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うつけ殿、桃の節句を祝う

拍手お礼画面から再掲

 弥生の3日は、女の子の日だ。

 そして俺には愛する妹・お市がいる。

 憎きバレンタインの赤から、ピンク色の世界に変わった途端になんだか肩身が狭い思いをしたのも遠い昔だ。生まれる前だから当然か。

 雛祭りの俗説は俺も知っている。

 早めに雛段を飾り、早めに片づけると早く結婚できるというものだ。お市が将来的に二度の結婚を経験するだろうことは知っているが、早く結婚してほしいとは思っていない。

 遅ければ遅いほどいいが、行かず後家と呼ばれるのも哀れだ。

「というわけで、流し雛用の人形を作っているなう」

「なう?」

 可愛らしく首を傾げる嫁。

 私室にいないので、お市のところにいるだろうとアタリをつけたらしい。さすがの推理力であるが、美濃国には流し雛の風習はなかったのだろうか。

「お市の雛壇は末森城にあるらしくてな。今から持ってくるのも手間だし、間に合わないから手作りしている」

「市もー!」

「簡単そうね。わたくしも作ってみたいわ」

「はい、お義姉さま」

「ありがとう、お市」

「えへへ」

 今日も仲良しさんで何よりだ。

 俺たちの前には色とりどりの千代紙があった。贈り物として届いたが、使い道がないので行李にしまい込んだまま忘れていたそうだ。

 作り方は紙を折って、貼るだけである。

「いつでも餅が食べたいから、もち米も育てられねえかな」

「育て方分かるの?」

「イネ科の植物だし、苗さえあれば何とかなる。とはいっても、米菓はうるち米で作るからなあ。きちんと管理できる奴に任せないと」

「むう。お兄様、ちゃんとつくって!」

「あ、悪い悪い」

「ご歓談のところ、申し訳ありません。池田様がお見えです」

 いいタイミングだ。

 すぐに入ってくるよう許可を出すと、大事そうに何かを抱えた恒興がやってきた。

「竹籠と、これは……灯篭かしら」

「できるだけ小さいものをという指定でしたが、これらでよろしかったでしょうか」

「お市」

「はーい」

 元気よく返事をしたお市が、籠に雛人形をそっと置く。

 赤い柄が女雛で、青や黒を使った柄を男雛に見立てた。少し重なってしまったが、仲良さげな感じがして悪くない。灯篭は障子紙の部分に、人形を糊で貼りつける。

 恒興は俺たちの作業をじっと見て、頷いた。

「なるほど。こう使うのですね」

「どちらも川に流すものだが、灯篭の中に入れる蝋燭は用意できそうか?」

「百は用意できるそうです」

「多すぎだ! どんだけ流すつもりだよっ」

 紙製とはいえ、雛人形は十にも満たない。

 お市たちと共同作業するにしても、今日中に百も作る気にはなれなかった。早くも脱力感に襲われる俺をよそに、帰蝶がきらきらした目で灯篭を見つめている。

「素朴で、素敵」

「恒興。緊急招集だ。百人で十雛作れば、千雛になる」

「はっ」

 いきなり千代紙で雛人形を折れと言われても分からないだろう。

 そこで糊で固定していない見本を渡し、恒興にざっくりと折り方を教える。飲み込みの早い奴はすぐに綺麗な女雛を完成させ、俺の折った男雛に添わせた。貼りつける向きまでこだわり始めたので、早々に蹴り出す。

 時間がないんだっつの。

 こうしちゃいられない。俺も立ち上がりつつ、乳母を振り返った。

「お市に外出の準備をさせろ。俺は、灯篭を眺められるベストポジションを探しに行く。お濃も支度が必要だろ? その辺の川じゃ流せないから、遠出をすることになるぞ」

「ちょ、ちょっと待って。どうしてそういうことになったのか、よく分からないのだけれど」

「灯篭流しをやる!」

「流し雛でしょう!?」

 同じことだ。

 流し雛は妹のため、灯篭流しは嫁のため。

 無病息災の祈り、厄払いも兼ねている。節句の祝いは本来、そういうものらしい。子供が長生きできなかった時代から、縋るような思いで祈りを捧げてきたのだろう。

 まあ、俺に祈る神などいないが。


***********


 餅は餅屋という偉大な言葉がある。

 俺はうろ覚えの知識でチョコ作りを失敗したことも忘れ、菱餅の前に挫折していた。どうあってもピンク色が出ないのだ。黄色になってしまう。緑は見た目通りの発色ができて簡単なのに、赤すら出ないとは。

「ふふ、所詮は素人の手技。プロの染物師には負けるさ」

「おいしいよ? はい、お兄様」

「むぐ」

 可愛い妹に手ずから食べさせてもらう幸せ。

 ちなみに、愛する嫁へは俺が食べさせている。なんだか羨ましそうにこっちを見ていたので、試しにやってみたら素直に口を開けてくれた。餌付けって素晴らしい。

 両手に花の俺は大変ご満悦である。

 米菓は既にあったが、甘くないので砂糖を使った。持つべきものは裏技が使える商人のツテである。貞勝にバレると恐ろしいことになるので、秘密裏に行われた交渉の成果だ。

 サトウダイコンやサトウキビの栽培も視野に入れねばなるまい。

「その前に幕府との繋ぎがほしいなあ」

 将軍はどうでもいい。公家筋との面識がある文官が望ましい。

 明貿易で入ってくる品々は貴重なものが多く、どうしても高値になってしまうのだ。こっそり大陸行の船に紛れ込んで、ちゃっかり技術を盗んでくる仕事人がほしい。万が一に見つかった時の保険に、高位文官の関係が重要になってくるのだ。

「お兄様、また難しいことを考えてる」

「外交問題と趣味を一緒にするのはやめてほしいのだけれど」

「九鬼水軍のことか? あいつらは頭が固い!」

 俺は美味い魚が食べたいだけなのに。

 仏教の教えだか何だか知らないが、この時代の食事事情はやたらと制約が多い。衛生面や料理技術の理由から禁止しているのだろうが、坊主どもは正しい知識を持っているはずなのだ。不殺のために生臭を食べられないだけなのだ。

「ふこーへーだっむぐむぐ」

「揚げたものもおいしいわね」

 実は、那古野村の実験畑で菜の花栽培を始めた。

 植物性のヘルシーな菜種油である。胡麻油が存在しているので、俺の中途半端な知識でも精製できた。菜種油も普通に作られているはずなのだが、食べ物を油で揚げるという感覚がないらしい。

 基本的に煮る、焼くの二択だ。

 味付けは塩だけで、香草の発想がない。腐敗防止などの知恵もあるにはあるが、おいしく食べるための知恵が発達していないのは嘆かわしい。

 日本人の食文化よ、もっと熱くなれよ!

 俺の豊かな食生活のために。

「灯篭、まだ流れているな」

「そうね」

「市、眠くなってきちゃった……」

 有志の活躍で、どんどん川に流しているはずだ。

 もうかなりの時間が過ぎたのに、まだ灯篭が流れてくる。最初のうちは綺麗だなんだと騒いでいたのも、今ではすっかり飽きてしまった。花より団子とはよくいったもので、団子や米菓に酒が瞬く間に消費されていく。

 財源が心配だって?

 俺だって学習するのだ。今回は完全ボランティアで、必要なものは参加希望者から接収した。声をかけた以上の、数倍の人間が集まっているが知らない。俺は知らない。

 後で聞いたことだが、灯篭流しは鎮魂の儀式でもあるようだ。

 俺はまた戦をするだろう。

 情勢が落ち着いた時にはまた、こうして灯篭を流すのもいいかもしれない。死んでいった者たちの悲しみで、生きている者の心がいつまでも囚われないように。

「見ていてくれよな」

 俺は神に祈らない。

 腕に愛しい者たちを抱きながら、先に逝ってしまった者たちに祈る。

 新しい人生を歩むまでの間でいいから、俺の大事なものを守ってくれますように。

 切に、祈る。

コメディ色を強くしたかったのに、シリアスのまま終わりました。

中途半端なのは否めない。

本編であまり食事事情に関して触れていないので、こっちでやらかしています。油の精製に関しては詳しく調べていないので、間違っている部分がありましたらそっとお知らせください。

お市のことを書くたびに長政と勝家のことが浮かぶんですが、本作で彼らをどうするかは未だ悩みどころです。

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