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第39話:【Side Story】目撃者たちの報告書 ~彼を『Fランク』と判定した測定器を廃棄処分にすべきです~

GW前最後の投稿です。

深夜、女子寮の一室。

北条凛は、デスクライトの明かりだけを頼りに、魔導通信機タブレットに向かっていた。


宛先は、実家の父――名門・北条家の当主である。


『父上。先日ご報告した第10階層における事故の件、詳細な補足を送ります』


凛の指先が震える。

先日目撃した光景は、北条家の令嬢として受けた英才教育を、根底から覆すものだった。


『結論から申し上げます。佐藤航に関する評価を、即刻改める必要があります』


彼女は脳裏に焼き付いた「あの光景」を思い出しながら入力する。


『彼は、一条葵先輩の枯渇しかけた魔力回路を、わずか数分で物理的に書き換えました。その際、彼が使用していた黒い箱(テスター)……あれは、一部のジャンクパーツで作られた粗悪品に見えますが、機能は神の領域です』


凛は一度手を止め、深呼吸をした。


人の魂の構造(ソースコード)を可視化し、神の認証システムすら欺く。

あのような機能を持つ魔道具は、北条家の宝物庫にも存在しません。おそらく、古代文明の遺産(オーパーツ)ですら、あの解析能力には及ばないでしょう』


もし、彼がその気になれば。

北条家が誇る絶対防御結界のセキュリティホールを見つけ出し、指先一つで解除してしまうかもしれない。

そう思わせるだけの異常性が、彼にはあった。


『彼を敵に回すことは、北条家の没落を意味します。

したがって、わたくしは引き続き彼の近くに潜入し、その動向を監視(独占)します。……決して、個人的な好意ではありません。これは任務です』


凛は顔を赤らめながら、最後の言い訳を付け加え、送信ボタンを押した。


「……あの方は、わたくしが手綱を握っておかないと、世界を壊してしまいそうですわ」



男子寮、カイの部屋。

彼は一人、チェス盤の前に座り、駒を動かしていた。

夜な夜な通うボードゲームカフェ(実家)ではなく、寮の静寂の中でこそ、思考は研ぎ澄まされる。


「……ここが、こうなるはずだったんだ」


本来のシミュレーションであれば、あそこで全滅するか、あるいは甚大な被害を出して撤退するのが関の山だった。

それが戦術タクティクスの限界だ。

だが、航は盤面そのものをひっくり返した。


「彼はプレイヤーじゃない。……運営側(ゲームマスター)の視点を持っている」


カイは、キングの駒をつまみ上げ、苦笑した。


僕たちは、与えられたルールの中で、いかに効率よく戦うかを考える。

だが航は、ルールそのものに介入し、書き換えてしまう。

「壁が邪魔なら消せばいい」「仕様が古いならアプデすればいい」。そんな発想、普通の魔術師にはできない。


「戦術で勝てても、戦略ストラテジー……いや、前提ルールで負ける」


カイは眼鏡の位置を直し、盤上のキングを倒した。

視座が違うのだ。盤上で駒を動かす僕と、盤そのものを作る彼とでは。


「敵に回したら、戦う前にバグとして処理デリートされるからね。……くわばら、くわばら。彼とは友達でいよう」



翌日、学園事務室。

事務官の榊恵麻(22歳)は、残業用の安物のチョコレートを齧りながら、一枚の報告書を検分していた。


高卒でこの学園に就職して4年目。学生たちとは年齢も近いが、立場はあくまで職員(大人)だ。


『第10階層における爆発事故報告書』

提出者:佐藤航


「……『メタンガスの滞留による爆発』ですって?」


恵麻は呆れたように鼻を鳴らした。

第10階層は湿地帯だが、あそこは泥炭層ではない。メタンガスなど湧くはずがないのだ。

それに、添付された現場写真。崩落現場として写っている岩肌が、あまりにも不自然に新しい。

まるで、ついさっきこてで塗ったばかりのような、速乾性セメントの匂いが写真から漂ってきそうだ。


「また嘘ついたわね、悪い子」


だが、彼女はその報告書を破り捨てたりはしなかった。

代わりに、『承認』のハンコを力強く押す。


「まあ、一条さんを無傷で連れ帰ったんだもの。多少の現場の工夫には目を瞑ってあげるわ」


彼女はハンコを置き、ふと、自分の手を見つめた。

魔法の使えない、ただの事務員の手。


(私も22歳の断絶(リタイア)を迎えて、魔法という特権を失った身。……だからこそ、この事務室という現実リアルで、地道に戦っているのよ)


魔法が絶対の世界。才能が枯渇すれば、多くの者が絶望して学園を去る。

だが、あの佐藤航という少年は違う。

彼は最初から魔法を持たないのに、誰よりも「現実の物理法則」を支配し、魔法使いを顎で使っている。


「……面白い子。大人をからかう余裕もあるみたいだし」


彼女は報告書の端に、自分用のメモを書き加えた。


『佐藤航。要観察。……今度、缶コーヒーの一本でも奢らせないと割に合わないわね』


問い詰めるのは野暮だ。

彼が疲れた顔で事務室に来たとき、愚痴を聞いてあげる避難所でいよう。それが、社会人の先輩としての余裕というものだ。

(もっとも、航から見れば彼女も大人(完成されたシステム)という謎の認識なのだが)



そして、実技演習の授業。

訓練場には、どよめきが広がっていた。


「おい、見たか……?」

「一瞬だったぞ……」


的の前に立つのは、復帰した一条葵。

彼女が軽く指を鳴らした瞬間、設置されていた鉄製のゴーレムが、音もなく消滅したのだ。


シュボッ。


爆発音はない。ただ、青白い炎が揺らめき、次の瞬間には質量がゼロになっていた。


「一条先輩、休養前よりヤバくなってないか?」

「前は爆撃機だったけど、今はレーザー兵器だぞ……」


生徒たちが恐怖と畏敬の眼差しを向ける中、葵はうっとりと自分の手を見つめていた。


(ふふ、航くんの調整……絶好調よ)


体の中を、澄み切った魔力が駆け巡る。

以前のような、配管が詰まったような苦しさはない。

全てがクリアで、スムーズで、そして何より――。


(この力の全てが、彼の管理下サブスクにある……♡)


「ああ、早く次のメンテナンスの日が来ないかしら……」


彼女が漏らした熱っぽい独り言を、周囲は勝利への執念だと勘違いし、さらに戦慄した。



教室で、航は大きなくしゃみをした。


「……へっくち!」

「大丈夫か、佐藤?」

「ああ……誰だ俺の噂をしてるのは。寒気がする」


航はティッシュで鼻をかみ、だるそうに机に突っ伏した。

教室の隅では、女子生徒たちがヒソヒソと話している。


「ねえ聞いた? 佐藤くん、一条先輩に『禁断の秘術』を使ったらしいわよ」

「夜通し儀式をして、魂を縛り付けたって……」

「あいつ、実はFランクを偽装した、闇の組織のエージェントなんじゃ……」


そんな噂が飛び交っているとも知らず、航は窓の外を見上げた。


「(やれやれ。報告書も出したし、これでしばらくは平穏無事だろ)」


彼はただ、定時で帰って、録画したアニメを見て、ふかふかの布団で寝たいだけなのだ。

だが、世界は彼を放っておかない。

彼の評価シートには、いつの間にか取扱注意(DANGER)の赤スタンプが押されていたのだった。

他サイトの施設管理も視察して貰えると嬉しいです!

では、またGW明けに。

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