる
人ってさ」
誰に
向けるでもなく
呟く。
「損だよね」
でも、
覚えていない
ふりを
するほうが
もっと
苦手だった。
⸻
翌日。
三崎は、
配置換えの
打診を
受けた。
「一時的な
サポートだ」
「君の
能力を
活かしたい」
活かす、
という言葉は
柔らかい。
だが、
場所は
駅前ではない。
“問題が
起きない”
場所。
三崎は
一拍
置いてから
答えた。
「……検討
します」
即答しない
こと自体が、
もう
意思表示だった。
⸻
夜。
コンビニの裏。
久しぶりに
三人が
揃った。
「……飛ばされる
かも」
三崎が
言う。
「正式には
違うけど」
トマスは
即座に
言った。
「それ、
罰だ」
「いいえ」
エリオットが
首を振る。
「罰では
ありません」
「“整理”です」
覚えている人を、
使いやすい
位置に
置き直す。
⸻
ミオは、
黙って
聞いていた。
それから
言う。
「それでも
立つ?」
三崎は
少し
考えた。
「……場所は
変わるかも
しれません」
「でも」
「立つ、
という
姿勢は
変えません」
ミオは
それを聞いて
小さく
笑った。
「じゃあ」
「私も
覚えとく」
「何を?」
「ここに
立ってた
人がいた
ってこと」
⸻
夜風が
吹く。
誰も
拍手しない。
誰も
記録しない。
だが、
確かに
覚えている人が
いる。
それだけで、
線は
完全には
閉じなかった。
⸻
後書き
問題が
解決したあと、
一番
居場所を
失うのは
覚えている人です。
彼らは、
正しさを
壊さない。
ただ、
忘れない。
次は、
この「忘れない」
という態度が、
思いがけず
別の人に
引き継がれる話です。




