第一章 天使の秘密 第一話 雨の日の天使
「白雪さんって、本当に完璧だよな」
昼休み。
クラスメイトの誰かがそう言った。
その言葉に反対する人間は、この教室にはいないだろう。
窓際の席で本を読んでいる少女――白雪美琴。
整った黒髪。
透き通るような白い肌。
誰にでも優しく、勉強も運動もできる。
男子からは憧れの的。
女子からも人気が高い。
まさに学園の天使だった。
「別世界の人だな……」
俺――藤崎悠真は小さく呟く。
接点なんてない。
これから先もない。
そう思っていた。
少なくとも、この日の放課後までは。
◇◇◇
「雨か……」
学校を出ると、空から大粒の雨が降り始めていた。
朝の天気予報では晴れだったはずなのに。
俺はため息をつきながら鞄を頭の上に乗せる。
家までは徒歩十五分。
少し急げば問題ない。
そう思っていた時だった。
近所の公園のベンチに誰かが座っているのが見えた。
こんな雨の中で。
しかも傘も差さずに。
「誰だ……?」
気になって近づく。
そして。
「……え?」
思わず声が漏れた。
そこにいたのは。
クラスの天使――白雪美琴だった。
制服はびしょ濡れ。
長い髪も雨で張り付いている。
だが彼女は動こうとしない。
俯いたままベンチに座っていた。
「白雪さん!?」
俺は慌てて駆け寄る。
すると彼女はゆっくり顔を上げた。
「あ……藤崎くん」
普段の凛とした笑顔はない。
どこか弱々しい。
「どうしたんだよ!? 風邪引くぞ!」
「大丈夫です……」
全然大丈夫そうに見えない。
顔色も悪い。
「立てる?」
「たぶん……無理です」
「なんで!?」
「お腹が空いて……」
「は?」
一瞬、聞き間違えたと思った。
だが彼女は真剣な顔で続ける。
「朝から何も食べてなくて……」
「なんで!?」
「冷蔵庫に何もなかったので」
「買いに行けばいいだろ!」
「面倒でした……」
俺は言葉を失った。
今、目の前にいるのは本当にあの白雪美琴なのか?
学園の天使が。
完璧超人が。
コンビニへ行くのが面倒で餓死寸前になっている。
理解が追いつかない。
その瞬間。
ぐぅぅぅぅぅ。
盛大な音が響いた。
白雪さんのお腹だった。
彼女は恥ずかしそうに顔を赤くする。
「……聞きました?」
「聞いた」
「忘れてください」
「無理だろ」
◇◇◇
結局。
放っておくこともできず、俺は白雪さんを家へ連れて帰った。
「お邪魔します……」
玄関に入った瞬間。
彼女はその場に座り込む。
「限界です……」
「そこまでかよ」
急いでキッチンへ向かう。
冷蔵庫を開く。
卵がある。
ご飯もある。
なら――。
十分後。
オムライスが完成した。
テーブルへ置く。
すると白雪さんの目が輝いた。
「すごい……!」
「大げさだろ」
「いただきます!」
次の瞬間。
彼女は勢いよく食べ始めた。
ぱくぱく。
もぐもぐ。
そして。
「おいしい……」
幸せそうな笑顔。
学校で見せる完璧な微笑みではない。
年相応の少女らしい表情だった。
「そんなに?」
「はい……」
彼女はスプーンを握りしめたまま言う。
「誰かが作ってくれたご飯、久しぶりなので」
その言葉に、少しだけ胸が引っかかった。
いつものポンコツ発言とは違う。
どこか寂しそうだったからだ。
だが。
次の一言で全部吹き飛んだ。
「毎日食べたいです」
「却下」
「即答!?」
「当たり前だろ!」
白雪さんは心底残念そうな顔をした。
そして――。
「じゃあ明日も来ます」
「来るな」
「えぇ……」
天使なのに。
なぜこんなにポンコツなんだ。
俺は頭を抱えた。
その時はまだ知らなかった。
この出会いが、俺の平穏な高校生活を大きく変えることになるなんて。
そして。
白雪美琴以外にも、とんでもない秘密を抱えた美少女たちが次々と現れることになるなんて――。




