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衣織の物語  作者: wa-ta-shi
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衣織の物語91「シンクロ」24 私はここに 立ちたかった!

 舞台は基本的に闇が支配している。そうして、それを切り抜くようにいろいろな照明が(とも)る……そんなことをボーっと考えていると、照明を吊るバトンがスルスルと上昇し始めた。光の輪が次第に大きくなる。それがテッペンまで上りつめた時には、ステージ全体が光によってきれいに映し出された。こうして、スタッフの手により、みるみる舞台が別の世界に変わっていく。

 舞台を満たす光によって、私の胸の奥の凍った部分にも、ほんの少しだけ温度が戻っていくようだった。


スタッフ「南相馬高校さんは、基本の仕込みでいいんだよね」


 突然そう言われてビックリする私だったが、部長さんは「はい! そうです!」と元気に答えた。さすが部長さん。頼りになる先輩。「頼りにしてますよー」という目線を部長さんに送ると、部長さんは少し照れながら台本に目を落とした。表紙には、びっしりと何やら書かれている。それを盗み見すると、リハの進行と確認事項が小さな文字で並んでいた。


 足の裏から、木の床の冷たさがじわりと伝わってきた。十年前のあの日に感じたものと、どこか似ている冷たさ。でも今は、逃げ出したいほどではなかった。


 いつの間にか客席に降りていた先生が、闇の中から声をかけた。

先生「衣織さん、どうだ、立ってみて。思ったより広いだろう?」


 私はすなおにうなずいた。

 胸の奥に、小さな灯が点った。


 影山先輩が、私の横に並んだ。

影山「最初は誰でも震えるよ。俺もそうだった」


 張り詰めた舞台の空気の中に解けた、少しの柔らかさ。

 横目で先輩を見ると、先輩の視線は、まっすぐ客席の暗闇に向けられている。


影山「でもね、震えがやがて快感に変わる。決して悪いものじゃない。それに体の奥から、ここに立ちたいって気持ちがわき起こる」


 少しの疑問と期待が、胸の奥を熱くした。


 十年前のあの日、私は言葉を失った。言葉が胸の奥で凍って固まり、ただ恐れることしかできなかった。

 あの時、私のこころの一部分が欠けてしまった。


 ……今、私はここに立っている。


先生が手を叩いた。


先生「よし、じゃあ、言葉を発してみよう。 なんでもいい」


 言葉……十年前に失ったもの。


 私は息を吸った。舞台の匂いが肺の奥まで満ちていくようだった。喉の奥がきゅっと縮む。 でも、その奥で、何かが溶け始めている気がした。


私「……わ、た、し、は……」


 たどたどしい言葉。

 でも、出た。

 ちゃんと、空気を震わせた。


 副部長が、私に微笑んだ。


副部長「いいよ、その調子。もっと出してみて」


 私はもう一度、息を吸った。今度は、さっきよりももっと強く。


私「私は……ここに……」


 私の言葉が、私の周りに広がった。

 客席の暗闇の色が、少しだけ明るくなった気がした。

 震えているのは、怖いからじゃない。ずっと「ここ」に戻りたかったからだ。


私「私は、ここに、立ちたかった!」


「――やっと、来れたね」

 あの日の、小さな私の声がした気がした。




#小説

#高校生

#東日本大震災

#演劇部





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