奪われた日
手を合わせる。
リデアは墓の前に立っていた。
淡い水色の髪
無造作に肩先くらいまで伸びている。
顔立ちは少年だが
その表情には何らかの決意が現れている。
「母さん——行ってくるよ」
風が吹く。
返事は、ない。
——あの日も、こんな風のように静かだった。
父の怒鳴り声が、家の中を叩きつける。
「帰ったぞ、、、」
「まだ起きてたのかガキ」
皿が割れる音。
壁にぶつかる鈍い音。
弱々しく小さく俯いている
母は、いつも謝っていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
何度も、何度も。
幼かった頃の俺はただ、
立ち尽くしていた。
何もできずに。
共鳴という魔法のようなものが使える
この世界で
無響者の母は、共鳴が使えなかった。
それでも、誰よりも優しかった。
——だから、好きだった。
あの日、父は帰ってきた瞬間からおかしかった。
酒の匂い。
濁った目。
いつもより、ずっと荒い息。
「なんで俺だけが……!」
怒鳴り声と同時に、空気が歪む。
父の体が、軋むように膨れ上がった。
骨が鳴る。
肉が裂ける。
——共鳴。
だがそれは、儀式じゃない。
ただの暴走だった。
理性のない“それ”が、そこに立っていた。
---
母の方へ、ゆっくりと近づいていく。
やめろ。
声が出ない。
体が、動かない。
足が地面に縫い付けられたみたいに、重い。
(動け、動け……!)
頭の中で叫ぶ。
でも、指一本すら動かない。
——届かない。
そのまま、“それ”は母に手を伸ばした。
音が消えた。
何かが壊れる音だけが、やけに大きく響く。
目の前で、母が崩れ落ちる。
赤が、広がる。
膝が勝手に落ちた。
息ができない。
「……あ……」
声にならない。
足音。
ゆっくりと、“それ”が近づいてくる。
このまま、終わるのか。
何もできずに。
守れずに。
——嫌だ。
胸の奥から、何かがせり上がる。
恐怖よりも強い、何か。
怒りだった。
気づけば、立っていた。
震える足で、一歩踏み出す。
拳を握る。
「……返せよ」
声が震える。
それでも、叫ぶ。
「母さんを返せよ、クソモンスター!!!」
その瞬間。
炎が弾けた。
視界が赤く染まる。
“それ”の腕が、宙を舞った。
「——間に合ったか」
低い声。
炎を纏った剣を持つ男が、そこに立っていた。
「ちょっと待ってろ、坊主」
「すぐ終わる」
男が踏み込む。
炎が走る。
一閃。
“それ”は、音もなく崩れ落ちた。
静寂。
焦げた匂いだけが残る。
「……生きてるな」
男はリデアを見下ろす。
炎が、ゆらりと揺れる。
力が抜けてその場に崩れ落ちる。
視界が滲んで、もう何も見えなかった。
五年後。
「母さん、行ってくるよ」
「……もう、何も奪わせない」
空を見上げる。
これは、少年が最高の共鳴師になる物語。




