うつけ殿、コンクリートを作る
感想欄でいただいたアイディアを形にしてみました。
ひと通り調べてみたんですが、現実問題として色々ありすぎて頓挫したようです。
※弘治年間のお話です(三十郎が元服して、信包になっています)
オッス、俺ノブナガ。人呼んで、戦国時代のスプリンター。
前世で叩き込まれた現代日本の知識を使えば、神速で駆け抜けることだって可能なんだぜ。馬には負けるが、誰よりも早く風のように駆ける。
「あべし!」
「信長様ああぁっ」
小石に躓いて、ごろごろと転がった。
それなりにスピードが出ていたせいで、たくましい大樹と熱烈な抱擁をするハメになった。俺の激しさにびっくりした玉虫が消え失せるほどだ。
フッ、最速の名は貴様にくれてやるぜ。誇っていいぞ。
「なんで道のど真ん中に石が転がってんだよ! 街道整備サボってんじゃねえぞっ。責任者出てこい。即刻クビだ、クビ!」
「お、俺……打ち首になるんすか?」
蒼白になった利家を見て、成政が慌てて片膝をつく。
「信長様! さすがにそれは重過ぎると思います。罰は必定としても、今少しお考え直しください」
「俺を庇ってくれるのか、松。すまねえ、お前のことを誤解していたぜ!」
「何言ってやがる。てめえが打ち首になったら、街道整備の担当が俺に回ってくんだぞ。これ以上仕事が増えたら、寝る暇がなくなる!」
「俺と睡眠、どっちが大事なんだ!?」
「睡眠」
キッパリと断言する成政、犬のように飛びかかる利家。
この二人は喧嘩するほど仲が良い。いつか夕日がきれいな海岸で、飽きるほど殴り合わせたら仲直りするんじゃないかと思ったこともある。無いな。仲直りした翌日、あるいはその日のうちに新たな事案発生までがデフォルトだ。
応用的に、協力体制が成立する。
切磋琢磨する関係といえば聞こえがいいので、彼らは同期みたいに似た職場で働かせていた。いつか、五色の母衣衆で功を競うことになる。とはいえ、部隊の配置は長秀たちにお任せだ。
俺の役目は出陣前に鼓舞し、出陣後に「よくやった」と褒めるだけである。
ああ、丸投げって素晴らしい!
誰だよ、大将のくせに敵陣突っ込んでいく大うつけが何ぬかすと笑っているのは。いずれ天下に武を布く織田信長も、今は弱小大名なんですー。天下取ってやるぜと宣言しても、冗談や何かだと思われて笑われるのがオチ。
マジで一歩手前までいくんだぞ。本当なんだぞ。
「爺……、見ててくれよ。俺、頑張るからさ」
「見ろ! てめえが街道整備サボりやがるから、信長様が石に向かって喋りだしたぞ」
「いや、俺には分かる。あれはジイなんとかっていう石なんだ。さすが信長様、知識がハンパねえっす!」
「ただの石ころだろ。現実見ろよ、馬鹿犬」
「俺を犬って呼ぶんじゃねえ!!」
「じゃあ、利家って呼ぶわ」
「…………」
「泣くなよ、犬。それと、打ち首にしないから安心しろ」
「わん」
そこへ長康が颯爽と現れた。
「ふふふ、いつ見ても飽きませんね。実に微笑ましいです」
「あ、坪内サン。ちーっす」
「嫌ですねえ、もうお忘れですか? 私の名前は前野長康、特別に将右衛門と呼んでいただいてもかまいませんよ」
顎に指を添える仕草が、妙になまめかしい。
本当に黙っていれば普通のイケメンなのに、どういう育ち方をしたら戦国のオネエになったのか。今のところは女装に興味がないようで何よりだ。俺と並んで美女(?)二人の珍道中などと、まったく楽しくない。護衛いらずで側近たちも安心とか、俺が笑えない。
前野長康という名前はHNみたいなものらしい。
犬松コンビは彼が苦手なので、挨拶もそこそこに距離をとっている。オネエはオカマやニューハーフと呼ばれる人種と違って、そっちの性癖はノーマルだった気もするんだが。何か危険な香りでも嗅ぎ分けているのかもしれない。
「それにしても……、確かに石が多いですね」
「長康もそう思うか」
「す、すいません、信長様。俺の力不足で」
ここは東海道に繋がる主要街道の一つだ。
人通りが多い分だけ地面も固くなっているが、馬が掘り出す小石があちこちに転がっている。俺が躓いたのもそのせいだ。長距離を行く商人たちも、何度か草鞋を履き替えるという。
草鞋屋が儲かるのはいいとしても、コケると痛い。
ふと、よく転ぶ女のことが浮かんだ。
「つれないですねえ、この私がいるというのに。物思いに耽るなど」
「えっ、二人はそんな仲なんですか!?」
「ちげえよ」
「ふふふ、ご想像にお任せします」
「長康!」
「将右衛門と呼んでください」
「だが断る」
そんなことよりも街道整備だ。
町の上下水道に関しては分からないことも多いので、信盛と木下家に任せている。水路建設で何やら問題が起きているようだ。一家に一つ便所を用意するのは難しい。だが戦国大名の誰だったかは、便所で考え事をするのが癖だったという。
やっぱり他国へ研修派遣するか。
覚書にメモしつつ、林の向こうに見える山を見やった。この街道は平地にあった森を貫いているので、両側に木が生えているのだ。一定間隔で峠茶屋を置いたら、休憩スポットとして繁盛するだろう。
宿場町に着くまで、ノンストップで休憩なしというのは辛すぎる。
街道がデコボコしているのも疲労が溜まりやすい一因だ。一つ、二つと拾ってみたが、これらを全て排除するのは途方もない時間がかかる。
そして馬が飛ばしていく小石。
「うわ、あぶね!?」
「ぎゃっ」
「申し訳ありません! お怪我はありませぬか」
「ああ、気にするな。大したことはない」
「犬も歩けば石に当たる……」
当たった奴は不運とされるが、身分によっては処罰の対象になった。
そこで目を回している利家は丈夫だし、俺もこんなことで諍いの種を作りたくない。ぺこぺこと頭を下げる旅のご一行を追い払うようにして先を急がせ、俺は再び石を見つめた。
「どうしましょう、信長様? 街道を全て石畳にするわけにもいかないですよね」
「美しく石を切る技術が必要になりますよ」
「あー、そこまでの技量はさすがに」
なんと石を刀で斬る話になっている。
ウォーターカッターが発明されたのは現代になってからだ。
水の勢いで物を切る技術は画期的で、すんばらしいものだというのは今の俺なら理解できる。ポテチ食い散らかしながら、ぼへーっと見ているんじゃなかった。あれを少しでも理解しようと努めていたら、何かしらヒントを得られていたかもしれない。
「アスファルト……は、何か天然素材オンリーじゃないのが含まれていたよな。もっと古い時代から実用化されていた奴がいい」
「あ、信長様が始まった」
「何が始まったのですか?」
「昔っから、ああやって考え事する癖があるんすよ」
「ほう」
「まあ、ブツブツ唱えている内容はよくわかんねえんだけどよ。なんかすごいことを考えているのは確かだぜ」
「ローマン・コンクリートだ!」
「浪漫金栗徒? 食べ物っすか? すげえ美味いんすぶへ!?」
何故か目を輝かせる利家はハリセンで叩く。
ローマン・コンクリートとは、古代ローマで作られていたとされる天然素材のコンクリートだ。火山灰と石灰を混ぜ合わせたもので、水中建築にも使用できる優れものだ。現代になって数千年以上の耐久年数が評価されるようになり、再現法が模索されていた。なんで俺が知っているかというと、たまたま作り方を検索したことがあるからだ。
男には誰だって、封印しておきたい過去がある。
「日本だって火山列島だからな。火山灰は探せばあるはずだ。石灰は……石灰岩か。この時代では何て呼ばれているのか分かれば、素材は集まったも同然だ! 消石灰を作るための高火力炉も、たたら炉を借りれば何とかなる」
また木下か、加藤家に世話をかけることになるだろう。
だがコンクリートの製造に成功すれば、街道の利便性が格段に上がる。荷馬車が揺れて、中身がダメになる心配もしなくていい。雑草も生えないから、しぶとく生き延びた蔓に足をとられることもない。もちろん小石なんか使わないので、馬の蹄で起きる不幸もなくなる。
「素晴らしい!!」
「殿。その素晴らしいお考えに、私も一枚かませていただけませんか?」
「そうだな、長康は石灰を探してきてくれ。白くて粉っぽい石だ。アルカリ性……といっても分からんか。畑の肥やしに使ったりもする」
「肥やしになる石とは、面白そうですね。分かりました、この将右衛門にお任せください。必ずや御前に献じてみせましょう」
「期待しているぞ」
「ええ、私もどんな褒美がいただけるか今から楽しみです」
にっこりと微笑む長康に、ちょっと早まったかと後悔したくなった。
何を要求されるか分かったもんじゃない。無理難題を押し付けられないように、事情通の定宗辺りに逃げ道を聞いておこう。保険は大事。
すると利家が必死の形相で挙手をした。
「なんだ」
「火山灰探してくるっす!!」
「お前は石拾いしてろ」
「ええーっ」
「その石が、投石衆の大事な道具になるんだぞ。ついでに研磨しておけ。飛ばしやすくなる」
「ってことは俺が探してくるんですよね。火を噴いている山なんてありましたっけ?」
「噴火したことのある山なら、いくらでも積もっているはずだぞ」
「あの、特徴とか……」
「知らん」
成政はがっくりと肩を落とし、長康は意気揚々と素材探索に出かけて行った。
それなりに冒険譚もあったようだが、割愛する。自分が楽しんだのならともかく、他人の冒険にわくわくする年頃じゃなくなったのだ。二人は見事、目的のものを入手して帰還した。
「では、約束の褒美を――」
「よーし、信包! おっちゃんの所へ行くぞ」
「はい、兄上!」
「…………仕方ありませんねえ。この私が供をいたしましょう」
そちらも面白そうですから。
何故か上機嫌の長康を、信包が不思議そうに見上げている。興味を持つのはかまわないが、こいつの妙な趣味は学ばないでほしい。俺の密かな願いは裏切られ、師と仰ぐようになるのはまだ先のこと。
なんとか消石灰を作るに至り、今度はモルタルだ。
水で溶かしてドロドロにするわけだが、思ったよりも固まるのが早い。放っておくと表面から凝固が始まるので、疑似レンガとして成形することにした。
これなら地面に載せていくだけで、石畳モドキができる。
主要街道とはいっても、道幅は決まっていない。馬車が往復できる広さもあれば、大人が三人並ぶのが精々の狭い道もある。現代で行われている舗装工事のように道幅を統一するのも考えたが、それだと時間がかかりすぎる。
とりあえず、清州城から那古野城まで繋ぐ道を石畳化してみよう。
「豆腐が一丁、豆腐が二丁……」
「食べないで下さいよ、信長様」
成政をこき使っているせいか、態度がぞんざいだ。
ちなみに疑似レンガは、蒲鉾のように木材の上へモルタルを重ね塗りして厚みを作っていく。斬って成形するには刃こぼれが怖いので、最初から木材の形に合わせて盛る。
「石鹸が一個、石鹸が二個」
「セッケンってなんすか? 美味いんすか? あだっ」
「お前ら、なんでも食べ物に直結しすぎだろ!」
「だって信長様がうまいもん発明するし」
「だって信長様があまいもん作ってくれるし」
俺のせいか!? 俺のせいだな、確かに。
こういう時だけ結託する犬松コンビを恨めしく睨みながら、俺たちは疑似レンガを作り続けた。その数、ざっと三万個。同じ大きさの石に比べて軽いのがいい。念のために土にモルタルを塗って、疑似レンガを敷いていく。
街道を一時的に封鎖することになるため、馬廻衆総出の作業だ。
「足りん。全然足りんぞ!」
「半分も敷いてないっすよー」
「……また火山灰取ってくるんですか、俺」
ゲンナリとした面々を見やり、俺は考えた。
たたら炉は相当量の薪を消費する。この時代の木材は豊富にあるし、街道整備のために伐採した木材も薪として使えばいい。だが素材に対して、製造される疑似レンガの量が割に合わない。確実に貞勝からレーザービームをくらう案件だ。
いや、本当に出たら怖いから想像するのは止めよう。
「薄くしすぎると脆くなるだろうしな。土台にした木材はいずれ腐る」
「より硬い木材を芯にしてみてはいかがでしょう?」
「硬い芯がいいんなら、屑鉄も使えますよ」
「うーん、色々試してみるか」
軽い思いつきが、とんでもない結果を生むこともある。
こうしてコンクリート舗装する計画は、とんでもなく壮大なものになった。当初の目的である主要街道の全てを疑似レンガで埋め尽くす野望は潰えたが、じわじわと伸ばしていった那古野清州ラインは十数年の時を経て完成する。
その頃には双方の城の主も別の者へ替わっていた。
まあ、よくある話だよな!
前野長康(本名:坪内某)は津島盆踊り大会(小話集にて3/15更新予定)に出てきたオネエさんです。
変人枠を作りたかっただけなので、一般的な「オネエ」とは若干違うかもしれません。あくまでも主人公がそうだと認識しているだけです




