うつけ殿、贈り物を届ける爺になる
拍手お礼画面の再掲です
慌ただしい秋が終わり、小豆粥をふうふう言いながら食べる。
「もうすぐですね、兄上」
「ん?」
奇妙丸が顔を上げれば、弟妹たちがにこにこしている。
話しかけてきた茶筅丸もどこか浮かれた様子に、そういえばと思い当たった。末のお冬も一人で食事できるようになってからは、礼儀作法に厳しい帰蝶姫もいない。それでも粥を飲み込んでから、音を立てないように椀を置いた。
「ああ、くりすますのことか」
「冬はね、もう決めたの! おねがいごとも書いたの」
「うるさーい! 大きな声で言わなくたって、聞こえてるわよっ」
「五徳ちゃんの方がうるさいの」
お冬がわざとらしく両耳を塞いでみせれば、お五徳が頬を膨らませる。
あまり大声を出せば、大人たちが来てしまうかもしれない。五人の子供だけで過ごせる時間は朝餉の時間だけだ。騒いでほしくない奇妙丸は内心でホッとする。
栗の甘露煮を幸せそうに味わっていた三男が、空を見て呟く。
「ぼくは、観音堂の壺かな」
「三七……、長利叔父みたいになっても知らないぞ」
「茶筅だって、今年こそ刀を狙ってるじゃないか。ぼく、知ってるもんね」
ぴくっと奇妙丸の手が止まる。
「いいなあ、茶兄ちゃん。じゃあね、わたしも父上の……んーと、えーっと」
「あたしは小柄がいいわ。母様たちと同じやつ!」
うっとりと頬を染めるお五徳は最近、武芸に興味深々だ。
奇妙丸は茶筅丸と顔を合わせた。
「それは無理じゃないかな」
「無理ですよね」
「きぃーっ」
「あれは特別なんだから、お五徳はないよー」
「三兄は黙って。父上は、あたしたちのことを特別って言うじゃない!」
「冬は、とくべつかわいい」
「そっちじゃないわよっ」
ぎゃんぎゃん騒ぐお五徳を見ていると、とある噂が思い出される。
曰く、お五徳とお冬は腹違いの姉妹だが、出てくる腹も間違えたというものだ。確かに、のほほんとしているお冬は吉乃に似ているし、怒りっぽいお五徳はお鍋の方に似ている。母娘で並べば一目瞭然なのに、中身はあべこべというのが不思議だ。
「兄上は?」
三七がもぐもぐしながら問えば、お五徳がハッとする。
「そうよ! 兄上の願い事は聞いていないわっ」
「なんで私まで言わなきゃいけないのか分からない。それと三七、食事中に雑談するのは父上も認めているから仕方ないけど、ごっくんしてから喋りなさい」
「あのね、みんながお願い事を言ったからだと思うの。冬は奇妙お兄ちゃんの欲しいもの、知りたいなあ」
「そうだそうだ! ずるいぞ、兄上」
「三七、それは筋が通らない話だ。取り決めをしたわけじゃないんだから」
「なんだよ、イイコぶって。茶筅だって気になるだろ?」
「それは、まあ」
「ほらー。……全会一致で、兄上の負け!」
「兄上には罰げえむね!!」
「意味が分からない」
奇妙丸は思わず頭を抱えた。
クリスマスは海の向こうにある大陸の行事らしい。詳しいことは忘れたと父は笑っていたが、京の町で宣教師からもらった聖書を見せてくれた。彼らが広めようとしているキリスト教が、クリスマスを始めたのだ。キリスト教の始まりは、ちょっと怖かった。
父は宣教師に会う前から、南蛮のことを良く知っている。
気が向いた時にしか話してくれない物語は、父の小姓衆がこっそり書き留めて本にまとめた。父の半生と合わせて、城の内外で回し読みされているのだ。奇妙丸も弟妹にせがまれて何度も音読したから、すっかり覚えてしまった。
今日はクリスマスイヴ、12月24日だ。
そわそわと落ち着かない子供たちがようやく寝入ってくれたので、毎年恒例の緊急ミッションを開始する。奇妙丸が幼かった頃は側近たちも協力していたが、今は彼らにも可愛い子供たちが生まれた。
何人かは嫁にも贈っているらしい。
寝たふりをしているのがバレバレで、それがまた可愛いとか何とか惚気を聞かされる。いや、別に惚気くらい聞いてやるとも。俺も帰蝶の可愛さについてさんざん語ったものだ。
話を聞いていると嫁に会いたくなるから不思議なんだよな。
「おっと、早く配っちまおう」
薄暗い廊下に出て、その寒さに身震いした。
三角形に整えられた庭の大きな木に目を止める。昼間、子供たちが一生懸命飾りつけたクリスマスツリーだ。プレゼントは日頃からの聞き込みで大体絞り込んであるが、七夕で余った短冊を追加してからはツリーの飾りも確認するようになった。
足跡がついてしまうので、回収するのは忍の役目だ。
「どうぞ」
「ご苦労。ええと、何々?」
五枚の短冊を受け取った俺は、笑顔のまま固まった。
「なんで全員、刃物になってんの!?」
「殿、お静かに」
子供たちが起きてしまうと言われても、叫ばずにはいられない。
二人の娘は小柄で、三人の息子はそれぞれ銘を指定した上でのおねだりだ。俺が知らない刀まであるが、今夜の助手に言わせれば俺の所持品として間違いない。奇妙丸が本格的に剣術の稽古を始めた影響で、茶筅丸と三七も刀に興味を持つようになったのか。
「子供の成長って早いわー」
小柄のことは、お五徳が嫁の誰かに聞いたのだろう。
お冬も欲しがるとは思わなかったが、女が持つお守りとしては珍しくない。今年は笄で手を打つことにして、小柄は来年にしよう。お市たちがまだ幼かった頃、同じように刀を求められて大いに困ったものだ。
あの頃と違うのは、現物があるせいで断れない点である。
「子供の体じゃ扱えないし、危なすぎるだろ」
「伝言を受けたということにして、殿から直接渡すのは如何でしょう」
「それだ」
今年のプレゼントは既に用意している。
お冬には新しい草子、お五徳には簪、三七には観音堂の甘味壺で、茶筅丸は俺のサイン入り木刀である。ちなみに去年はサイン入り竹光だった。何が嬉しいのか知らないが、一年でボロボロになるまで使い倒す。勉学の息抜きにちょうどいいらしい。
「最後に奇妙丸だが……」
俺が近づくとお五徳に勘付かれるので、助手が枕元に置いていく。
専用の巨大な足袋が並んでいる様は少しだけ異様だが、普段使いしているものには入らないのだから仕方ない。いつの間にか、そういうことになっていた。
「義元左文字は、やれん。ダメだ」
わざわざ磨り上げて、俺に合わせたというのもある。
曰くつきの刀には何かと怪しい話がつきものだ。感受性の強い子供は影響を受けやすいという話を聞くし、迷信でも気にしないよりはいい。道具は道具として扱えるという確信ができたら、その時には左文字を与えよう。
「光忠…………いや、正宗だ」
当たり前だが、足袋から太刀がはみ出している。
聡い奇妙丸はきっと、クリスマスに現れるサンタクロースの正体に気付いているだろう。それでも翌朝、弟妹達と一緒に俺の所へ報告に来る。嬉しそうな顔が少しずつ羞恥を覚え、控えめな微笑に変わっていっても、それだけは変わらない。
「強くなれ、奇妙丸。この太刀で皆を守れるように」
「う、うーん」
もぞりと寝返りを打った息子に笑って、俺は寝所を後にした。
前世では忌むべき日だったクリスマスをやろうと思ったきっかけは、もう覚えていない。冬の寒さに震えながら、プレゼントを配って歩くのも慣れてしまった。この日だけは足を突き刺す寒さも気にならない。
「戻っていいぞ」
「はっ」
忍が消えた庭を見やり、俺は白い息を吐きながら歩く。
寝ずに待っているだろう愛しい女たちにもプレゼントを渡しに――。
庭にあるのはモミの木じゃなく、杉の木です。
ノブナガの異母弟と子供たちはこんな感じで和製英語や片仮名の単語を覚えていきました。
※笄...刀の鞘にくっついている部品。武家の女がお守りとして所持することがある。




