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津島の盆踊り大会

63話として入れる予定でしたが、本筋に直接関係ないので移動

 俺は野郎どもを引き連れて、津島に来ていた。

 織田家当主として政務の一環であるため、ちょっと大きな団体さんだ。

 周りを固めるのもお供でなく、ちょっと違う面子が揃っている。その中に爺の息子である平手久秀の姿もあった。どうやら前野将右衛門長康、飯尾近江守定宗に連れてこられたらしい。定宗は飯野姓を名乗っているが、親父殿の従兄弟にあたる。長康の方は、実名を「坪内光景」という。

 共に一癖も二癖もある変わり者だ。

「はあ、賑わっとりますなあ」

「尾張で随一といわれる商人の町だからな」

「ほほほ。そう褒められると、悪い気はいたしません」

「本当のことだろ」

 俺は嘘が苦手だ。

 しかし、そういうのは堂々と言うものではない、と舅殿から叱られた。

 蝮の道三と呼ばれる男のように、腹に一物抱えている者は探りを入れるのが自然にできてしまうという。嘘が苦手だと言われれば、そう信じ込ませて何を得ようとしているか考えるらしい。

 疑いを抱かせることまで計算に入れているのでは、と一時期考えたこともあるとか。

 舅殿はどこまで俺を過大評価しているのか。

 尻がむずむずするから止めてくれと帰蝶に頼んだら、へそを曲げられてしまった。由宇に言わせると、嫁いできた頃から舅殿と俺が仲良しすぎて嫉妬していたそうな。

 えっ、そんな話聞いていないぞ。

 とかいう流れで、愛する嫁は天岩戸へ閉じこもってしまった。

「男ばかりで押しかけてすまないな、津島の」

「いえいえ、清州の殿様自らいらっしゃるだけで身に余る光栄にございます。それにしても盆踊り大会とは、また面白いことを考えられましたなあ」

「最近、戦続きで皆も気が沈んでいるだろう。ここでぱーっと遊んで気晴らしをするのだ」

「なるほど! 妙案でございます」

 この辺りの会話は、事前に打ち合わせ済みだ。

「おい、弥三郎。見物するのもいいが、夜には戻って来いよ」

 キョロキョロとせわしない男の背に、一益の手が伸びる。

 襟首を掴まれて、大げさな悲鳴を上げる馬鹿は祝重正という。住所不定のフリーターだというので、俺が拾ってきた。目下、一益が教育中である。

「くだらない」

「くだらないとは何です? 腹でも下りましたか、粗忽者」

「はあ? そんなわけないでしょう。何を言い出すんですか」

「なんとなくです」

「……っ」

「止めよ、五郎。そいつにまともな理屈は通らぬ」

「おや、失礼なことを仰る。わたしは常に! 正しく! 美しく!!」

「あー、分かったわかった。お前が正しい、そうだな? 五郎」

「はい」

 非常に不本意であると言わんばかりの久秀が、応じる。

 平手の一族も織田家の重臣だとはいえ、俺との仲が微妙なのは周知の事実だ。とはいっても爺の子供たち全てが批判的というわけでもない。最も反抗しているのが五郎右衛門久秀である。

 それにしても意外だったのが坪井、もとい前野長康。

 見た目は凛々しくモテ系武士なのに、中身がオネエだった。

 派手好みの傾奇者で女物を好んでいるのとは違う。仕草の一つ一つは洗練されていて、指先にいたるまで美しい。しなを作る柔らかい動きが女性的なのに、顔は普通のイケメン。

「おや。そんなに見つめられると、恥ずかしいです……」

 前言撤回、こいつはただの変態だ。

 くねりと体をひねる長康を、久秀が嫌悪感もあからさまに避けている。処置なし、と定宗が溜息を吐いたところで本日の宿に着いた。

 二階建ての大きな建物が重厚な風格を醸している。

 那古野村で建築にも関わった――俺は見ていただけだ――から、この時代で二階を作る難しさを知っていた。華美な装飾を省いているために地味っぽく見えるが、大きな地震に耐えうる構造で作られている。二階の窓は大きく、そこから眺める夜景はさぞ美しいだろう。

 木造の深い色合いが、時代の重みを感じさせる。

 おそらくは津島の老舗旅館か。

 一歩入った途端、従業員が揃って出迎えそうな入口に前世の小心者がびくびく怯えている。俺はまあ、慣れているから平気だ。絢爛豪華な清州城に比べれば、何でも小さく見える。

「立派な宿だな」

「ええ、もちろん殿様をお泊めいたしますので、最高の宿をご用意させていただきました。貸し切りですので、ごゆるりとお寛ぎくださいませ」

「ふん、当然だ……いってえな、おかま野郎が」

「カマを掘られたいのなら、お望みどおりにしてあげますよ?」

「ち、近寄るな!!」

「……世話を掛ける」

「いえいえ、あれなら退屈なさいませんでしょう」

 このジジイ、完全に面白がっている。

 豪胆でなければ、津島商人の元締めなどやっていられないのだろう。商人といえば、ふっくらした恵比須のような姿を想像するが、いたって無害そうな好々爺だ。あくまで見た目はそうだ、という注釈が付く。

 その証拠に一益と定宗が時折、油断のない目で会話を聞いている。

 ぎゃあぎゃあ騒いでいる久秀はともかく、弥三郎と長康も何かしら考えていることはあるようだ。夜までゆっくり午睡でもと思っていたが、そうもいかないらしい。こっそり溜息を吐いた。


**********


 灯篭がずらりと並ぶ津島の大通りにて。

「おおっ、昼間のように明るうて目が潰れそうですなあ」

「つぶれろ」

「おっと、そう来るとは思いませなんだ。若様、いやいや新家老様はちょっぴり機嫌斜めの様子と存じます」

「うるさい!」

「おお、おお! 鬼が怒っておりますぞ。怖い、怖い」

 俺の家臣、鬼が多すぎるんだよなあ。

 盆踊りと仮装大会を混ぜたので、人でごった返す大通りはまさしくカオスだ。魑魅魍魎の巣窟といったら可哀想か。仮面舞踏会のように、様々なお面を被っている者が大半を占める。

 急な告知で、用意できたのがそれくらいというわけだ。

 面師はさぞ儲かったことだろう。

「とても美しいですね、ふふふ。ようやく、この目で見ることが叶いました。予想以上です」

「お前……」

 意外にムキムキだった。脱げばスゴイ前野長康は、弁慶の扮装だ。

 同じく弁慶風の荒法師姿になった定宗は、さっきから目を合わせてくれない。まあ、気持ちはわかる。さっきまで髭の生えた地味男だったのが、白い薄布をまとった美女に変身してしまったのだ。

 中身が分かっていると、非常に微妙な心地になるだろう。

 俺だって一益組のように餓鬼か、久秀らのような鬼を演ろうと思っていた。

「けーん、けーん」

 そこで鷺になりきっている弥三郎は置いといて。

 長康の猛反対で、三度目の女装をするハメになったのだ。衣装と化粧を担当してくれた幸によると、イメージは天女様らしい。赤い襦袢に白い着物と白い布と白い何かをたくさん重ね合わせて、神秘的な印象を出す工夫をしたという。

 成程、よく分からん。

 一仕事を終えた幸は、番犬よろしく外で見張りをしていた弥五郎が連れていった。

 盆踊り会場の津島神社へ向かったのだと思われる。

 身分違いの恋よりも、目の前にある運命に気付いてほしい。

 勝手なことだが、そんな風に願ってしまう。なんたって俺の可愛い妹分だ。その辺の奴にくれてやる気はないが、弥五郎は気概ある奴である。

「さあ、参りましょうか。麗しの君」

 姫と呼ばないだけマシかと考え、その手を取ろうとする。

 直前でパシッと振り払われた。久秀が割り込んできたのだ。長康から俺を守るように背で庇ってくれている。何を言っているのか分からないかもしれないが、そうとしか見えない。

 なんだこれ。

「この方は俺が連れていく」

「おや」

「五郎、お前……まさか」

「けーん!」

「姫、奴は危険です。さあ、お手を」

「……あ、ありがとう」

「あなたは声も美しいのですね」

 うっとりと微笑む久秀。

 完全に勘違いしているぞ、これ。どうするんだ、一体。こっそりと定宗を伺えば即座に目をそらされ、弥三郎は鳴くのに忙しく、長康は完全に面白がっている。残る一益はとっくに会場へ向かったのか姿が見えない。

 従者の方々は見惚れている者、定宗と同じ行動に出る者に分かれた。

 マジでやらかした。

「姫?」

「お、大野とお呼びくださいませ」

「大野さんですか」

 再びの微笑。

 久秀はそれなりに整った顔立ちなので、爺も若い頃はイケメンだったのだろう。ちょっと見たかったな、親父殿と並んで目の保養だって女たちが騒いだだろうなと上の空で考える。

 色不異空、空不異色。色即是空、空即是色。

 この文言を叩きこんでくれた沢彦への感情を思い出し、少し冷静になれた。

 今回は煩悩退散ではない。おノブでなく、大野になりきるための無我の境地に達するのだ。頼もしい仲間たちは離反し、俺は孤立無援である。

 盆踊り大会は大いに盛り上がった。

 神社に匿っていた義銀たちはもういない。だが、皆はそんなことおかまいなしに騒ぎまくる。あちこちで笑顔がはじけ、天へ向かって多くの手が舞う。

 俺は特設お立ち台で、ひたすら踊り狂った。

 ど派手な扇子を振り回していた姉ちゃんたちを思い出してほしい。どこかに出雲阿国が紛れ込んでいないだろうか。一緒に踊ってくれたら、もう少しはマシな振り付けをできたかもしれない。

「すごかったよ、おノブ様! なんか鬼気迫ってた」

「ああ、燃え尽きたよ。真っ白にな……」

「ダメダメ。白粉落として、着物も脱いで。寝るのはそれから」

「うー」

 もう女装は嫌だ。封印する。

 誰に頼まれても、必要に迫られても絶対にやらない。劇的に外見が変わるから面白かっただけで、男に惚れられても全く嬉しくない。

 祭りフィーバーしすぎて疲れたせいか、城へ戻る道中はとても静かだ。

 ぼうっとあらぬ方向を見つめている久秀に向かって、俺はそっと手を合わせた。


平手五郎右衛門久秀ひらてごろうえもんひさひで:監物。信長の理解者であった父・政秀とは逆に、反抗期のような子供じみた態度で信長に反発する。反信長派にコナをかけられるも、義に反する行為を嫌うために強く拒否。根は真っ直ぐな性格。


前野将右衛門長康まえのしょうえもんながやす:但馬守。主人公にオネエ認識されているが、ちゃんと公的文書では坪内と署名しているし、基本的に慎重派で真っ当な考えができる常識人間。独自の美学を追及しすぎるがために時々言動がおかしい。


飯尾近江守定宗いいおおうみのかみさだむね:信秀の従兄弟で、信長の大叔父にあたる。口数は多い方でなく温厚な性格だが、怒ると怖いのは織田の血筋。

余談だが、盆踊りには息子の尚清ひさきよも同行していた。


祝重正はふりしげまさ:弥三郎。自らを道化と称する変わった男。親は尾張国の農民だったと思われるが、詳しい出自は定かでない。面白いことが大好きで、長康と馬が合う。信長についていくと退屈しない、という理由で家臣に加わった。

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