第二十五話 跳ね返る場所
前書き
言葉は、
投げた人の意図とは
別の場所に落ちる。
受け取った側が
何を思うかで、
意味は変わる。
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翌朝。
トマスは、
時差の残る目で
街を歩いていた。
眠れなかったわけではない。
ただ、
目が覚めすぎていた。
コンビニの前で
足を止める。
同じ光。
同じ配置。
同じ商品。
「……完成しすぎだな」
独り言。
中に入ると、
老人がレジに立っていた。
「いらっしゃいませ」
トマスは、
棚を一巡し、
迷う。
「……これ、
朝から食べるのか」
包装された弁当を
手に取っては戻す。
結局、
おにぎりと
味噌汁。
会計を済ませ、
外に出た。
⸻
軒先に、
ミオがいた。
今日は座っていない。
壁にもたれ、
スマホを見ている。
トマスは、
彼女に気づき、
一瞬だけ迷った。
声をかけるか。
やめるか。
結果、
声をかけた。
「……ここ、
便利だね」
ミオは、
ちらっと見る。
知らない顔。
「別に」
短い。
「朝でも、
夜でも」
「同じだ」
ミオは、
スマホから目を離さない。
「それが
いい人もいる」
トマスは、
そう続けた。
「……観光?」
ミオが
初めて聞いた。
「仕事」
「へー」
会話は、
それ以上
膨らまない。
⸻
トマスは、
おにぎりを一口かじる。
「……美味い」
思わず、
声が漏れる。
ミオは、
少しだけ
口元を緩めた。
「でしょ」
「毎日?」
「人による」
トマスは、
彼女を見た。
年齢は分からない。
でも、
若い。
「君は」
「ここに
よくいるのか」
ミオは、
肩をすくめた。
「たまに」
「理由は?」
聞いた瞬間、
トマスは
失敗したと思った。
ミオは、
一拍置いて答える。
「聞かれないから」
トマスは、
黙った。
昨夜、
自分が言った言葉が
頭をよぎる。
語られない構造
無視される前提
それが、
目の前に
立っている。
⸻
「……記事、
書いてる」
トマスは、
話題を変えた。
「新聞?」
「今は
ネットが多い」
「ふーん」
興味は、
半分。
「医療とか、
食品とか」
ミオの手が
止まる。
「それさ」
「なんで
書くの」
トマスは、
少し考えた。
「知らないまま
選ばされるのは、
嫌だから」
ミオは、
即座に返す。
「選べてる
つもり?」
トマスは、
言葉を失った。
「選択肢、
多いでしょ」
「並んでるだけ」
ミオは、
自販機を指さす。
「ここも」
「選べるけど」
「全部、
同じ方向」
トマスは、
息を吐いた。
「……鋭いね」
「別に」
ミオは、
またスマホを見る。
「生活」
それだけ言った。
⸻
そのとき、
三崎が
通りかかった。
二人に気づき、
足を止める。
「……あ」
トマスが言う。
「偶然だな」
「ええ」
三崎は、
ミオを見る。
ミオは、
視線を外さない。
「知り合い?」
「今、
なった」
ミオが答える。
三崎は、
それ以上
聞かなかった。
⸻
「昨日、
エリオットと
飲んだ」
トマスが言う。
「彼は
君の話を
よくする」
三崎は、
少し驚いた。
「そうですか」
「線の話」
「速度の話」
「……ああ」
ミオは、
二人を見比べる。
「ね」
「この人」
トマスを指す。
「正しいこと
言う人?」
三崎は、
一瞬考えた。
「……多分」
ミオは、
トマスを見る。
「じゃあさ」
「正しいこと
言ったあと」
「どうなるの」
トマスは、
答えようとして、
止まった。
昨夜の言葉が
また浮かぶ。
投げる
拾うかどうかは
向こうの問題
でも、
それを
ここで言うのは
違う気がした。
「……分からない」
正直に言った。
ミオは、
それを聞いて
小さく笑った。
「それなら」
「まあ、
いいや」
立ち上がる。
「今日は
行く」
三崎は、
頷いた。
「また」
「気が向いたら」
ミオは、
歩き出す。
⸻
残された二人。
トマスが、
静かに言った。
「……あの子」
「俺の言葉、
受け取らないな」
三崎は、
即答した。
「受け取ってます」
「え?」
「受け取った上で、
使わないだけです」
トマスは、
しばらく
黙った。
「……厄介だな」
「ええ」
三崎は言う。
「だから、
大事です」
トマスは、
遠ざかる背中を
見ていた。
自分の言葉が
届かない場所。
そこが、
この国の
本当の境界なのだと、
初めて思った。
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後書き
言葉は、
届くかどうかで
価値が決まるわけではありません。
使われるかどうかで、
意味が変わります。
この朝、
一つの言葉は
使われませんでした。
けれど、
跳ね返った音だけは、
確かに残りました。
次は、
この音を
誰かが
誤って拾う話です。




