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うつけ殿、傾城屋のヌシになる

遊女あそびめは平安時代から存在していたようですが、島原などの花街は豊臣政権からだと言われています。最高格は「太夫」で、それ以外はてきとう。京の遊郭の中には、作中にある「原屋」のように幕府へ納税している店もありました。遊郭を示す言葉として「傾城屋」あるいは「傾城町」があります。

「原屋」は作者が勝手に考えた名前です。

※この話は売春を推奨するものではありません。

※太夫の言葉は花魁風(変換ツール使用)

これらのことをご理解いただいた上で、お読みくださいませ

 洛中のとある一角で、俺は途方に暮れていた。

 夜の散歩と洒落込んだはいいが、暗いせいで何も分からない。どこから来たのか、どこへ向かえばいいのかもサッパリだ。

「迷った」

 いい加減認めよう、方向音痴であるということを。

 だから誰か助けてくれ。このまま岐阜へ帰れないなんて嫌すぎる。ちょっとした悪戯心で護衛を撒く、なんていうお茶目を発揮するんじゃなかった。本当に成功するとは思わなかったんだ。

 今は、とても反省している。

「だから助け」

「助けてください!」

「うおっ」

 渾身のタックルに、尻餅をつく。

 一緒に倒れこんできたのは白粉臭い女だ。べったべたに白く塗り固めた首筋から、はだけた襟の奥まで見える。二つの弾力をこれでもかと押しつけられて喜ばない男がいたら、まず不能を疑うだろう。ただし香水臭い女が嫌われるように、匂いが臭いレベルに達したら男は反応しない。

 そもそも俺は嫁第一なのだ。

 三人もいるので、夜の生活に困ったこともない。

 ゆえに商売女を求めたこともなければ、どこに遊郭があるのかも知らなかった。俺が行かないからといって遠慮する家臣もいるが、男の生理現象だけはどうしようもない。行きたい奴は行けばいいし、病気をもらってきても自己責任である。

「おい、早くどけよ」

「た、助けてください。お願いします」

 押しのけようとしたら、ひしっとしがみつかれた。

 赤い襦袢から白い手足が覗いていて眼福、もとい目の毒である。草履どころか足袋もない裸足は泥だらけで、明らかに「訳アリ物件」だ。

 うむ、困った。

 乱れた髪に濃い化粧、潤んだ瞳が俺を見つめる。

 将軍家に関わるようになってから、下心満載で近づいてくる女が増えた。そんなの別世界の話だと思っていたが、今の俺は織田信長だからなあ。そりゃあ男にも女にもモテまくって大変なんだぜ、はは。

 なんて現実逃避していたら、女がはっとした。

「う、うつけ先生!?」

「……お前、まさか」

「見つけたぞ!! おい、こっちだ!」

「ああ、面倒臭えなっ」

 舌打ちをして、女と一緒に立ち上がる。

 逃げ足に自信がないから、足手まといを抱えて追手を振り切るのは不可能。バタバタと足音が近づき、五人ほどの男たちが群がってきた。どいつもこいつも人相が悪い。女衒ぜげんか、その関係者だろう。

 女が強くしがみつき、男たちの視線がこっちに向く。

「なんだ、てめえは」

「テンプレ乙」

「ああ!? 命が惜しかったら、そいつを寄越しな。ったく、俺たちだって商売があるんだ。あんたも分かるだろう? 客から信用を失えば、俺たちゃお終いだ。そいつも、そいつの親も納得ずくで話はついてる。だったら、契約通りに働いてもらうのが筋ってもんだぜ」

「確かにな」

 俺が同意すると、男たちはホッと表情を緩めた。

 逆に女は愕然として、しがみついていた手を離そうとする。諦めずに俺を説得しにかかると思いきや、諦めることに慣れてしまったのだろう。俯いてしまった顔から表情は窺えない。

 だらりと下がった手を、掴む。

 そして男たちへ見せつけるように持ち上げた。

「いくらだ」

「あ?」

「気に入ったから買い取る。これでも金に困っちゃいないんでね。言い値で払うぞ」

「……嘘じゃねえだろうな?」

 男の一人が目を眇めて問うてくる。

 そこそこ仕立てのいい着物の中身は、平凡顔の地味男だ。腰に名刀『圧切長谷部』を差しているとはいえ、女衒にそっちの目利きがあるかどうかは分からない。適当なことを言って奪われたら、後々面倒なことになる。

 少し考え、俺はニヤッと笑った。

「前田の風来坊は知ってるか? 慶次って奴だ」

 よく京で遊んでいると聞いた。

 先日も織田屋敷で会ったばかりだし、まだ洛中のどこかにいるはずだ。男たちも聞き覚えのある名前らしく、分かりやすく動揺してくれた。その隙に逃げるという案も脳裏をかすめたが、身売りされたらしい女の扱いに困るだろうことは分かり切っている。

 ちらりと顔色を窺えば、困惑した眼差しが返る。

「あんた、前田の旦那の知り合いかい?」

「待て。それが本当かどうかは分からねえだろ。旦那の名を借りて悪さをする奴らだっているんだ。このまま逃げられたら、女に払った金が無駄になるぞ」

「だったら、貴様らの店に案内してもらおうか」

「えっ」

 驚いて声を上げたのは、逃げてきた女だ。

 イヤイヤと首を振るのを黙殺し、俺は女衒たちに向き直った。

「金は払うが、今は持ってねえんだよな。ここで素性を明かしてもいいが、それはそれで面倒なことになる。慶次の奴は今、京のどこかにいるはずだ。呼んで来い」

「は、はあ!? てめえ、旦那を呼びつけるたあ」

「……本当に、知り合いなんだな?」

 気の短いのと冷静なのがいるようだ。

 こめかみに傷のある男をリーダー格と見て、俺は目線を合わせた。女受けしそうな顔立ちに刀傷があるおかげで、妙な凄みを帯びている。他の男たちが大人しくしているので、それなりの立場にあるのは間違いない。

 じろじろと値踏みされるが、俺は笑みを固定した。

 これでも前世で営業職だったのだ。多くの家臣を抱えるようになった今生では、腹の探り合いが得意な奴らのおかげで表情筋が鍛えられている。ボキャブラリーが少ない俺は、むしろ饒舌に語らない方が得をする。

 問いに答えない俺に、傷の男はフンと鼻を鳴らした。

「来い」

「もしも嘘だったら、……分かってるだろうな?」

「止めろ」

「へ、へい」

 明らかな年下相手に、人相の悪い男がペコペコする。

 どこかで見たような気がしたら、俺と家臣どものやり取りだった。それも譜代家臣じゃなくて、後から臣従してきた方だ。権力を笠にきて威張りたい奴はどこにでもいる。

 店に戻ると分かって肩を落とした女に、耳打ちした。

「大丈夫だ」

 ぱっと顔を上げる。

 希望を見つけたと言わんばかりの表情に、ようやく名前が思い出せた。女に学問は必要ないという風潮がある中、特別枠として織田塾に入ってきた少女がいたのだ。基礎教育の一年間だけで卒業していったが、男顔負けの気迫の持ち主だったから印象に残っている。

 身売りをするほど、貧しい家だったのか。

 京で会えたのも何かの縁だ。

 肩を引き寄せ、頭をぐりぐりと撫でてやる。あれから何年も経って、もうすっかり一人前の女だ。谷間と呼ぶには物足りないそれを眺めていると、彼女は慌てて胸元をかき寄せた。


**********


 遊女のはじまりはよく知らない。

 江戸時代の吉原が有名だが、戦国時代も詳しくない俺がどういうシステムだったか覚えているはずもなかった。傷の男が向かったのは「傾城屋」と呼ばれる遊郭で、なんと幕府公認の店である。定期的に税を納めていて、幕府の人間が客として来ることもある。

 その店は「原屋」といった。

「遊女は興味ない、と言ってなかったかい?」

「たまたまだ」

「ま、大体の話は聞いてるよ。あんたらしいや」

 憮然としたままの俺に笑い、慶次はぷかりと煙草をふかした。

 すっかり宵も更けて、辺りは静まり返っている。

 赤が基調の豪華な部屋は、お得意さん用の特別室だという。尾張三郎の名で呼びつけたら、たちまち慶次がすっ飛んできたのだ。半信半疑だった男たちもこれには驚き、俺の正体が「尾張の大うつけ」だと聞かされて爆笑していた。

 まあ、信じないよな。普通は。

 尾張三郎は慶次のダチということで、特別待遇である。

 店の者と一通りの話し合いを終えた後、原屋の太夫とお鈴が残った。

 お鈴は津島の商人のところへ嫁ぐはずが、何かの手違いで人買いに捕まり、女衒の手で京まで連れてこられたらしい。どうやら初めての客が嗜虐趣味で、こっそりと逃がされたところに番頭が気付いた、というわけだ。追われ逃げた先で俺にぶつかったんだから、人生はどう転ぶか分からない。

 太夫は遊女の最高格だけあって、美しい女だ。

 身なりを整えたお鈴もなかなか可愛いが、豪奢な装いに身を包んだ太夫は別格な感じがする。見られるのが当然、といった態度も彼女なら許されるのだろう。ならば、と遠慮なく眺めることにした。金は払っているし、美しい女は嫌いじゃない。

 その太夫は慶次の隣に侍り、完璧な笑顔で微笑む。

「店の手違いでありんす。禿が、お座敷を間違えんした」

「わざと間違えさせたんだろ?」

「わっちは知りんせん。そんなことより、お鈴はどうなるのでありんしょう。そこな旦那が買うと聞きんした」

「いや、店ごと買うことにした」

「え?」

 ぽかんとする二人の女、ぶはっと噴き出す慶次。

 どんなに綺麗事を並べたって、どんなに細かく法律を作って犯罪をなくそうとしたって、完全にゼロにすることは不可能だ。少なくとも俺の力で、身売りを止めさせるには限度がある。お鈴を助ければ、男たちは遊女を逃がした咎を受ける。

 遊郭の存在は悪だと思わない。

 必要とする者がいる限り、遊郭がなくなることもない。

 それなら、遊郭のシステムを良くすればいい。織田塾で算術と読み書きを覚えたお鈴なら、店番もできる。女のマネージャーがいることで、遊女の悩みも聞いてやれるだろう。他の店や幕府から目を付けられても困るので、表向きは何も変えない。

 ただ遊女が人間扱いされるように、監視はする。

「上得意なら特別室に入れるしな」

「前田様は特別ですえ」

 太夫が慶次に寄り添えば、お鈴が俺にくっつく。

「うつけ先生だって、特別です!」

「お鈴はその呼び方を止めような。素性がバレる」

「あっ、ごめんなさい」

「なんなら、ここに情報を集めるかい? 忍だけじゃ集められない噂や裏事情なんかも、ここで調べてもらうことができるぜ」

「貴様の神出鬼没っぷりはそれか」

「いやあ、ははは」

 笑って誤魔化す風来坊をじろっと睨んだ。

 飲む打つ買うの三拍子揃った遊び人を気取っていても、生まれ持った性格はそうそう変わらない。京の町で慶次の名を出したのは初めてだが、かなり慕われているのは分かった。俺のことを笑えないくらいに、あちこちで人助けやお節介を焼いているのだろう。

 それでも利家とおまつのために言っておく。

「あんまり心配かけんなよ。禿げ犬なんか見たくもない」

「大丈夫、みんな禿げてる」

「そっちじゃねえ!」

 とんとんと額を示すので、思わず叩いた。

 イテッと呻く慶次を太夫が親しげに介抱している。あれ? これってもしかするんじゃないのか。本気で惚れたらダメな人間だぞ、慶次は。って分かっているんだろうなあ。太夫の座を掴むくらいだし。

 ふと、お鈴と目が合った。

 彼女も太夫の想いは気付いているようで、小さく首を振る。そしてコテンと俺に体を預けてきた。そういえば、初めての客とか言っていたな。俺の記憶が確かなら、まだ十代半ばだ。商人の妻になるはずが遊女になり、俺の都合で店の管理をすることになった。

 申し訳なさが募って、頭を撫でてしまう。

「同情するなら抱いてください」

「無理」

「うわあ、即答した」

「女心が分かりんせんお人でありんす」

「反応しないんだから仕方ねえだろ! ちゃんと金は払うし、一晩付き合ってやるから」

「じゃあ、抱いてください」

「あーもー!!」

 結局どうしたかというと、お鈴を抱き枕にして寝た。

 一日くらいなら平気だが、三日以上寝不足が続いたらクマが出る。せっかく遊女という情報屋をゲットしたのに、彼女たちに怖がられて泣くのは避けたい。そのうちに原屋以外にも俺用の特別室が設けられて、遊女の避難所として使われるようになった。

 安全牌として認識されたようだ。

 いや、本当に勃たないから。

 襲われても撫でられても可愛がられても反応しないので、娘たちの練習台にさせられたのはここだけの話である。うむ、どうしてこうなった。

本編でノブナガ独自の情報源として登場させたかったので、先行公開してみました。お濃さんたちが「女遊び」を疑う原因はコレです。京での滞在中はちょくちょく「原屋」に入り浸っていました。


ノブ「遊び人の尾張三郎たぁ、俺のことだ!」


本人は強くないんですが、どこからともなく現れたプロ集団によって「成敗」されます。たまに慶次と二人で飲み歩いたり、飛び入りで創作料理ふるまったり、お祭り騒ぎを起こしたり、消火活動に奔走したりします。サイボーグな京奉行は全てお見通しです(必要経費は織田家から出る)

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