「魔王と一緒に現代に転生したんだが」
止宮巡は、不登校の高校生だった。
外には出ない。いや、出たくない。
不登校で暇だから、家の中では誰よりも動いていた。
料理、洗濯、掃除。
親が帰ってくる頃には、全部終わっているのが当たり前だった。
誰にも何も言われない。
褒められることも、必要とされる実感もない。
それでも、手を止める理由もなかった。
「……まぁ、やるしかないしな」
呟いても、返事はない。
そんな生活を、どれくらい続けていただろう。
ある日、立ち上がろうとした瞬間だった。
ふっと、力が抜ける。
「あれ……」
視界が暗くなる。
床がやけに遠く見えた。
呼吸が浅い。指先が冷たい。
(あぁ……)
不思議と、焦りはなかった。
(もう、いいか)
そう思った瞬間、意識は途切れた。
『おめでとうございます!転生手続きが完了しました!』
やけに明るい声で、意識が引き戻される。
目を開けると、真っ白な空間だった。
その中心に、場違いなくらい軽い雰囲気の
女神が立っている。
『あなたは選ばれました!異世界に行って魔王を倒すのです!』
巡はしばらく黙ってから、口を開いた。
「……嫌です」
『はい?』
「やりたくないです。帰りたいです」
女神は一瞬だけ表情を止めて、すぐに笑顔を作り直した。
『大丈夫です!すぐ慣れますよ!』
「いや、そういう問題じゃ——!」
『では、行きましょう!』
「は?」
説明はなかった。
拒否権もなかった。
視界が歪む。
『頑張ってくださいねー!』
その声だけが、やけに遠くまで響いた。
最初に感じたのは、痛みだった。
土の上に転がっていた。
身体は重く、息をするだけで喉が焼ける。
「……最悪だ」
目の前には、牙を剥いた魔物がいた。
考える暇もなく、巡は近くに落ちていた剣を掴んだ。
振り回す。
当たる。
何かが裂ける感触。
気づけば、魔物は動かなくなっていた。
荒い呼吸だけが残る。
(……生きてる)
それが分かった瞬間、遅れて震えが来た。
怖かった。
今さら、どうしようもなく。
それでも。
「……帰るためだ」
誰に言うでもなく、呟く。
ここで死ぬわけにはいかない。
元の場所に戻るために。
それだけを理由に、巡は立ち上がった。
それからのことは、あまり覚えていない。
ただ、何度も死にかけたことと、
二度と戻れないと思った夜があったことだけは、覚えている。
仲間ができた。
別れもあった。
戦って、勝って、また戦った。
気づけば、魔王討伐軍の最前線にいた。
そして、決戦の日。
崩れかけた魔王城の奥。
静まり返った空間に、彼女は立っていた。
魔王――ルミ・バレンシュタイン。
黒髪。長身。整いすぎた容姿。
ただそこにいるだけで、空気が張り詰める。
『お前たちは、私を倒しに来たのか』
静かな声だった。
巡は剣を握り直す。
「ああ……そうだ」
それ以外に、答えはなかった。
ぶつかる。
剣と魔力が衝突し、空間が軋む。
何度も斬り結び、何度も弾かれた。
強い。
圧倒的だった。
それでも。
「…………帰るんだよ、俺は!」
叫びと共に踏み込む。
その瞬間、魔王の瞳がわずかに揺れた。
剣が届いたのか、弾かれたのか、分からなかった。
ただ、何かが決定的に変わった——そんな感触だけが残った。
そして——
光が、すべてを飲み込んだ。
目を開ける。
最初に飛び込んできたのは、空だった。
やけに青い。
「…………は?」
背中に固い感触。
アスファルト。熱がじんわりと伝わってくる。
ゆっくりと上半身を起こす。
道路の真ん中だった。
「…………いや待て」
遠くでクラクションが鳴る。
誰かが叫んでいる。
「危ない!!」
振り向いた瞬間、トラックが急ブレーキで目の前に止まった。
タイヤの焼ける匂い。
「っ……!」
現実だと理解するより先に、体が強張る。
(戻ってきた……?)
状況を整理する暇もなく、
——一気配。
すぐ近く。
背筋に、あの感覚が走る。
ゆっくりと視線を向ける。
そこにいた。
黒髪。長身。
場違いなほど整った姿。
ルミ・バレンシュタイン。
魔王は周囲の喧騒を一瞥し、静かに言う。
「…………どこなのだ、ここは」
巡は、引きつった顔のまま答えた。
「…………多分、日本」
その言葉に、魔王はわずかに目を細める。
周囲の人間たちがざわめき始めていた。
スマホを向ける者もいる。
「コスプレ……?」「撮影?」
ざわつきが広がる。
沈黙。
次の瞬間。
——パチッ!!
頭上の信号機が、突然火花を散らした。
赤信号が点滅し、次の瞬間には完全に消える。
「…………え?」
巡が顔を上げる。
その原因は すぐに分かった
魔王の指先から、黒い靄のようなものが滲み出ていた。
空気が、微かに歪んでいる。
「…………ほう」
ルミは自分の手を眺め、わずかに興味深そうに呟いた。
(こいつ……無意識でやってるのかよ)
巡の背筋に冷たいものが走る。
「ちょ、やめろ」
反射的に声が出た。
「ここでそれ使うな!」
その瞬間。
周囲で悲鳴が上がる。
「信号が壊れた!?」
「なに今の!?」
クラクションが鳴り響き、車が急停止する。
一歩間違えれば、事故になっていた。
巡は顔をしかめた。
最悪だった。
——いや、まだ最悪じゃない。これからもっと酷くなる。
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