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第41話:梅雨の合同演習と帝国のエリート ~期末テストは泥遊びで判定されます~

今回から長編に突入です。

「……湿気しけってるな」


大型魔導バスの窓から見える景色は、どんよりとした鉛色の雲に覆われていた。

6月中旬。ここ極東の島国特有の梅雨の季節だ。


「嫌ですねぇ、ジメジメして。機材が錆びるし、回路の導通も悪くなる」


俺は座席でぼやきながら、愛用の工具袋を抱きしめた。

今日から二泊三日、第7管区・山岳演習場で行われる『合同野外演習』。


「しかも、これが期末実技試験の代わりだなんて……」


そう。今回はただの交流会ではない。

1学期の実技成績の60%が、この合宿の成果で決まる。

奨学金を維持し、平穏な夏休み(長期休暇)を勝ち取るためには、絶対に赤点は許されないのだ。


「あら、そうかしら? 私は航くんと一緒なら、雨の日も悪くないわ」


隣の席で、一条葵が当然のように俺の腕に絡みついてくる。

彼女の体温と湿度が合わさって、俺の不快指数は鰻登りだ。


「先輩、蒸れるんで離れてください。カビが生えます」

「んもう、照れ屋さんなんだから。……クッキー食べる?手作りよ。はい、あーん」

「……自分で食います」


俺は無表情でクッキーを受け取った。

後ろの席では、凛とカイが「あの二人、またやってるよ……」という顔で呆れている。



バスは山岳演習場の麓にある管理棟へ到着した。

ここで、俺たち一般生徒(受験者)と、規格外(VIP)の二名は別行動となる。


「あら残念。私たちはあっちの迎賓館で、温泉と限定パフェを楽しんでくるわ」


バスを降りないエスティアが、窓から優雅に手を振った。

隣のリリスも、既に観光ガイドブックを読んでいる。


「航、お土産(魔物の首とか)期待してるわよ? 落第したらお仕置きだからね」

「お土産のセンスが怖いです。……いいなぁ、俺もそっちに行きたい」


教会と学園の協定により、「神と魔神がダンジョンに入ると、恐怖でダンジョン自体が消滅(自壊)する」という懸念から、彼女たちは試験免除。

山頂の高級ロッジでの監視付きバカンスが決定しているのだ。


「ズルい……俺も有給取ってパフェ食いたい……」


俺の嘆きは、無情にも演習開始のサイレンにかき消された。



演習指定地である河川敷エリアに到着すると、そこには既に別世界の住人たちがいた。


純白の軍服風制服に、金銀細工の施された杖。

泥一つない磨き上げられたブーツ。

国内屈指のエリート校『帝国学術院インペリアル・アカデミー』の生徒たちだ。


「やあ、王立の冒険者(ダンジョン専門学校)の諸君。ずいぶんと泥臭い作業着がよく似合うな」


一行の中心から、金髪の長身男子が歩み寄ってきた。

帝国の生徒会長候補にして、Sランク至上主義の筆頭、レオだ。


「ここは神聖な試験会場だ。ゴミ処理場じゃないんだが?」


その隣で、参謀役の女子生徒――シルヴィアが冷ややかな視線を向ける。


「レオ様、失礼ですよ。彼らは冒険者(肉体労働者)養成校の生徒なのですから。泥遊びや穴掘りは、彼らの誇り高きお仕事(ライスワーク)でしょう?」


以前、交流戦の話が出た時もそうだった。

彼らは理論と魔力を至高とし、現場で汗を流す俺たちを下品な肉体労働者と見下している。


俺はレオたちの装備を一瞥し、内心で溜息をついた。


(装飾過多で重心が悪い杖。通気性の悪い制服。それにあのマント……雨を吸ったら重くなるだけだぞ)


彼らは晴れた日のパレードしか想定していない。

だが、ここは山だ。しかも梅雨時の。


「ええ、おっしゃる通りです」


俺は反論せず、深々と頭を下げた。

ここで揉めて減点されるのが一番怖い。


「ゴミ拾いと穴掘りは我々の専門分野プロですので。……優秀なエリート様の手が汚れないよう、我々が足元を支えさせていただきますよ(棒読み)」

「ふん、殊勝な心がけだ。せいぜい我々の邪魔をしないことだな」


レオは鼻で笑い、踵を返した。

背後で、凛とカイが「あ、航が下手に出た……こりゃロクなことにならないぞ」とニヤリと笑うのが気配で分かった。



最初の課題は「今夜の野営地を確保し、拠点を設営せよ」。

この拠点の快適さと安全性が、そのまま試験の加点対象となる。


レオ率いる帝国チームは、迷わず川沿いの広く平坦な一等地を選んだ。

景観が良く、地面も平らで、水汲みも楽なベストポジション……に見える場所だ。


「展開せよ! 天蓋の城(パビリオン)!」


レオが杖を振ると、巨大な魔導テントが出現した。

空調完備、魔導照明付きの、まさにグランピング施設だ。


「ハッ、あんなジメジメした場所を選ぶとは。これだからFランクは貧乏くさい」


レオが嘲笑して指差す先。

俺たちが選んだのは、川から離れた地盤の固い岩盤が露出した高台だった。


「……航くん、ここ、ちょっと地面が硬くない? 寝心地悪そうだけど」

葵が不安そうに聞いてくる。


「先輩、空を見てください」


俺は湿った風を感じながら、どんよりとした空を指差した。

気圧計の針は急激に下がっている。


「地形図と気圧配置を見る限り、今夜は降る。……それも、土砂降りが」


帝国が選んだ平地は、過去の土石流の跡地(扇状地)だ。

増水すれば一発で水没するし、柔らかい土の地面は泥沼と化す。

対してここは岩盤の上だ。地盤沈下や土砂崩れの心配はない。


「よし、作業開始(ご安全に)! まずは排水溝(ドブ)掘りからだ!」


俺はスコップを取り出し、設営予定地の周囲を指差した。


「岩盤の上の薄い土を掘って、雨水の通り道を作るぞ。上流から流れてくる水を逃がさないと、寝袋が水没する」

「ええーっ、また土木工事ー!?」


カイの悲鳴を無視し、俺はスコップを地面に突き立てた。

エリート様が優雅にお茶をしている間に、俺たちは泥にまみれて生き残る準備をする。

それが「現場(試験)」で満点を取る唯一の方法だ。


本日も一日ご安全に!

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