第二十三話 引き受けない人
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前書き
誤解は、
解こうとすると
大きくなる。
引き受けない、という態度は、
逃げに見える。
けれどそれは、
速度を落とすための
唯一の方法でもある。
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その朝、
三崎はニュースを
最後まで見なかった。
見れば、
理解してしまう。
理解すれば、
立場が生まれる。
それを、
今日は持ちたくなかった。
通勤電車の中で、
昨日の会議の言葉が
頭をよぎる。
誤解がある
説明が必要だ
認識を統一する
どれも、
正しい。
だからこそ、
一つも
口にしたくなかった。
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昼。
上司が
静かに声をかけてきた。
「三崎」
「はい」
「例の件だが」
三崎は、
続きを待つ。
「現場の声として、
一言まとめて
もらえると助かる」
三崎は、
少しだけ間を置いた。
「……まとめません」
上司は、
驚いた顔をしなかった。
ただ、
眉をわずかに
動かした。
「理由は?」
「まとめた瞬間、
ズレます」
「何が?」
「速さが」
上司は、
それ以上
踏み込まなかった。
「分かった」
短い返事。
それは、
承認ではなく、
保留だった。
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午後。
エリオットと、
短い通話。
「引き受けませんでした」
三崎は、
それだけ言った。
エリオットは、
少し考えてから
答える。
「それで
よかったと思います」
「説明しなかった?」
「はい」
「それも、
よかった」
エリオットの声は、
どこか
軽かった。
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夕方。
ミオは、
駅の外れにいた。
人の流れから、
半歩ずれた場所。
スマホを
見ているわけでもなく、
何かを
待っているわけでもない。
ただ、
立っていた。
そこへ、
声がかかる。
「……あの」
若い男性。
支援系の
腕章はない。
「この辺、
人多いですね」
ミオは、
ちらりと見て
頷く。
「うん」
「イベント
あるみたいで」
「そうなんだ」
会話は、
それだけ。
男は、
それ以上
話さなかった。
ミオは、
内心で
少し驚いた。
何も
始まらなかった。
それが、
悪くなかった。
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夜。
コンビニの裏。
今日は、
三人が
揃った。
ミオは、
先に来ていた。
「今日は
話さない?」
彼女が言う。
「……話しても
いいです」
三崎が答える。
「でも」
「まとめない」
エリオットが、
小さく笑う。
「引き受けない
会話ですね」
ミオは、
それを
少し考えた。
「それなら、
いい」
三崎は、
一つだけ
言った。
「最近、
“代表”に
されかけました」
ミオは、
即座に返す。
「やだね」
「はい」
「代表ってさ」
ミオは続ける。
「一人で
責任取らされる
感じする」
三崎は、
頷いた。
「そうです」
エリオットが、
静かに言う。
「構造は、
代表を欲しがります」
「代表がいると、
処理できるから」
ミオは、
鼻で笑った。
「処理ね」
「人を?」
エリオットは、
否定しなかった。
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少しの沈黙。
ミオが、
地面を蹴る。
「じゃあさ」
「私たち、
どうするの」
三崎は、
即答しなかった。
しばらくして、
言う。
「……今は」
「線の上に
立つだけです」
「跨がない」
「でも、
消えない」
ミオは、
それを
噛み砕いた。
「線の上、
居心地悪そう」
「ええ」
三崎は言う。
「でも、
動けます」
ミオは、
少し笑った。
「それ、
悪くないかも」
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別れ際。
ミオは、
振り返って言った。
「ね」
「私さ」
「“困ってる”って
言われるの
嫌い」
「でも」
少しだけ、
間を置く。
「“困ってない前提”で
扱われるのは、
もっと嫌」
三崎は、
深く頷いた。
「覚えておきます」
ミオは、
それを聞いて
歩き出した。
今日は、
少しだけ
背中が軽かった。
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後書き
誤解を
解かない、という選択は、
無責任に見えます。
けれど、
引き受けないことでしか
守れない速度があります。
線の上に立つ人は、
不安定です。
それでも、
跨がずに
居続けることで、
世界の厚みを
感じ取ります。
次は、
この立ち位置が
他人の目に
どう映るかの話です。




