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うつけ殿、コーヒーを所望する

拍手お礼画面の再掲です

 人の記憶というものは、月日の移り変わりと共に薄れていくものだ。

 前世の記憶も言わずもがな。頻繁に思い出そうとしなければ、どんどん忘れていく。もう実名どころか、どんな顔だったのかも忘れた。毎日まいんち、嫌になるほど見ていたはずなんだが。

「だが食に対する欲求は別である」

「信忠、織田の父は誰と話しているのか」

「たまにこうなるんだよ。今回も、何か発明するんじゃないかな」

「ふむ」

 クソガキが何やらこそこそしているが、幸いにして俺は忙しい。

 薄れかけている前世の記憶を掘り返すという、困難極まる大仕事の最中である。有名無名の戦国武将たちならいざ知らず、食に関する情報はあまりにも少ない。前言撤回。前田慶次のことは知っていたが、乳兄弟である池田恒興のことは全く知らなかった。

 織田軍が信長シンパだった。

 俺こそがノブナガ。アイアム信長。いや本当に、どうしてこうなった。反攻勢力は同族も含めて討ち滅ぼしてしまったからか。しかし、あのまま放っておくと面倒なことになっていたから仕方ない。上に立つ者次第で、多くの人民が飢える。

「おかげで不思議の国オワリは今日も絶好調。……うむ、是非もなし」

 我が故郷ながら、不可能なことなんてないんじゃなかろうか。

 尾張国だけファンタジー世界に片足を突っ込んでいる。精神的にも物質的にも豊かさレベルでは東西列強に負けない自信がある。そのせいで、めっちゃ狙われてるけどな!

 そうでーす、俺のせいでーす。

 第六天魔王は革新的な魔王らしいから、何も間違っちゃいない。人民のための人民による人民が幸せになる国づくりは今も続行中だ。国が豊かになると、美味い飯が食える。家族を

愛し、民を慈しむ仁君だとも噂されているが、結局のところは自己満足に尽きる。

 市場が賑わっていると、歩くだけで色々もらえるしな。

 ナマモノはやめろとあれだけ言っているのに、ぐいぐい押しつけてくる。ついでに甲冑は重いから城へ届けろと言っても試着させるし、南蛮かぶれのブーツやマントもつけられる。それからどうしたんだっけ。いつの間にか、供の者が「うつけ餅」の幟を装備してたな。

 あれは速攻で店に返した。

「やっぱり甘いものには苦い飲み物だよなあ。コーヒーが飲みたい」

「高品位ですか?」

「公費と聞こえたが」

 信忠がきょとんとすれば、賦秀が難しい顔で首を傾げる。

「コーヒーだよ、コーヒー! 黒くて苦くて薫り高い大人の飲み物っ」

「そんな! 毒を呷ったら、いくら父上でも死んでしまいますよ」

「いや、既に飲んだことがあるのだ。織田の父は毒への耐性を身に着けるべきだと我らに諭しているのやもしれぬ」

「ちげえよ、俺が飲みたいの。てめえらみたいなクソガキにはまだ早えの」

 一度口に出すと、もう飲みたくて仕方なくなってきた。

 お好み焼きも焼きそばもラーメンもどきも作れたのだから、コーヒーが作れぬ道理はない。問題は珈琲豆を輸入する手段がないことである。フロイスたちはコーヒーにあまり良い印象を持っておらず、イスラム教の飲み物という認識だった。

 キリスト教圏内、ヨーロッパではまだ広まっていないらしい。

「だとするなら、代用コーヒーで手を打つしか」

 唸りながら何とか引き出した原材料は、トウモロコシと黒豆だった。

 トウモロコシは大航海時代にコロンブスが持ち帰った品らしく、貧困層の食料として広く栽培されているようだ。実を茹でて食べるんじゃなく、粉末からパンをつくる。色も黄色より紫や白っぽいのとか、あまり美味しそうじゃない。

 黒豆こと黒大豆は、丹波国での大規模栽培を進めている。

 豆餅好きなんだよなあ、俺。

 良質な豆が収穫されたら、早速作ってみるつもりだ。豆は栄養価が高く、やせた土地でもぐんぐん育つ。いくら改良された農法を用いても稲作に向かない土地には、いっそのこと別の作物を育てるのがいい。

「確か……豆を炒って、挽く。代用コーヒーでも、手順は同じはずだ」

 珈琲豆も黒豆も、豆だ。

「よーしよし、上手くいくような気がしてきたぞ!」

「織田の父は独り言が多い」

「テンション上がっているみたいだから、言わないであげてよ」

「てんそん?」

 まだいたのか。

 今回ばかりは口に合わない可能性が大きいから、頼まれても分けてやらん。




 岐阜城の厨を占拠して、楽しいクッキングの始まりだ。

「和菓子なら薬草茶とかハーブティーでも合うんだけどなあ。やっぱり、コーヒーは別腹。おっ、そうだ! 金平糖やカステラと合うかもしれん。源五郎に頼んで、堺で交渉してみるか」

 手元では、がりごりがりごりと音がする。

 俺専用農場で作っていた黒豆は、水の中で大人しくしている。大豆の黒いやつっていう感じで、そんなに大きくなくて丸い豆だ。転がりやすいので、箸の鍛錬にはちょうどいい。

 ちなみに、石臼で挽いているのはトウモロコシである。


『コーヒーは悪魔の飲み物です』


 なんて言っていたフロイスは、ちょっと怖かった。

 よく知らないからって、一方的に決めつけるのはどうかと思う。確かにブラックコーヒーというだけあって真っ黒の飲み物なんだが。砂糖やミルク入れたら、格段に飲みやすくなるんだぞ。

 かといって、この時代の牛乳はまだ美味しくない。

 乳牛のシステムが整っていないのと、牛そのものが栄養不足だからだ。鶏もまだ改良が必要だし、豚にいたっては猪と同レベルである。雄は牙が生えてるなんて聞いてない。

「殿、用意完了」

 どこから聞きつけたか、竈の火力調整をしていた一益がすすっと横に移動した。

 竈には平鍋があり、長い取っ手部分は綿が巻かれている。フライパンとセットでミトンも売り出したら儲けられるかも、と思った己をそっと仕舞う。

「おう、いつも悪いな」

「毒に興味あり」

「だから毒じゃねーっつの!」

 ネタ元はフロイスか、信忠たちか。

 所詮は代用コーヒーだ。本来のコーヒーとは違ったものになるだろう。さすがに俺だって、懐かしいブラックコーヒーが飲めるとは思っていない。できる限り、記憶のそれに近いものが作れたらいい。俺は完璧主義じゃないのだ。

「ふん、ふんふん」

 トウモロコシの粉末を鍋にざっとあけて、菜箸でかき混ぜる。

 すると、どうだろう。たちまち香ばしい匂いが漂ってきたじゃないか。これは成功の予感がする。期待が高まりすぎて焦がしかけたが、かろうじて炭化していないからセーフだ。

「まずは濾してみよう」

 目の粗い綿布でぎゅっと絞る。そして、あっついのを啜る。

「…………茶だな。ほうじ茶とか、そんな感じの」

「是」

 炒ったことで香ばしくなったのはいいが、ちょっと薄い。コーヒーには程遠い。

 記憶の中の俺が「違う、こんなんじゃない」とわめいている。とうもろこしコーヒーは前世でも飲んだことがない。色も薄いから「茶」だと言えば、飲んでくれる奴はいるだろう。

「宣教師団と交渉して、トウモロコシも根付かせるかあ」

「御意」

 一益はこれが気に入ったようで、濾した方も水に溶かして飲んでいた。

 忍は贅沢なものを自主的に禁じているくせに、美味しいものには目がない。滝川一族は半分が武士に転向し、残りは甲賀忍の一部へ淘汰されつつあると聞いた。一益たちが生き残るために選んだ道ならば、俺は止めない。

 それに甲賀の里は今後の為にも、織田家の勢力下に組み込みたい。

 伊賀は家康のだから、手出しするわけにはいかないというのもある。伊賀と甲賀の関係も、頭の痛い課題だ。何年先の話か知らないが、織田家が伊賀を攻めた気がするんだよなあ。なんてことしたんだ、本当に嫌になる。

「っと、いかんいかん。美味い飯は楽しいこと考えながら、だ」

 黒豆を取り出し、丁寧に水を切る。

 トウモロコシと違って、皮が黒いので焦げても分からないのが難点だ。そんなことを考えながら炒り始めると、まるでポップコーンのように弾けてきた。いや、さすがにポップコーンほど派手なことにはならなかったが。

「ガラスの蓋も作った方がいいな。蒸し器のは燃えちまいそうだ」

 跳ねる豆が外へ飛び出さないように、鍋を揺らしつつ様子を見る。

 今度は炒り豆特有の香ばしさの中に、どこか覚えのある匂いが漂ってきた。これは、もしかするともしかするのか。懐かしいコーヒーの香りに期待度が高まるどころか、じーんと浸ってしまった。

「殿」

「おっ、そろそろいいか」

 平鍋を竈から移動させ、あつあつの中身は石臼へ。

 ヨーロッパにコーヒー文化が芽吹いていないなら、コーヒーミルも夢のまた夢だ。がりごりと削られる度に、なんだか無性に泣きたくなる。そういえば、インスタントコーヒーばかりでドリップタイプなんか滅多に飲まなかった。

 眠気対策に飲んで、次第に飲まなきゃ落ち着かないレベルになって――。

「ああ、コーヒーの香りだ」

 丁寧に丁寧に砕いて砕いて粉にした。

 ここまでくると、専用マグカップが欲しくなってきたぞ。今は湯呑しかないので、四方を一益の手で固定させる。ぐるり、くぅるりと杓子でお湯を注ぎ入れた。

「蒸らさなくてもいいかな」

「殿、毒見を」

「お前が飲みたいだけだろ。真っ黒なのは、黒豆を黒くなるまで炒ったからだ。ああ、懐かしい。やべえ、本当にコーヒーの匂いがする。黒豆コーヒーだ」

 肺一杯に吸い込んで、一口飲んでみた。

「にがっ」

「殿!」

「これだよ、この苦み。あー、マジでコーヒーだ。豆っぽいけど、コーヒー豆だから仕方ない。うんうん、仕方ない。泣けてきた」

「殿……」

「なんだよ、今すげー感動しているところで」

「解毒薬」

 神妙な顔で差し出されたそれを受け取り、渾身のデコピンをくらわせた。

「っ」

「いらんわド阿呆!!」

 せっかく好い気分だったのに。

 内心でぶちぶち文句を言いながら、また一口飲んでみる。苦い。だが、それがいい。薬草茶と同じで、変に甘さを混ぜない方が風味を損なわずにすむかもしれない。

 確かに、これは悪魔の飲み物だ。

 黒豆コーヒーのためならば、日本中に黒豆の産地を広めてもいい。本気でそう思った。



(終わる)


とうもろこし茶、黒豆茶の作り方と似ているので混同していたらすみません

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