第39話:【Side Story】目撃者たちの報告書 ~彼を『Fランク』と判定した測定器を廃棄処分にすべきです~
GW前最後の投稿です。
深夜、女子寮の一室。
北条凛は、デスクライトの明かりだけを頼りに、魔導通信機に向かっていた。
宛先は、実家の父――名門・北条家の当主である。
『父上。先日ご報告した第10階層における事故の件、詳細な補足を送ります』
凛の指先が震える。
先日目撃した光景は、北条家の令嬢として受けた英才教育を、根底から覆すものだった。
『結論から申し上げます。佐藤航に関する評価を、即刻改める必要があります』
彼女は脳裏に焼き付いた「あの光景」を思い出しながら入力する。
『彼は、一条葵先輩の枯渇しかけた魔力回路を、わずか数分で物理的に書き換えました。その際、彼が使用していた黒い箱……あれは、一部のジャンクパーツで作られた粗悪品に見えますが、機能は神の領域です』
凛は一度手を止め、深呼吸をした。
『人の魂の構造を可視化し、神の認証システムすら欺く。
あのような機能を持つ魔道具は、北条家の宝物庫にも存在しません。おそらく、古代文明の遺産ですら、あの解析能力には及ばないでしょう』
もし、彼がその気になれば。
北条家が誇る絶対防御結界のセキュリティホールを見つけ出し、指先一つで解除してしまうかもしれない。
そう思わせるだけの異常性が、彼にはあった。
『彼を敵に回すことは、北条家の没落を意味します。
したがって、わたくしは引き続き彼の近くに潜入し、その動向を監視します。……決して、個人的な好意ではありません。これは任務です』
凛は顔を赤らめながら、最後の言い訳を付け加え、送信ボタンを押した。
「……あの方は、わたくしが手綱を握っておかないと、世界を壊してしまいそうですわ」
◇
男子寮、カイの部屋。
彼は一人、チェス盤の前に座り、駒を動かしていた。
夜な夜な通うボードゲームカフェではなく、寮の静寂の中でこそ、思考は研ぎ澄まされる。
「……ここが、こうなるはずだったんだ」
本来のシミュレーションであれば、あそこで全滅するか、あるいは甚大な被害を出して撤退するのが関の山だった。
それが戦術の限界だ。
だが、航は盤面そのものをひっくり返した。
「彼はプレイヤーじゃない。……運営側の視点を持っている」
カイは、キングの駒をつまみ上げ、苦笑した。
僕たちは、与えられたルールの中で、いかに効率よく戦うかを考える。
だが航は、ルールそのものに介入し、書き換えてしまう。
「壁が邪魔なら消せばいい」「仕様が古いならアプデすればいい」。そんな発想、普通の魔術師にはできない。
「戦術で勝てても、戦略……いや、前提で負ける」
カイは眼鏡の位置を直し、盤上のキングを倒した。
視座が違うのだ。盤上で駒を動かす僕と、盤そのものを作る彼とでは。
「敵に回したら、戦う前にバグとして処理されるからね。……くわばら、くわばら。彼とは友達でいよう」
◇
翌日、学園事務室。
事務官の榊恵麻(22歳)は、残業用の安物のチョコレートを齧りながら、一枚の報告書を検分していた。
高卒でこの学園に就職して4年目。学生たちとは年齢も近いが、立場はあくまで職員だ。
『第10階層における爆発事故報告書』
提出者:佐藤航
「……『メタンガスの滞留による爆発』ですって?」
恵麻は呆れたように鼻を鳴らした。
第10階層は湿地帯だが、あそこは泥炭層ではない。メタンガスなど湧くはずがないのだ。
それに、添付された現場写真。崩落現場として写っている岩肌が、あまりにも不自然に新しい。
まるで、ついさっき鏝で塗ったばかりのような、速乾性セメントの匂いが写真から漂ってきそうだ。
「また嘘ついたわね、悪い子」
だが、彼女はその報告書を破り捨てたりはしなかった。
代わりに、『承認』のハンコを力強く押す。
「まあ、一条さんを無傷で連れ帰ったんだもの。多少の現場の工夫には目を瞑ってあげるわ」
彼女はハンコを置き、ふと、自分の手を見つめた。
魔法の使えない、ただの事務員の手。
(私も22歳の断絶を迎えて、魔法という特権を失った身。……だからこそ、この事務室という現実で、地道に戦っているのよ)
魔法が絶対の世界。才能が枯渇すれば、多くの者が絶望して学園を去る。
だが、あの佐藤航という少年は違う。
彼は最初から魔法を持たないのに、誰よりも「現実の物理法則」を支配し、魔法使いを顎で使っている。
「……面白い子。大人をからかう余裕もあるみたいだし」
彼女は報告書の端に、自分用のメモを書き加えた。
『佐藤航。要観察。……今度、缶コーヒーの一本でも奢らせないと割に合わないわね』
問い詰めるのは野暮だ。
彼が疲れた顔で事務室に来たとき、愚痴を聞いてあげる避難所でいよう。それが、社会人の先輩としての余裕というものだ。
(もっとも、航から見れば彼女も大人という謎の認識なのだが)
◇
そして、実技演習の授業。
訓練場には、どよめきが広がっていた。
「おい、見たか……?」
「一瞬だったぞ……」
的の前に立つのは、復帰した一条葵。
彼女が軽く指を鳴らした瞬間、設置されていた鉄製のゴーレムが、音もなく消滅したのだ。
シュボッ。
爆発音はない。ただ、青白い炎が揺らめき、次の瞬間には質量がゼロになっていた。
「一条先輩、休養前よりヤバくなってないか?」
「前は爆撃機だったけど、今はレーザー兵器だぞ……」
生徒たちが恐怖と畏敬の眼差しを向ける中、葵はうっとりと自分の手を見つめていた。
(ふふ、航くんの調整……絶好調よ)
体の中を、澄み切った魔力が駆け巡る。
以前のような、配管が詰まったような苦しさはない。
全てがクリアで、スムーズで、そして何より――。
(この力の全てが、彼の管理下にある……♡)
「ああ、早く次のメンテナンスの日が来ないかしら……」
彼女が漏らした熱っぽい独り言を、周囲は勝利への執念だと勘違いし、さらに戦慄した。
◇
教室で、航は大きなくしゃみをした。
「……へっくち!」
「大丈夫か、佐藤?」
「ああ……誰だ俺の噂をしてるのは。寒気がする」
航はティッシュで鼻をかみ、だるそうに机に突っ伏した。
教室の隅では、女子生徒たちがヒソヒソと話している。
「ねえ聞いた? 佐藤くん、一条先輩に『禁断の秘術』を使ったらしいわよ」
「夜通し儀式をして、魂を縛り付けたって……」
「あいつ、実はFランクを偽装した、闇の組織のエージェントなんじゃ……」
そんな噂が飛び交っているとも知らず、航は窓の外を見上げた。
「(やれやれ。報告書も出したし、これでしばらくは平穏無事だろ)」
彼はただ、定時で帰って、録画したアニメを見て、ふかふかの布団で寝たいだけなのだ。
だが、世界は彼を放っておかない。
彼の評価シートには、いつの間にか取扱注意の赤スタンプが押されていたのだった。
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では、またGW明けに。




