第一話 変人は変人を知る
割れ鍋に綴じ蓋、要は変人にも恋人や連れが出来るという事である、大抵の場合変人の恋人で上手くいくのは余程の善人か同じ位の変人なものだ。前者でも後者でも変わり者扱いされるが。
「ヤバい、遅刻する!」
1つにまとめた長い栗色の髪を揺らして走る高森細音はキュートで自分がちょっと他人と変わった事があると自認している社会人3年目、人と変わっている所があっても遅刻をすれば平等に怒られる。そんな平等な現実を身をもって知りたくないので、最寄りの駅へと全力疾走で遅刻しない電車に、駆け込み乗車寸前の乗り方で混雑している車両に入った。
(セーフ! これでサボテン課長にどやされなくて済んだ……)
一安心して音楽プレーヤーを取り出し、音楽を聴いていると、太ももに違和感を感じた。
(げっ、痴漢ですか……)
誤解かと思って少し様子を見ていたら、だんだんと動きが活発になっていき、身の危険を感じたその時。
「いででで!」
「刑法第174条違反です、これで4度目ですよね」
突然違和感が無くなり、振り返ると細音と歳が近い男性が、相手の肩を掴んでたたんだ腕を軽く引き上げて痴漢を拘束していた。
「違うんだ、ちょっとした出来心で……」
「やられた方はちっともちょっとじゃない、ゾウに軽く踏まれたらちょっとのケガで済む?」
細音が捕まえた男性の方を見ると思わずキュンとした、背は平均より少し高め、顔立ちは誠実そうな爽やかさがあり、結婚するならこういったタイプが良いと思わせる人物だった。
痴漢を警察に引き渡し、事情聴取が済んだ所で男性にジュースを渡された。
「綺麗なお姉さん、大丈夫ですか?」
「あっ、はいありがとうございます」
ジュースを受け取って一口飲むと、細音は少しホッとしたのか涙が零れそうになった。
「えっ、どうしたの!? オレンジジュース嫌いだった!?」
「違うんです、痴漢された時怖くって……」
涙が止まらなくなった細音に、ひたすらおろおろする男性はやがてカバンからツルツルのカツラを取り出し、頭にかぶった。
「某哲学者は言いました、カミは死んだ!」
突如一発ギャグをやり出した男性に、ポカンとしながらも、意味を理解した細音は軽く失笑した。
「ぷっ! ワタシが意味を理解出来なかったら変人ですよ」
「良いんだよ、ポカンとしているだけでもその時は悲しい事が忘れられるから」
カツラをカバンの中にしまい、男性は笑顔で自己紹介をした。
「ボクは有馬宗友です、そこそこの学者さんで、今大遅刻してどうやって謝ろうか考えてます」
「高森細音です、遅刻ギリギリで起きて痴漢にあって完璧に遅刻しました!」
あっはっはとひとしきり笑った後、2人は打ちひしがれた。お互い、痴漢騒動で遅刻を許してもらえる普通の上司ではなく、さっさと早めの電車に乗れというタイプの人間だったからだ。
「あの、一緒に謝りに行ってもらえませんか」
「その言葉ボクも使って良いですか」
2人は固い握手を交わし、先に細音の会社に行く事にした。
「サザ遅い! 二時間も遅刻して連絡なしなんて何年社会人やっているの!」
「すいませんすいません、痴漢にあって捕まえてもらった時に手続きとかで連絡取れなくて」
「じゃあ早めに起きて会社に来ればいいでしょうが!」
悲しい程予想通りの説教に、宗友が早速助け船を出した。
「すいません、高森さんの事は本当なんです、傷ついていたので許してもらえないでしょうか」
「誰よアンタ」
「痴漢を捕まえた当事者です」
「サザ、アンタは1人で説教を受けられないのか!!」
逆に油を注いだ宗友の助け船は見事撃沈し、2人そろって大説教を喰らった。
「何で、何でボクまで……」
「ごめんなさい、ホントにごめんなさい……」
気力をごっそり奪われた細音と宗友は何とか上司の許可を得て、宗友の学校に謝りに行った。
「またかお前! 4時間も授業サボってどこに行ってた!!」
「すいません、本当にすいません」
似たような説教をここでも受け、すかさず細音が助け船を出した。
「申し訳ありません」
「誰だね君は」
「痴漢に遭っていて有馬さんに助けてもらって色々と遅くなってしまったんです、どうか有馬さんを責めないでください」
「アンタのせいか! お前らそこに直れ!!」
同じく細音の助け船は撃沈し、似た内容の説教を1日で2回喰らった細音と宗友の心は昇天しかかっていた。
「この世に神も仏もいないね……」
「いるのは鬼上司を通り越した鬼ばかり……」
またもや2人で笑っていたが、元気さとは程遠い味わいがある笑いだった。
「お互い酷い上司ですね」
「とことん気が合いますね……」
「あの、もし良かったら今度お互いの上司の愚痴大会でもしませんか」
「良いですよ、今週の金曜日とかどうですか」
「じゃあ盛大に飲みましょう!」
お互いに電話番号を交換し、2人は職場へ戻った。これが周りをハラハラさせる変人夫婦の出会いだった。




