衣織の物語72「地区演劇生徒理事会」12
部長「南相馬高校演劇部です!」
影山「です!(ペコリ)」
ごく少数、笑ってくれた人がいたことは、影山先輩の幸運だった。彼は人生の大切な運を、このようにたわいも無いことで浪費してしまう人だ。先走り、自分勝手で、衝動的な先輩の面目躍如なのだが、そばにいるこちらは恥ずかしい。副部長さんが強めのひじうちを影山先輩の横っ腹にお見舞い申し上げた。しかもそれをそれとは人に知られぬように。しかしその効果はてきめんで、その後の影山先輩はとても静かになった。腹部の痛みは静かで長い(はず)。
部長「うちの部活も5名と少数ですが、毎日協力して活動しています。新入部員がゼロだと、今年度で休部の怖れがありましたが、幸い新入生が一人入部してくれたので、存続することができました」
そう言いながら部長さんは私の方を見た。私は会場全員の視線を受けることになり、顔の表面に非常な痛みを感じた。顔が熱い。
部長「この春の発表会では、震災により事故を起こした原発の話に取り組んでいます。これは、以前にも上演したことがあるのですが、近未来の仮想世界を描いたものです。先ほど紹介した新入生に、さっそくキャストのひとりになってもらっていて、彼女には大変だと思いますが、演劇の楽しさを感じながら本番にこぎつけることができることを願っています」
ふたたび視線が集中することになった私は、どう対応したらよいかわからず、隣の副部長の陰に隠れるようにした。恥ずかしすぎる。なんで部長さんはこんなに私を話題にするのだろう。
会場は暖かな笑いで包まれた。演劇部の人たちは、声が大きいだけでなく、心も広いのだろう。ありがたいことだ。
司会席の方を見ると、上遠野さんも笑みを浮かべている。混じりけの無いきれいな人の静かなほほえみの美が、私を圧倒した。恥ずかしさ+美の衝動。これは心理学でいうと何効果にあたるのだろうか。たとえ命名されておらずとも、私の記憶にこの時の上遠野さんの笑顔は深く刻まれた。異性への恋ではない。同性への恋でもない。崇高で神秘的な美しさ。美しすぎる人は、それを見た者の心を空虚にする。
影山「以上、南相馬高校演劇部でした! 今年もよろしくお願いしまーす!」
愚者は立ち直りが早いものだ。だけどこの時私は、影山先輩の気楽さがうらやましかった。
締めのセリフを言われてしまった私たちは、それに抗うのも面倒で、皆一斉にお辞儀をした。椅子に座った私は、さっそくペットボトルのお茶をひとくち飲んだ。
体の真ん中を冷たい水が貫く。「人とは、単に体の中をチューブが通っている存在だ」とおっしゃったのは、腹痛のあまり訪れたお医者さんだった。そんな余計なイメージと記憶が、心に浮かんだ。
各校の紹介が終わった。
上遠野「続けてこのまま交流会に入りたいと思います。各学校の生徒が、できるだけバラバラになるようにして、グループを5つ作ってください。椅子の並べ替えのご協力もお願いします」
グループが5つということは、先輩たちとは離れ離れにならなければならない。温厚な部長とも、時に皮肉屋の副部長とも、意図せずズッコケる影山先輩とも、次期部長候補の遠藤先輩とも、しばしお別れだ。
私というヒヨッコも、いよいよ大海へと乗り出すのだという震えが、からだを襲った。これは決して臆病からなのではない。武者震いのためとしておこう。高校生活とはかくも刺激にあふれているものか。
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